裏切りの魔男

takupon

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指名手配編

深夜の時告げ

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「キルラ、桜に何があったんだい!?」

宿屋に着くなり、出迎えに来てくれたナックルが悲鳴をあげる。釣られて中で食事している冒険者達も桜の方を見てしまう。

「一言で言えば、大冒険に危険は付き物的な感じだから気にすんな」

「ウゥ~、私のせいで御免ね……」

「もうそれは気にしてないし、お前も気にすんなよ」

「もしかして、キルラの無茶振りに付き合わされてしまったのかい?!」

「だから大丈夫だって!キルラに貸してもらってた恩が全部|讐(あだ)だっただけのことだ」

「そんなに酷かったのかい?!」

「……生易しいもんではなかったことは確かだな。一度部屋に戻るわ」

会話を打ち切ると、桜は折れた両脚をゆっくり動かし歩こうとする。
しかし骨折した脚は言うことを聞かず、歩くこともままならない。普通に立っているのが不思議なぐらいだ。
序でにここまではキルラに負ぶってもらっていたのだが、ハッチェとナックルに見られるのは恥ずかしいと無理矢理降りたのだ。

「しょうがない子だな~。私が連れてってあげるよ!」

「待て!」

桜は前屈みになり負んぶ体勢に入ろうとするキルラを制止させた。
これだと同じではないか、と。

「出来ればもうちょい優雅な体勢になりたいから今回は自力で歩くよ」

キルラの優しさを断りづらい桜は、傷つけないようやんわりと回避する。
すると何を勘違いしたのか、

「それならこれで大丈夫だね!」

宿屋が反転した。
正確には桜の身体がお姫様抱っこされたのだ。

「お、おい、俺男だから!やる側だから!速く降ろせ~!!」

桜はこの屈辱を味わうのは初めてではない。
異世界に来てまだ日が浅い内に一度カレナにやられたことがあるのだ。つまり通算二回目というわけだ。
二回目だからこそ嫌なのだ。それこそ質(たち)が悪い。
桜とミファは同じ部屋に住んでいる。今のところ過ちは犯していない。男としてはどうかと思うだろうが、許してくもらいたい。分かるだろう、桜はヘタレなのだ。

「は~い、到着]

部屋は質素なもので、ベットが二つ付いているだけである。後ここには風呂も備え付けている。当店の自慢です、とナックルは誇っているほどだ。他の宿ではこうはいかないらしい。そもそも風呂が付いている家アは貴族か王族ぐらいなもので、宿屋の部屋一つ一つにあるなど、何処を探してもここだけらしい。

「今日はもう疲れたし、風呂入って寝るわ。飯は要らないってナックルに伝えといてくれ」

脚を引きずりながら脱衣所に向かう。入口を締めようとしたとこで、キルラがニマニマと笑っていることに気づく。

「覗こうとしたら、絶交だかんな」

ドアから顔だけ出し、キルラの野望を阻止する。それを聞いた同居の少女は、

「じゃ覗くの止めて一緒に入る!」

天然もここまでくると疑いたくなってしまう。キルラはなんと部屋の隅っこで服を脱ぎだしたのだ。
気が動転した桜は、軽装備を外し服に手を掛けようとしているキルラを止めにかかる。

「一緒に入るのも無し!俺はまだ犯罪者に成りたくないよ!」

「何が、嫌なの~?私達姉妹でしょ」

「それ設定だからっ!!ほらナックルに飯要らないって伝えてきて」

「ブー」

唇を尖らせ抗議するが、聞く耳を持たない。
湯気で全体が見えない風呂場に脚を踏み入れる。
身体を軽く洗うと、湯船に全身を浸からせる。今日一日の浪費が取れていく。

「はあぁぁぁぁ」

疲れが口から飛び出す。まともに動かすことが出来ない脚も今は痛みを感じない。

(魁斗、肇、小百合、立夏、愛梨……みんなどうしてっかな?姉ちゃんは肝が太いから大丈夫だろうな。他の異世界人だと愛亜さんに、嘉先輩だろ。あの二人にはまだ会ってないからなぁー、ちゃんと生きてっかな?)

自分の心配より先に、知人を気遣う桜。大切な人には見せない一面であった。いわゆるツンデレである。











時間は変わり、深夜、月光が王都を照らす頃。
彼方が熟睡したのを見計らい、一人分の影が宿を飛び出す。
キルラだ。
暗殺者の仕事用のマスクと、帽子を被りローブが華奢な身体を包む。
一寸も迷わず、ちらほらと付いた灯の下を駆けて行く。
キルラが向かった先は、灯火が入り口を指すボロついたバーだ。
中には一人のマスターが佇んでいる。
キルラは一癖ありそうなマスターに眼線で合図する。

「暗号は?」

「王都に紛れし闇の者達、我が名は……シーカリウス」

シーカリウスは、世界中に名を轟かせた伝説の暗殺者だ。暗殺者にはシーカリウスに憧れを持っている物が多い。

「よし、入れ」

マスターは後ろの裏口を見ずに、親指で示す。
キルラはカウンターを通り抜け、マスターに軽く一礼すると、中に入っていく。
暗い道を抜けた先には、四方の壁に紫の炎で灯された広めの部屋に繋がっていた。
そこにはナイフを研ぐ者、酒を煽る者、ボードゲームをする者、多くの暗殺者が居座っていた。
その中の一人に手招きされる。
いつの間に来たのだろうか、先程バーに居たマスターであった。

「すみません、マスター。遅れまでしまいました。同居の子が全然寝付かなかったもので……」

彼方のことだ。
キルラはマスクの下からか細い声を零す。
キルラがマスターと呼んだ人物はバーのマスター兼闇ギルドのマスターもしているようだ。外でマスターと呼んでも不自然に感じられない為であろう。

