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回転寿司 前編
しおりを挟む時計の針は十九時半を指している。
一日の四分三以上を着ぐるみパジャマで過ごした私は、あと四時間半で一日が終わるというのに着替えを始めた。ベッドの横で散乱している洗濯物を漁り、先日母親が古着屋で購入してきてくれたダボダボパーカーとスウェットを手に取って着衣。
全身鏡で身だしなみを整えた私は、スマホと財布をポケットにつっこんで部屋を出た。
「お姉ちゃん、こんな時間にどこ行くの? 就活?」
「そ、そんなわけないでしょ」
ソファに横たわる妹にこれ以上詮索されないように、私は玄関で靴を履いて早々に家を飛び出した。
季節は春。今週は先週に比べて寒気を感じさせない過ごしやすい気温となり、だんだんと春の気温に変わっていく。来週にはもっと暖かくなるらしい。
「さーて、行きますか」
私は身体を伸ばした後、動き出した。
これから私は友人に会うわけでも就活するわけでもない。今日はただ夜ご飯を食べに行くだけ。久々の一人外食だ。
「ふんふふーん♪」
気付けば自然とスキップをして夜道を進んでいた。なんてったって今日という日が待ち遠しくて、昨夜なんて夢に出てきたくらいだ。ちなみに、その目的の場所は自宅のマンションから徒歩十五分の場所にある。
「やっと……着いたっ!」
地元の三ツ山商店街を突き抜けて、変態が出没しような薄暗い道を抜けると県道に差し掛かる。その道沿いにずらりと並ぶ飲食店の中で、一際目立つお店がある。眩しいライトに照らさている大きな看板と、その看板の上に『私を見てっ』と言わんばかりにテッカテカにニスが塗られている伊勢海老のキャラクター。
そのお店の名前は『海海寿司』。
広さは600㎡弱で長方形のシンプルな建物。この海海寿司は庶民が気軽に食事ができるよう、お財布に優しい全皿百円となっている回転寿司屋だ。全国各地に店を構え、シンプルのネタから独創性溢れる寿司ネタを考え、今話題のインスタ映えを狙って一躍脚光を浴びたお店。
そして、このお店のシンボルであるのが看板の上に乗っている伊勢海老のキャラクターだ。テレビCMで放送された時、人気アイドルと伊勢海老君ことイセエビ君が披露した『イセエビダンス』が流行りに乗り、PicTokの動画で真似する人が続出。最近になってイセエビ君グッズも販売され、波に乗ってる海海寿司。
『そんなの、流行りに乗ってるだけのお店じゃん』と思う人も少なくないが、このお店は流行りに乗っているだけじゃなくて、ちゃんと提供する寿司ネタにもしっかりと脂が乗っている。
ここは埼玉県の三ツ山市。
所謂、都心に近い田舎よりの都会だ。それなのに寿司ネタが日本海側で営業している寿司屋に負けないくらい新鮮かつ脂が乗って美味しい。新潟県民の血が四分の一入っている私が言うんだ、間違いないだろう。
何故そんなに美味いのか。
その秘密は毎朝、日本海側にある魚市場から捕れたての魚を各店舗に直送し、それを各店舗で捌いて提供しているからだ。全国チェーンの寿司屋でそこまでするかと思うくらい味を重視している海海寿司。美味しさの秘密はいつだって目に見えない努力によって生み出されているんだ。その事を知った私は、気付けば海海寿司の虜になっていた。
看板に乗っている伊勢海老が私に語りかけてくる。『美味い、今日のネタは美味すぎる』と。
私の頬は自然と緩み、さっそく店内へ――入らない。
「さてさて」
まずは店の外観を軽く見回すのが私流だ。
早く店内に入りたい気持ちは分かるが、店の外観を見る見ないじゃ寿司の味わいが全然違う。
例えば、こってりニンニク増し増しラーメン屋がポップでキュートな外観だったらどうだ。食べる気が失せてしまうだろう。あの床が脂がぺちゃぺちゃで、少し『野郎』っぽいのがまたラーメンの旨さを増すのだ。
だから外観ってのは食事をする上で料理の次に店長さんが力を入れている部分……に違いない。そして外観を見終えた後は、次に駐車場を覗き込む。
「いち、に……四台か。よし」
二十台以上入る駐車場に今日は四台だけしか停まっていない。『なんだ人気無いじゃん』と思っただろう。違う、そうじゃない。全くこれだから素人は困る。
海海寿司には一週間で客が入らない曜日と時間帯が存在する。それが今日、平日の木曜日の八時前後だ。一週間の内、仕事が始まる月曜日が一番少ないと思うだろうが、そうではない。むしろ月曜日はそれなりに多い方なのだ。
その理由をじっくり説明していこう。
まず土日は当たり前に家族連れや学生で混雑してるので来店するのは論外だ。そして問題の月曜日だが、土日休みの社会人は月曜日に有給休暇を取得する人がそれなりに多いと父からの聴き取り調査で分かった。
そのため土日月と三連休の最終日に寿司屋に行く人がいる。月曜日は『休み明けの仕事で疲れ果てて早く家で休みたい』人が多いと思いがちだが、実は休暇を取った人で店は賑わってしまうんだ。
そして火曜日と水曜日は不動産業界など様々な企業が休日にしている所が多い。そして金曜日も仕事終わりに一杯やる人や学校終わりに贅沢をする家族連れがほとんどだろう。
それじゃあ何故木曜日なのか。
さっき話した通り、木曜日が休みの所なんてあまり無い。火、水曜日休みの企業が三連休として木曜日に有給休暇を取る可能性もあるが、家族連れ等が来ない理由が別にあるんだ。
それは"テレビ番組"。
私が指定した二十時は丁度十九時から始まる番組が終わりを迎える時間帯。すなわち木曜日の十九時と言ったら、人気ポケットアニメやイケメンアイドルのバラエティ番組、お笑い番組など特に力を入れている。人気アニメをリアルタイムで見たくない子供などいるものか、駄々を捏ねてでも見るに違いない。
結果、木曜日の二十時はガラ空きだと推測した訳だ。そして私の読みは的中した。
片開きのガラスドアを押して店内に入ると、店員が暇そうにレジの前に立ち、店内はガラッとお客さんがいない様子だった。
ふふふははは、これぞコミ症である私の勝利。
「いらっしゃいませ~、お一人……様?」
「あっ……はい」
接客しに来たのは見た感じ高校生のアルバイトだ。高校生のガキンチョにとって、一人で寿司屋に来る女なんて『ぷくく、ボッチで可哀想な奴ぅ~』だと思うだろうが、私は言ってやる。
『これが大人の楽しみ方なのさ』と。
まぁ私は就職もしてなければアルバイトもしてないけども……まぁそれは今は置いておこう。折角のお寿司が不味くなってしまう。それに恥じらいなど寿司を食えばネタと共に消化されておしまいさ。
「当店のご利用は初めてですか?」
「あっ……い、いいえ」
「分かりました。でしたらお席をご案内します」
この店にはカウンター席もあり、一人客は基本そこを案内されるが、やはり客が少ないからか四人がけのテーブル席を案内された。
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