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再会
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「貴之叔父さんは、そのことに酷い罪悪感を持ってるんだ。直貴に会って、直接謝りたいって」
お祖父様は、僕ではなく貴之叔父さんを見つめた。
「貴之……そうなのか?」
叔父さんは、お祖父様に見つめられて萎縮しつつも頷いた。
「お父様……何も言わず妻子を捨て、今まで連絡することもせず行方を眩まして……申し訳、ありませんでした。
わた、しは……恐かったんです。ゲイであることを打ち明けることによって、お父様に失望されるのが。『いい息子』であることへの期待に、応えられないことが。
恐くて……向き合うことをせず、逃げ出しました。最低な、人間です」
へぇ。叔父さん、やろうと思えばやれるんじゃん。
震えながらも自分の思いを打ち明けた叔父さんを、僕とお祖父様は静かに見守った。
叔父さんはぐっと拳を握り締め、俯いていた顔を上げた。
「政略結婚とはいえ、家族だったのに……糸子や直貴とも、正面から向き合うことを避けてきました。
知らなかった……糸子が、それほどのストレスを抱えていたなんて。直貴が、その捌け口になっていたなんて。もう、糸子には謝る機会すら失ってしまった……直貴も、もう手遅れかもしれない。
でも、生きているのなら、たとえ自己満足であったとしても謝ることは出来る。
どうか直貴に、会わせて下さい。酷い父親で済まなかったと……謝らせて下さい」
深々と頭を下げる叔父さんを前に、お祖父様は低く唸った。
重い沈黙が、流れる。欠伸が出そうになったけど、必死に噛み殺した。
お祖父様が再びブランデーボトルを手にし、まだ飲みきっていないグラスに注ぎ足す。唇を濡らす程度にグラスをつけると、テーブルの上に置いた。
「おま、えは……その……同性しか、駄目なのか?」
昔気質の人だから、同性愛を受け入れるのはなかなか難しいんだろう。
叔父さんは、申し訳なさそうに頷いた。
「幼い頃から……気がつけば、好きになるのは男性ばかりでした。
糸子とのお見合い話が出た時、私には一生を添い遂げたいと思う恋人がいましたが、お父様に打ち明けるのが恐くて、結局私は糸子と結婚してしまったのです。結婚を機に、その人とは別れました。一時期は、普通の家庭を築こうと努力したんです。お父様の、期待に添えられるように。
けれど、私の中での違和感はどんどん大きくなっていきました。
そして、結婚から5年が経ったある日、偶然昔の恋人と再会してしまったんです……どう、しても……諦め、られなかった。ずっと一緒にいたかった。糸子のことも、直貴のことも、お父様のことも……もう、何も考えられませんでした」
お祖父様は、深く息を吐いた。
「わしが、お前たちを追い詰めてしまったのだな……」
「そんな!! 違います!! 僕……私、が……弱かったんです。弱かった為に、糸子を、直貴を……皆を、不幸にしてしまった……」
さぁ、お祖父様はどう出るかな?
僕は息を詰めて、ドラマを見守る。いよいよ大詰め。欠伸をしてる場合じゃない。
「貴之……」
思い詰めた、お祖父様の硬い声。
「直貴に、会いに行ってあげなさい」
僕は心の中で、ほくそ笑んだ。
お祖父様が僕に顔を向ける。
「夕貴」
「はい……」
「お前は、貴之をここまで連れてきてくれた。お前には、この二人の成り行きを見守る権利がある」
「はい」
慎み深く、拝聴する。
「だが、直貴と会うのは許さん」
「え……どう、して。だって、僕には叔父さんと直貴がどうなるのか知る権利があるって言ったじゃない」
「全てお前の思い通りになると思ったら、大間違いじゃ」
「そ、んな……」
僕はガックリと項垂れた。今までの苦労が水の泡だ。
お祖父様が僕を厳しく叱咤する。
「お前はわしとの賭けに負けたというのに、潔く負けを認めず、大学に行っても講義を受けず、それどころか大学を抜け出して遊び回っとるそうじゃないか。
貴之とはどこで会ったんだ? 如何わしい場所に行ってたんじゃないのか!?」
とんだとばっちりを受け、僕は剥れた。
「当たり前でしょ? 直貴がいない人生なんて、僕には意味がない。大学に行って、勉強して、働いて、どうするの? なんの楽しみも、幸せも見出せない。
僕は、死にながら生きてるようなもんだよ」
「馬鹿もん!! それは、必死に何かしたのに叶えられずに夢破れた者がいう台詞じゃ! お前みたいな、自分では何も出来ん、脛齧りが言う言葉じゃないわい!!」
酷い言われようだ。まぁ半分以上は……いや、ほとんど当たってるけど。
お祖父様が眉を顰めた。
