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第31話
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歩夢はソファに座ったまま、じっと時計の針を見つめていた。秒針が進む音が、妙に耳に響く。裕貴が家を出てから、もう何時間も経っている。連絡もない。
「どうして、帰ってこないんだ……」
呟いた声が、自分の耳にまで不安を染み込ませる。裕貴のスマホに何度も電話をかけたが、応答はなかった。いつもなら、少し遅れるだけでも「大丈夫」と短いメッセージを送ってくるはずなのに――今日は何もない。
歩夢の胸の奥が、じわじわと重くなっていく。気持ちを落ち着けようとして深呼吸するが、胸の中に湧き上がる不安がどうしても消えない。それどころか、時間が経つにつれ、頭痛が次第に強くなっていった。
「くそっ……」
頭を押さえ、眉間に力を込める。番である裕貴の異常を感じているような痛みだった。これまでも体調の悪いときや気分が落ち込んでいるときに、なんとなくそれを察知できたことがあった。だが、今回の頭痛はそれを遥かに上回る鋭さで、まるで身体が警報を鳴らしているようだった。
「裕貴……大丈夫か……」
喉がカラカラに乾き、焦りがさらに募る。無意識に手が震え、スマホを掴むと、今度は裕貴の知人にも連絡を入れてみた。しかし、誰も裕貴の居場所を知らないという。
(どうしてこんなことになってるんだ。裕貴、どこにいるんだよ……)
頭痛はどんどん酷くなり、視界が歪むほどだった。それでも歩夢はソファから立ち上がると、鍵を掴み玄関へ向かった。
「待ってろ、裕貴……どこにいるか分からなくても、必ず見つけ出すからな……」
ギリギリと歯を食いしばり、靴を履く手が震えていた。胸を締め付ける不安、喉を焼く焦燥感、そして頭の中に響く痛みが、すべて裕貴の危険を告げているように思えた。
夜の街へ飛び出し、歩夢は走り出した。闇に包まれた街灯の下、裕貴の姿を探し続ける。その息が白く曇る冷たい空気の中、ただひとつ確信しているのは、裕貴が今どこかで助けを求めているということだった。
「絶対に見つける……お前を守るのが俺の役目なんだから……」
歩夢は痛む頭を押さえながら、夜の静寂を切り裂くように足を止めることなく駆け続けた。
夜の冷気が肌を刺す中、歩夢はただ歩き続けていた。頭痛は激しさを増し、まるで鼓動そのものが体を引っ張っているような感覚だった。
(裕貴……この先にいる。絶対に……)
呼吸は荒れ、額からは冷や汗が流れる。それでも歩夢の足は止まらない。頭痛が強くなる方向へと進むたび、心の奥底から湧き上がる何かが彼を突き動かしていた。そして、薄暗い廃ビルの前に辿り着いたとき、頭痛が頂点に達する。
「ここだ……!」
建物の扉を蹴り破り、歩夢は暗闇の中へ飛び込む。階段を駆け上がる音が響く中、血の匂いが漂ってきた。それは本能的に危険を告げる臭いだった。
(やめろ……裕貴、無事でいてくれ……!)
