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第16話
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俺はなんとか光を振り切り、駐車場に車を止めた。荒い息を整えようとするものの、胸の鼓動は恐怖で早鐘のように鳴り続けている。光がまだどこか近くにいるのではないかという不安に駆られながら、足早に歩夢のアパートへ向かう。震える手でインターホンを押すと、心臓の音がさらに大きく感じられた。
扉が開くと、そこには灰色のパジャマ姿の歩夢が立っていた。俺の顔を見るなり、彼は無言で俺の腕を掴み、力強く部屋の中へ引き入れる。そのまま彼の胸に抱き寄せられると、驚くほど温かい体温と、ドクン、ドクンと規則正しく響く心臓の音が伝わってきた。
「おかえりなさい。」
「うん…ただいま。」
俺の顔をじっと見つめながら、彼はふと低い声で言った。
「先輩…甘えたいんです。」
「え?…どうしたの?」
問いかける間もなく、歩夢はぐっと俺の腰を引き寄せた。そして真剣な瞳で囁く。
「キスさせてください。」
一瞬で距離が詰まり、彼の唇が俺の唇を捉える。驚いて後退しようとするも、彼の腕はしっかりと俺を捕まえていて逃げられない。
舌を引こうとするが、それすらも許さないように、彼の舌が執拗に俺の中を求めてくる。
絡みつく熱い感触に抗う余裕もなくただ彼の深いキスに飲み込まれていった。
「ご飯できてますよ?」
「ありがとう。」
歩夢に招かれて部屋に入ると、湯気が立ち昇る美味しそうな料理がテーブルいっぱいに並べられていた。香ばしい匂いが部屋中に漂い、疲れていた心が少しだけほぐれる。
「すごいな…。本当に全部作ったの?」
俺が席につくと、歩夢は冷蔵庫からお酒の缶を取り出しながら微笑んだ。
「もちろんです。先輩のためですから。」
俺が驚いて彼を見つめると、歩夢は少し照れたように視線を逸らして缶を開け、チューハイを一口飲んだ。その瞬間、彼の表情がふっと曇り、深いため息をつく。
「どうしたの?」
「…先輩、実は俺…悩みがあって。」
そう言いながら、歩夢は缶を握る手に少し力を込めた。
「看護師…辞めようかなって思ってるんです。」
「え?」
「俺、向いてないんですよ。もともと父親がやってたからって成り行きで始めただけだし…。患者さんに怒鳴られることもあるし、先輩にはいつも叱られてばかりで…。正直、自信なんて全然ないんです。俺が続けてる理由なんて…先輩がいるから。それだけです。」
最後の言葉を搾り出すように言った歩夢の目が、少し潤んでいるのに気づいた。その姿に胸が痛む。
「別にいつ辞めたっていいんですよ。でも…俺には先輩さえいてくれればそれでいいんです。」
歩夢の声は震えていた。彼がどれほど不安や葛藤を抱えていたのか、ようやく理解する。俺は迷わず彼の腕を掴み、そのまま自分の胸に引き寄せた。
「歩夢くん。」
俺の言葉に反応して顔を上げた彼の瞳には、今にも涙が溢れそうなほどの不安が宿っていた。
「辞めてもいいんだよ。」
「…え?」
「もう十分頑張ってるよ。歩夢くんがどれだけ真面目に向き合ってきたか、俺はちゃんと見てる。だから、無理しなくていいんだ。もうこれ以上頑張らなくたって、歩夢くんは十分素敵なんだから。」
歩夢の肩を抱きしめながら、俺は優しく言葉を続けた。
「でもね、もし辞めたらどうするか、一緒に考えよう。俺がいるから、一人で抱えなくていい。いつだって力になるから。」
その瞬間、歩夢の肩が震え、彼は堪えきれなくなったように声を上げて泣き始めた。
「先輩…ありがとうございます。」
俺はただ彼を抱きしめて、泣き止むまで静かに背中をさすり続けた。そのぬくもりが、少しでも彼を安心させられたなら、それで十分だと思えた。
暫くすると、歩夢は俺の胸に顔を埋めたまま、そっと腕を回して強く抱きしめ返してきた。そのぬくもりに、少しずつ彼の気持ちが落ち着いていくのを感じる。
「歩夢くん…大丈夫?」
そう尋ねると、彼は小さく頷きながら顔を上げ、涙の跡が残る瞳で俺をじっと見つめた。そして、決心したように唇を引き結び、一言、はっきりと口にする。
「先輩、明日俺とデートしてください。」
不意打ちの言葉に、思わず目を瞬かせてしまう。彼は照れくさそうに微笑んだ後、さらに強く俺を抱きしめた。
「先輩と一緒にいたいんです。仕事とか、いろいろ考えなきゃいけないことはあるけど、明日は全部忘れて、先輩と楽しい時間を過ごしたい。」
