上 下
93 / 108
愛の為に

しおりを挟む
 それから、直貴の瞳を覗き込んだ。

「でもね……直貴の過去は……楽しいことばかりじゃないよ? 辛くて、苦しくて……忘れたくて忘れたことも、いっぱいあるんだ。
 それでも、知りたいの?」

 僕は、直貴に辛い過去を思い出させたくない……

 そんな僕の思いとは裏腹に、直貴は黙って頷いた。

 それを認めた僕は、盛大な溜息を吐いた。

「そっち、行ってもいい?」

 直貴の意思を確認すると、僕は彼のすぐ隣に椅子を移動させ、腰掛けた。

 直貴の手を握り、深呼吸してから重い口を開く。

「僕が……直貴の痣に初めて気がついたのは、まだ僕たちが小等部に入る前だった。肘だけじゃなく、裾捲ったら膝とかにも赤黒い痣があったの、覚えてる?」

 直貴は無言で首を振った。彼の躰が緊張しているのが、指先から伝わって来る。

「そっか……」

ーー直貴はお母さんから、虐待を受けてたんだよ。

 そう言いかけて、踏みとどまった。

 ずっと直貴に秘密にしていた言葉を、僕の口は言いたくないと駄々を捏ねる。僕は、直貴が覚えていそうな事実を拾っていくことにした。

「小等部の時にさ、僕が間違って直貴の更衣室開けちゃったことあったの、覚えてる?」
「そんなこと、あったっけ? なんか、僕の中の記憶が曖昧で……よく、覚えてないんだ。夕貴といつも一緒にいたって、その感覚だけしか」

 直貴は少し寂しそうに微笑んだ。

「そん時さ、見ちゃったんだよね……直貴の手首のとこにリストカットがあったの」
「ぇ……」

 直貴は蒼白になり、それから僕が握っていた手を解いて反対側の長袖を少し捲った。手首に残った、昔つけられたリストカットの痕は白く浮き上がってミミズ腫れとなり、それが何本も並んでいた。

「何……こ、れ……」

 直貴は、まるで初めて見たかのようにビックリし、さらに袖を上に捲る。手首と肘の間には、赤い線が入っている。かさぶたになっている生々しいものもあった。と同時に、そこにあった鬱血した痣が幾つもあるのを見て、ビクッと震えた。

「ヒッ!! ……ウッ、ウッウッうぁぁああああああああ!!」

 直貴が頭を抱えて力任せに首を振り、全身を震わせた。

「痛いっ!! 痛い!! お願い、ぶたないで!! ……ッごめ、ごめ、な……さ……ヒック」
「直貴! 直貴!!」

 直貴を抱き締め、安心させるように背中を撫でた。

「もう、終わったんだ……直貴……終わったんだよ……」
「ぼ、僕が……いい子じゃないから……ウッウッ……」
「直貴はいい子だよ。僕は知ってる……直貴は優しくて、いい子だって」
「やだ……やだ……痛いのは、やだ……お母さん、お願い……ぶたないで……ごめん、ごめんな、さ……」
「直貴……」
「ぅわぁぁぁぁぁぁんっっ!!」

 僕の腕の中で、涙が枯れ果てるかと思うぐらい泣いて泣いて泣いて……それは、直貴なのか、直なのか……僕にもよく分からなかった。

 それから直貴は痙攣を起こし、意識を失った。

 こ、んな……辛い事思い出させて、苦しませて……本当にこれは、必要なの?

 僕の腕の中でぐったりする直貴を見て、心が重くなった。

 それまでずっと静観していたカウンセラーが、僕の元に歩み寄った。

「直貴くんは、過去に自分が虐待を受けていた事を知り、悲しみ、憤り、怒り……様々な感情が溢れ出し、処理しきれない状態にあります。一時期は鬱状態が酷く続くかもしれません。けれど、それを乗り越える事が出来れば、虐待体験を自分の中に取り入れ、過去の痛みを背負わせていた素直くんと統合出来るようになるのです。
 夕貴くんにとっても辛いことかもしれないけど、今の直貴くんにとって君が大きな支えになってるんだ。協力してくれないかな?」

 僕は迷いつつも、「分かった……」と答えた。

 それが、本当に直貴と直の為になるなら……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大親友に監禁される話

だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。 目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。 R描写はありません。 トイレでないところで小用をするシーンがあります。 ※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

召喚された美人サラリーマンは性欲悪魔兄弟達にイカされる

KUMA
BL
朱刃音碧(あかばねあおい)30歳。 ある有名な大人の玩具の開発部門で、働くサラリーマン。 ある日暇をモテ余す悪魔達に、逆召喚され混乱する余裕もなく悪魔達にセックスされる。 性欲悪魔(8人攻め)×人間 エロいリーマンに悪魔達は釘付け…『お前は俺達のもの。』

イケメン幼馴染に執着されるSub

ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの… 支配されたくない 俺がSubなんかじゃない 逃げたい 愛されたくない  こんなの俺じゃない。 (作品名が長いのでイケしゅーって略していただいてOKです。)

ヤンデレ蠱毒

まいど
BL
王道学園の生徒会が全員ヤンデレ。四面楚歌ならぬ四面ヤンデレの今頼れるのは幼馴染しかいない!幼馴染は普通に見えるが…………?

おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話

こじらせた処女
BL
 網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。  ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?

処理中です...