目の前の扉を乱暴に開け放った瞬間、歩夢の視界に飛び込んできたのは、床に横たわる裕貴の姿だった。
「裕貴――!」
歩夢は駆け寄る。しかし、その体は痣だらけで、目は虚空を見つめたまま、まったく反応がない。
「裕貴、しっかりしろ!俺だ、歩夢だよ!」
その声にも、裕貴は微動だにしなかった。その目からは生気が完全に抜け落ちている。
「……間に合ったみたいだな。」
低く冷たい声が、背後から響いた。振り返ると、そこには光が立っていた。
「久しぶりだね。歩夢くん。」
光は不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩夢に近づいてくる。
「手を出したのは……お前か。」
歩夢の声は低く、怒りに震えていた。光は肩をすくめながら嘲るように答えた。
「そうだ。俺のものを横取りした罰だよ。番だか何だか知らないが、お前には関係ない。」
「関係ないだと……?」
歩夢の瞳が鋭く光る。その瞬間、部屋の空気が一変した。歩夢の体から放たれる威圧感が、空間を震わせるようだった。
「裕貴をこんな目に遭わせて……ただで済むと思うなよ。」
光も表情を歪め、舌打ちをした。
「いいだろう。お前の番の大切さとやら、俺が叩き潰してやる!」
光が裕貴を放置して前に出る。瞬間、歩夢が疾風のごとく動いた。
「――うおおおっ!」
歩夢の拳が風を切り、光の頬を捉える。衝撃音が響き、光が一歩後退する。だが光も負けじと素早く反撃し、歩夢の脇腹を鋭く殴りつけた。
「……チッ、いいパンチだな。」
「お前みたいなクズ相手に手加減なんかするかよ!」
ふたりは激しくぶつかり合う。歩夢の拳が光の顔面を捉えれば、光の蹴りが歩夢の腹に食い込む。音を立てて壁が崩れ、床が軋むほどの激闘が繰り広げられる。
「裕貴を傷つけておいて……絶対に許さない!」
歩夢の怒りはさらに膨れ上がり、拳に込められる力が増していく。光は一瞬怯んだように見えたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「いいぜ、その怒り。もっと見せてみろ!」
激しい衝突の中、歩夢は一瞬の隙を突いて光の胸元を掴むと、渾身の力で床に叩きつけた。
「これで終わりだ……!」
歩夢の拳が振り下ろされる――その瞬間、光は何かを呟き、煙が辺りに広がる。
「まだ終わらせないぞ……!」
煙が晴れたとき、光の姿は消えていた。
「逃げやがった……!」
歩夢は悔しさに拳を震わせたが、すぐに裕貴のもとへ駆け寄る。
「裕貴……大丈夫だ。もう安全だ、俺が守る……!」
歩夢の声は震えていたが、その瞳には決して諦めない決意が宿っていた。
「どうして、帰ってこないんだ……」
呟いた声が、自分の耳にまで不安を染み込ませる。裕貴のスマホに何度も電話をかけたが、応答はなかった。いつもなら、少し遅れるだけでも「大丈夫」と短いメッセージを送ってくるはずなのに――今日は何もない。
歩夢の胸の奥が、じわじわと重くなっていく。気持ちを落ち着けようとして深呼吸するが、胸の中に湧き上がる不安がどうしても消えない。それどころか、時間が経つにつれ、頭痛が次第に強くなっていった。
「くそっ……」
頭を押さえ、眉間に力を込める。番である裕貴の異常を感じているような痛みだった。これまでも体調の悪いときや気分が落ち込んでいるときに、なんとなくそれを察知できたことがあった。だが、今回の頭痛はそれを遥かに上回る鋭さで、まるで身体が警報を鳴らしているようだった。
「裕貴……大丈夫か……」
喉がカラカラに乾き、焦りがさらに募る。無意識に手が震え、スマホを掴むと、今度は裕貴の知人にも連絡を入れてみた。しかし、誰も裕貴の居場所を知らないという。
(どうしてこんなことになってるんだ。裕貴、どこにいるんだよ……)
頭痛はどんどん酷くなり、視界が歪むほどだった。それでも歩夢はソファから立ち上がると、鍵を掴み玄関へ向かった。
「待ってろ、裕貴……どこにいるか分からなくても、必ず見つけ出すからな……」
ギリギリと歯を食いしばり、靴を履く手が震えていた。胸を締め付ける不安、喉を焼く焦燥感、そして頭の中に響く痛みが、すべて裕貴の危険を告げているように思えた。
夜の街へ飛び出し、歩夢は走り出した。闇に包まれた街灯の下、裕貴の姿を探し続ける。その息が白く曇る冷たい空気の中、ただひとつ確信しているのは、裕貴が今どこかで助けを求めているということだった。
「絶対に見つける……お前を守るのが俺の役目なんだから……」
歩夢は痛む頭を押さえながら、夜の静寂を切り裂くように足を止めることなく駆け続けた。
夜の冷気が肌を刺す中、歩夢はただ歩き続けていた。頭痛は激しさを増し、まるで鼓動そのものが体を引っ張っているような感覚だった。
(裕貴……この先にいる。絶対に……)
呼吸は荒れ、額からは冷や汗が流れる。それでも歩夢の足は止まらない。頭痛が強くなる方向へと進むたび、心の奥底から湧き上がる何かが彼を突き動かしていた。そして、薄暗い廃ビルの前に辿り着いたとき、頭痛が頂点に達する。
「ここだ……!」
建物の扉を蹴り破り、歩夢は暗闇の中へ飛び込む。階段を駆け上がる音が響く中、血の匂いが漂ってきた。それは本能的に危険を告げる臭いだった。
(やめろ……裕貴、無事でいてくれ……!)