その真剣な眼差しに、俺の胸がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。彼の頑張りを少しでも支えたいと思い、俺は自然と微笑みながら頷いた。
「分かったよ。明日はデートしよう。」
歩夢の顔がぱっと明るくなり、その笑顔を見ていると、俺の心にも少しだけ光が差し込んだ気がした。
扉が開くと、そこには灰色のパジャマ姿の歩夢が立っていた。俺の顔を見るなり、彼は無言で俺の腕を掴み、力強く部屋の中へ引き入れる。そのまま彼の胸に抱き寄せられると、驚くほど温かい体温と、ドクン、ドクンと規則正しく響く心臓の音が伝わってきた。
「おかえりなさい。」
「うん…ただいま。」
俺の顔をじっと見つめながら、彼はふと低い声で言った。
「先輩…甘えたいんです。」
「え?…どうしたの?」
問いかける間もなく、歩夢はぐっと俺の腰を引き寄せた。そして真剣な瞳で囁く。
「キスさせてください。」
一瞬で距離が詰まり、彼の唇が俺の唇を捉える。驚いて後退しようとするも、彼の腕はしっかりと俺を捕まえていて逃げられない。
舌を引こうとするが、それすらも許さないように、彼の舌が執拗に俺の中を求めてくる。
絡みつく熱い感触に抗う余裕もなくただ彼の深いキスに飲み込まれていった。
「ご飯できてますよ?」
「ありがとう。」
歩夢に招かれて部屋に入ると、湯気が立ち昇る美味しそうな料理がテーブルいっぱいに並べられていた。香ばしい匂いが部屋中に漂い、疲れていた心が少しだけほぐれる。
「すごいな…。本当に全部作ったの?」
俺が席につくと、歩夢は冷蔵庫からお酒の缶を取り出しながら微笑んだ。
「もちろんです。先輩のためですから。」
俺が驚いて彼を見つめると、歩夢は少し照れたように視線を逸らして缶を開け、チューハイを一口飲んだ。その瞬間、彼の表情がふっと曇り、深いため息をつく。
「どうしたの?」
「…先輩、実は俺…悩みがあって。」
そう言いながら、歩夢は缶を握る手に少し力を込めた。
「看護師…辞めようかなって思ってるんです。」
「え?」
「俺、向いてないんですよ。もともと父親がやってたからって成り行きで始めただけだし…。患者さんに怒鳴られることもあるし、先輩にはいつも叱られてばかりで…。正直、自信なんて全然ないんです。俺が続けてる理由なんて…先輩がいるから。それだけです。」
最後の言葉を搾り出すように言った歩夢の目が、少し潤んでいるのに気づいた。その姿に胸が痛む。
「別にいつ辞めたっていいんですよ。でも…俺には先輩さえいてくれればそれでいいんです。」
歩夢の声は震えていた。彼がどれほど不安や葛藤を抱えていたのか、ようやく理解する。俺は迷わず彼の腕を掴み、そのまま自分の胸に引き寄せた。
「歩夢くん。」
俺の言葉に反応して顔を上げた彼の瞳には、今にも涙が溢れそうなほどの不安が宿っていた。
「辞めてもいいんだよ。」
「…え?」
「もう十分頑張ってるよ。歩夢くんがどれだけ真面目に向き合ってきたか、俺はちゃんと見てる。だから、無理しなくていいんだ。もうこれ以上頑張らなくたって、歩夢くんは十分素敵なんだから。」
歩夢の肩を抱きしめながら、俺は優しく言葉を続けた。
「でもね、もし辞めたらどうするか、一緒に考えよう。俺がいるから、一人で抱えなくていい。いつだって力になるから。」
その瞬間、歩夢の肩が震え、彼は堪えきれなくなったように声を上げて泣き始めた。
「先輩…ありがとうございます。」
俺はただ彼を抱きしめて、泣き止むまで静かに背中をさすり続けた。そのぬくもりが、少しでも彼を安心させられたなら、それで十分だと思えた。
暫くすると、歩夢は俺の胸に顔を埋めたまま、そっと腕を回して強く抱きしめ返してきた。そのぬくもりに、少しずつ彼の気持ちが落ち着いていくのを感じる。
「歩夢くん…大丈夫?」
そう尋ねると、彼は小さく頷きながら顔を上げ、涙の跡が残る瞳で俺をじっと見つめた。そして、決心したように唇を引き結び、一言、はっきりと口にする。
「先輩、明日俺とデートしてください。」
不意打ちの言葉に、思わず目を瞬かせてしまう。彼は照れくさそうに微笑んだ後、さらに強く俺を抱きしめた。
「先輩と一緒にいたいんです。仕事とか、いろいろ考えなきゃいけないことはあるけど、明日は全部忘れて、先輩と楽しい時間を過ごしたい。」
その真剣な眼差しに、俺の胸がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。彼の頑張りを少しでも支えたいと思い、俺は自然と微笑みながら頷いた。
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