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回転寿司 後半

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 これまた私の読み通り。
 そして私が案内されたのは、テーブル席はテーブル席でも角席。一人客にとって角席は居心地が良く、テーブルを広々使う贅沢さは小さな幸せである。それに店内を一望できるのもまた角席の特権だ。

「ふぅ……」

 客の少ない寿司屋は、まるで観客の少ない映画館で足を組み、お菓子を頬張りながら優雅に鑑賞するくらい心地が良い。

「さてと、まずは」

 まず席についたら温かいお茶の用意だ。
 プラスチック製の湯呑に粉末茶を四杯入れて、お湯を注ぐ。それが私にとって丁度良い美味さなのだ。

 ごくごく……ぷはぁ。
 美味っ。

 飲み終えた後はソファに寄りかかってリラックス……したい所だが、私の腹が目の前に流れる寿司を早く取れと急かしてくる。
 おっと、その前に忘れちゃいけない生ビール。
 これはお寿司をより美味しく味わう為に必要不可欠な存在だ。私はタッチパネルで注文して、もう一度お茶を飲んだ。

 そういえば目が覚めたの十五時頃だったな。昼飯もロクに食べてないからお腹がぺこぺこだ。目の前のレーンに流れるお寿司達がきらきらと輝いて私を誘惑する。

 乗ってやろうじゃない、その誘惑に!
 それじゃあまず、何を食べようか。
 回転寿司屋には寿司を食べる方法が二通りある。

 ・店内に設置されたレーンから取る方法。
 ・タッチパネルで注文する方法。

 子供の半数以上はレーンに流れてくる寿司を取って食べる。そして大人になるにつれて衛生面を気にし始め、数分間も店内を流れていた寿司を手に取る事に抵抗を覚え、タッチパネルで注文をするようになる。

 だが私流は『レーンで流れてくる寿司しか食べない』だ。ここは回転寿司屋、回転しない寿司を食べたいなら回転しない寿司屋に行け。食べたい寿司が中々レーンに流れてこない焦れったさ、アレがまた良いんじゃない。ずっと待ち続けて、やっと流れてきた時の喜びは注文派の人間には分かるまい。

 よし……ではまず定番のマグロからいこう。私は今、無性にマグロが食べたいんだ。

 私は首を伸ばしてレーンの先に視線を向ける。これは……当分流れて来ないな。今はカルビ寿司と広告板が連チャンで流れてきている、その次はオニオンサーモンと穴子だ。
 ならばその間に下準備をしておかなければ。小皿に醤油を流して、隅っこにワサビをつける。これでまず一皿目の完成だ。次に小皿に醤油八に対してポン酢二。この組み合わせは、とろサーモンなど脂っこい寿司に最適なつけダレだ。これで二皿目。

 そして最後は塩だ。
 小皿に塩のピラミッドを作り、完成。刺し身に塩を振り掛けることでアミノ酸が表面に移動して旨味を感じやすくなる。これぞ私流の楽しみ方さ!

「ふふ……へへへ」

 やばい楽しい。
 楽しすぎてニヤけが止まらないし、思わず気持ち悪い声が漏れてしまったーーが、周囲に客はいない。どんなに独り言を呟こうが誰も聞いていないのさ。

「……ちょ……ちょっと君ぃ、この魚介(業界)は私のものだよ~……」

 ククク、あははは!!


 ◇十五分後◇

 なんで。
 え、え、え……なんで?

 来ない、マグロが一向に来ない。
 多分マグロ以外ほぼ全種類の寿司が流てきたと思うんだけど、何でマグロだけ来ないの? こんな事は二十二年生きてきた人生で初めてだ。

――まさか。

 私は遠くにいる女店員さんに視線を向けると、何やら二人で楽しそうに会話をしているじゃないか。そしてコミ症の私には分かる、アレは人を馬鹿にしている時の会話だ。

「まさかあの人達……私の事を笑ってるんじゃ!!」

 そうだ、きっとそうに違いない。
 あの二人のどちらかが読心術を使える超能力者で、私の『マグロが食べた~い』という心の声を聞いたんだ。それを厨房にいる人達に知らせて、あえてマグロだけを流さないようにしているに違いない。

「こんな……こんなことって」

 もう他のお寿司を食べようかな――いや待て、待つんだ神崎糸乃かんざきしの。そんなプライドを折り曲げるような真似して良いのか。今は亡きジッちゃんが言ってたじゃないか。

『なぁ糸乃。プライドっつーもんはな、ホントに大事な時にだけ守ればいいんだよ。譲れねぇもん、おめぇの胸の中にあんだろ』

 そうだ私には譲れないプライドがある。
 一度決めた事は曲げない、そうだ私は何を馬鹿な事を考えていたんだ。私は一番最初にマグロを食べるって決めただろ。マグロに対する想いはそんなものだったのか。

 待ってやる……何時間でも待ってや――。


 ◇閉店二分前◇


「お……お会計が432円になります」

「ひっぐ、は、はい……ズズッ」

 私は涙で視界が霞みながらも財布から千円札と132円を出した。こうすれば五百円のお釣りがくるのだ、最近私が始めた五百円玉貯金の為に――。

「あの……お客様。これだと700円のお釣りになります……」

「えっ……あっ」


 ――こうして、しのちゃんは生ビールだけ飲んで店を後にした。帰り際、紺色の空に浮かぶ美しい満月を眺めながら帰宅するゆうちゃんの後ろ姿は、どこか哀愁が漂っていたのであった。



 ◆あとがき◆


「六百円のお返しです。ありがとうございました」

「は……はい」

 あー恥ずかしい恥ずかしい。早く帰ろ。
 私は店員さんと目を合わせずにペコリと一礼して顔を上げた瞬間、ふと店員さんの背後にある看板が目に入った。

『マグロ、本日売り切れ』
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