目の前の扉を乱暴に開け放った瞬間、歩夢の視界に飛び込んできたのは、床に横たわる裕貴の姿だった。
「裕貴――!」
歩夢は駆け寄る。しかし、その体は痣だらけで、目は虚空を見つめたまま、まったく反応がない。
「裕貴、しっかりしろ!俺だ、歩夢だよ!」
その声にも、裕貴は微動だにしなかった。その目からは生気が完全に抜け落ちている。
「……間に合ったみたいだな。」
低く冷たい声が、背後から響いた。振り返ると、そこには光が立っていた。
「久しぶりだね。歩夢くん。」
光は不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩夢に近づいてくる。
「手を出したのは……お前か。」
歩夢の声は低く、怒りに震えていた。光は肩をすくめながら嘲るように答えた。
「そうだ。俺のものを横取りした罰だよ。番だか何だか知らないが、お前には関係ない。」
「関係ないだと……?」
歩夢の瞳が鋭く光る。その瞬間、部屋の空気が一変した。歩夢の体から放たれる威圧感が、空間を震わせるようだった。
「裕貴をこんな目に遭わせて……ただで済むと思うなよ。」
光も表情を歪め、舌打ちをした。
「いいだろう。お前の番の大切さとやら、俺が叩き潰してやる!」
光が裕貴を放置して前に出る。瞬間、歩夢が疾風のごとく動いた。
「――うおおおっ!」
歩夢の拳が風を切り、光の頬を捉える。衝撃音が響き、光が一歩後退する。だが光も負けじと素早く反撃し、歩夢の脇腹を鋭く殴りつけた。
「……チッ、いいパンチだな。」
「お前みたいなクズ相手に手加減なんかするかよ!」
ふたりは激しくぶつかり合う。歩夢の拳が光の顔面を捉えれば、光の蹴りが歩夢の腹に食い込む。音を立てて壁が崩れ、床が軋むほどの激闘が繰り広げられる。
「裕貴を傷つけておいて……絶対に許さない!」
歩夢の怒りはさらに膨れ上がり、拳に込められる力が増していく。光は一瞬怯んだように見えたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「いいぜ、その怒り。もっと見せてみろ!」
激しい衝突の中、歩夢は一瞬の隙を突いて光の胸元を掴むと、渾身の力で床に叩きつけた。
「これで終わりだ……!」
歩夢の拳が振り下ろされる――その瞬間、光は何かを呟き、煙が辺りに広がる。
「まだ終わらせないぞ……!」
煙が晴れたとき、光の姿は消えていた。
「逃げやがった……!」
歩夢は悔しさに拳を震わせたが、すぐに裕貴のもとへ駆け寄る。
「裕貴……大丈夫だ。もう安全だ、俺が守る……!」
歩夢の声は震えていたが、その瞳には決して諦めない決意が宿っていた。
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