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ガラス越しに見えたもの

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 その日僕は、いつになく緊張していた。直接会えるわけじゃないと分かっているのに、それでも服装に気を遣い、落ち着かない気持ちだった。


 落ち着かないという意味で言えば、隣に立っている貴之叔父さんもそうだ。さっきからぐるぐると意味もなく部屋の中をうろつき回り、神経質そうに指を鳴らした。

 静かに扉がノックされ、幸田が顔を覗かせた。

「お待たせ致しました。では、まいりましょうか」

 僕はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 車窓から見える景色は、見憶えのあるものだった。

「幸田……あの屋敷に、向かってるの?」

 僕たちがかつて住んでいた、あの城に。

 幸田は、バックミラー越しに頷いた。僕はそれを見て、歯噛みした。

 直貴と離れてから、僕は一度あの屋敷を訪れたことがあったんだ。でも、門扉は固く閉ざされ、閂が掛けてあった。門扉の上からは監視カメラが回され、高く巡らされた塀には、足を掛ける足場もない。僕はなす術もなく、帰るしかなかった。

 あの時、邸内には直貴がいたんだ……
 どんな手段を使ってでも、中に入ればよかった。

 玄関ホールへと入ると、懐かしい景色に涙が滲む。

 ここで、僕たちは幸せな時間を過ごしてたんだ。
 取り戻したい……

「二階になります」

 幸田は感慨に耽る僕をよそに、貴之叔父さんを誘導した。

 階段を上りきると、かつての僕の部屋へ貴之おじさんが案内される。そのままついて行こうとすると、幸田に止められた。

「夕貴坊っちゃまは、こちらへ」

 やっぱり……そういうわけにはいかないよね。

 僕は、隣の部屋へと案内された。幸田は部屋に入ると、扉のすぐ近くにある電気のスイッチを押した。

 明るい……

 この部屋は僕の部屋の薄暗い間接照明とは違って、天井から蛍光灯が照らしているため、物凄く明るく感じる。

「夕貴坊っちゃま。申し訳ないのですが、お手伝い頂けますか」

 幸田に声をかけられ、僕の部屋側に当たる壁に近づく。

 踏み台に上った幸田はポケットから小さいバールを取り出し、壁に埋め込まれるようにしてはめられていた花鳥風月をテーマにした水墨画を、てこの原理を使って慎重に外した。それはキャンバスのようにしっかりしたものではなく、薄い板だった。僕は幸田と一緒にその画を慎重に下ろし、床に置いた。

 視線を上げると、画のあった場所にはガラスが嵌め込まれていて、そこから僕の部屋が見える。ベッドは奥へと移動され、代わりにテーブルと椅子が向かい合わせに2つ並んでいた。

 こんなところに、マジックミラーが隠されてたんだ……

「この館は明治時代、華族を贔屓とする高級娼館として建てられました。夕貴坊っちゃまがおられたお部屋は、遊女との戯れの場所として使われていたそうです。その余興として、その頃発明されたばかりのマジックミラーを輸入して嵌め込み、見世物にしていたのだとか」 
「ふーん、そうなんだ。ねぇ、僕たちのことも誰かここから見てたのかな?」

 まぁ、それも刺激的で興奮しちゃうけど。

「どうでしょう……邸内には至る所にカメラが設置してありますから、その必要はなかったかもしれませんが」

 幸田の答えは、相変わらずつまんない。

 部屋を覗き込むと、以前と変わらず監視カメラが設置されている。

「だったら、監視カメラでもよくない?」
「マジックミラーですと一気に広範囲が見渡せ、死角がないことから、今回は直貴様への面会に当たってこちらをご用意させて頂きました」
「なるほどね……」
 
 さぁ、ここから高みの見物といこうかな。

 僕は部屋に置かれた椅子を目の前に置いて座り、足を組んだ。
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