「そんなことはどうだっていい。それより仕事の話だ」

然程も気にせず話を早める。

「お前、本当にこの仕事が終わったら脚を洗うのか?」

「元から決めていたことです。……今までお世話になりました。マスターが私を拾ってくれたことは一生忘れません。もし何かあれば私を頼ってください」

キルラとマスターは親子同然の中にある。スラム街で出会ったのが切っ掛けでキルラはこの道を進み始めた。
マスターは頑固で仕事以外では余り喋らない無口であったが、キルラには心を開いていた。それは一種の親愛なのだろう。

「そうか……まぁ、別れ話は仕事に終わってからにしよう。今回の仕事だかな、凄い大物さんからの依頼だぞ。誰だと思うよ?」

「騎士団の団長さんとかでしょうか?」

「そんなんちっぽけなもんだ!いいか、よく聞けよ。依頼主は……王様だ」

「王様が私達、下衆の住民に何の依頼なんでしょう?」

「もっと、良い反応無かったのか?大袈裟に言った俺がバカみたいじゃねぇーか。それに下衆の住民って……流石に酷くねぇーか?」

「文句を言うつもりではありませんが、私は出来ればお花屋さんの主人にでも拾われたかったですね。まさか、暗殺者の親玉に拾われるなんて、無念です」

「思いっきり文句じゃねぇーか!しかも当の本人に向かって!キルラ、お前親孝行って知ってるか?!」

「勿論です。確か、親が死んだ時は子が仇討ちに行くと、同僚に聞かされました」

「暗殺者流だなっ!!それに、おれが死んでる設定じゃねぇーか!もっとこう老後の介護とかしてくれないのか?!」

「私にはもう介護するべき対象が見つかってしまったので……。そう言えば聞いてくださいよ!私、妹が出来たんですよ!」

「俺に隠し子は居なかった筈だが?」

「そもそも結婚していませんもんね」

「お前、いい歳過ぎた男に言っていいことじゃねぇーぞ、それ!」

「それよりも聞いてくださいよ!その子が可愛いくて堪らないんですよ。聞きます?聞いちゃいます?」

「お前、暗殺者としての貫禄が消えかかってるぞ。惚気話は仕事が遂行してからにしてからだ」

「は~い」

元気よく手を上げるキルラに、マスターの口が綻びる。仕事仲間と言ったとて、それ以前に家族なのだ。ついついキルラの話に耳を傾けてしまう自分がいるのだ。
これが親心と言うものだろうか。
マスターは嬉しそうにため息をつく。

「それで王様の依頼なんだかな、内容が特殊なんだ。ちょっと前に勇者召喚したのおぼえてるか?」

「異世界からやって来た勇者様達ですよね?」

「あぁ、それだ。その中の一人が暗殺対象だ」

「勇者様と言っても、まだ子どもでしょ?案外、簡単そうですね。何処に居るんですか?」

「それが分かってねぇーんだってさ」

キルラは口をへの字に曲げる。

「……暗殺者はいつから迷子探しの看板を背負ったんですか?」

飽きれた眼でマスターを射抜く。
それをヒョイっと躱し、マスターは一枚の紙をゴソゴソと出してくる。

「容姿は分かってるから書いておいたぜ、ほらよ」

紙には、

・真っ白な肌

・黒の髪

・黒の瞳

・この土地には無い特殊な服

・身長160~165

・名は桜井 彼方

その下には暗殺対象のステータスが書かれてあった。

「こんな容姿の子は居たら眼に付くと思うんですけど?」

「それがなぁー、王都の何処を探しても見つからねぇーらしいぞ」

「何で私なんですか?」

「そりゃーお前、変装の名人だからな。俺らには無い良いもん持ってるからに決まってるからだよ」

「……私にしか出来ないのら仕様(しょう)がないですね。最後にこの職に花を飾ってあげましょう!」

「気合十分なのは良いことなんだが、ちぃーと気をつけろよ」

「何でですか?」

「お前聞いてねぇーのか、指名手配されてるってこと?」

「失笑ですね。私を誰だと思っているんですか?マスターが言った変装の名人ですよ!私が捕まるぐらいなら、先にマスターが捕まっていますよ!」

「それもそうだな。だがな、お前が見つけられないぐらいに、その少年もみつからねぇーんだ。この仕事は一筋縄じゃいかねぇーぞ。ん、そうだお前。少し前に、金払ったら、魔法使って雲隠れの手助けしてた頃合っただろ?又、お前が隠したんじゃねぇーのか?」

こういった事件は年に何度か起こる。王都でぱったりと消息を途絶えさせる者だ。
マスターが言う少し前とは、キルラが半人前だった頃に、アルバイトとして魔法を使い変装の手伝いをする時期があったのだ。その中の一人に、仕事仲間の暗殺対象が混じっていたという事件のことを指しているのだろう。
キルラは苦笑いをマスターに向ける。

「やめてくださいよ!あれはまだ私がちっさい時じゃないですか。もうそんなヘマなんてしませんよ。それに最近使ったのだって数えるほどしかありませんよ。それもその大体が自分自身に使いましたから。他人に使ったのなんて……」

そこで、キルラは口の動きを止める。何かが脳内を過ぎったのだ。キルラの頭の中で、バラバラに散らばっていたピースがくっついていく。

魔法を使った……他人に、少年に。

真っ白い肌――――女性のように美しかった少年が居たではないか。

黒の髪――――自分と同じ色に染めてあげた少年が居たじゃないか。

黒の瞳――――暗く暗く何もかもを閉ざすような眼を持った少年が近くに居たではないか。

名前は――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「桜井、彼方」
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