「お前の直貴への思いだって、いい加減なもんなんじゃないか。お前は、自分の言うなりの直貴の存在が必要なだけじゃろ」
「お祖父様……その言葉、今すぐに取り消して下さい」
それまでと打って変った雰囲気になった僕に、隣に座っていた貴之叔父さんどころか、お祖父様までもが躰をピクッと震わせた。
「僕の直貴への愛は、本物です。直貴だけじゃない。直も、勝太も、ロイヤルも、ダリアも、創一様も……みんなを愛してる。
皆はそれぞれ、僕にとって必要なものを与えてくれた。癒しも、くったくなく笑い合えることも、深く愛される悦びも、無償の愛も、全て委ねられる安心感も……僕が求めても得られることがなかった全てを、彼らからもらったんです」
いつになく真剣な僕の眼差しに、お祖父様の瞳が揺れた。
お祖父様は、僕ではなく貴之叔父さんを見つめた。
「貴之……そうなのか?」
叔父さんは、お祖父様に見つめられて萎縮しつつも頷いた。
「お父様……何も言わず妻子を捨て、今まで連絡することもせず行方を眩まして……申し訳、ありませんでした。
わた、しは……恐かったんです。ゲイであることを打ち明けることによって、お父様に失望されるのが。『いい息子』であることへの期待に、応えられないことが。
恐くて……向き合うことをせず、逃げ出しました。最低な、人間です」
へぇ。叔父さん、やろうと思えばやれるんじゃん。
震えながらも自分の思いを打ち明けた叔父さんを、僕とお祖父様は静かに見守った。
叔父さんはぐっと拳を握り締め、俯いていた顔を上げた。
「政略結婚とはいえ、家族だったのに……糸子や直貴とも、正面から向き合うことを避けてきました。
知らなかった……糸子が、それほどのストレスを抱えていたなんて。直貴が、その捌け口になっていたなんて。もう、糸子には謝る機会すら失ってしまった……直貴も、もう手遅れかもしれない。
でも、生きているのなら、たとえ自己満足であったとしても謝ることは出来る。
どうか直貴に、会わせて下さい。酷い父親で済まなかったと……謝らせて下さい」
深々と頭を下げる叔父さんを前に、お祖父様は低く唸った。
重い沈黙が、流れる。欠伸が出そうになったけど、必死に噛み殺した。
お祖父様が再びブランデーボトルを手にし、まだ飲みきっていないグラスに注ぎ足す。唇を濡らす程度にグラスをつけると、テーブルの上に置いた。
「おま、えは……その……同性しか、駄目なのか?」
昔気質の人だから、同性愛を受け入れるのはなかなか難しいんだろう。
叔父さんは、申し訳なさそうに頷いた。
「幼い頃から……気がつけば、好きになるのは男性ばかりでした。
糸子とのお見合い話が出た時、私には一生を添い遂げたいと思う恋人がいましたが、お父様に打ち明けるのが恐くて、結局私は糸子と結婚してしまったのです。結婚を機に、その人とは別れました。一時期は、普通の家庭を築こうと努力したんです。お父様の、期待に添えられるように。
けれど、私の中での違和感はどんどん大きくなっていきました。
そして、結婚から5年が経ったある日、偶然昔の恋人と再会してしまったんです……どう、しても……諦め、られなかった。ずっと一緒にいたかった。糸子のことも、直貴のことも、お父様のことも……もう、何も考えられませんでした」
お祖父様は、深く息を吐いた。
「わしが、お前たちを追い詰めてしまったのだな……」
「そんな!! 違います!! 僕……私、が……弱かったんです。弱かった為に、糸子を、直貴を……皆を、不幸にしてしまった……」
さぁ、お祖父様はどう出るかな?
僕は息を詰めて、ドラマを見守る。いよいよ大詰め。欠伸をしてる場合じゃない。
「貴之……」
思い詰めた、お祖父様の硬い声。
「直貴に、会いに行ってあげなさい」
僕は心の中で、ほくそ笑んだ。
お祖父様が僕に顔を向ける。
「夕貴」
「はい……」
「お前は、貴之をここまで連れてきてくれた。お前には、この二人の成り行きを見守る権利がある」
「はい」
慎み深く、拝聴する。
「だが、直貴と会うのは許さん」
「え……どう、して。だって、僕には叔父さんと直貴がどうなるのか知る権利があるって言ったじゃない」
「全てお前の思い通りになると思ったら、大間違いじゃ」
「そ、んな……」
僕はガックリと項垂れた。今までの苦労が水の泡だ。
お祖父様が僕を厳しく叱咤する。
「お前はわしとの賭けに負けたというのに、潔く負けを認めず、大学に行っても講義を受けず、それどころか大学を抜け出して遊び回っとるそうじゃないか。
貴之とはどこで会ったんだ? 如何わしい場所に行ってたんじゃないのか!?」
とんだとばっちりを受け、僕は剥れた。
「当たり前でしょ? 直貴がいない人生なんて、僕には意味がない。大学に行って、勉強して、働いて、どうするの? なんの楽しみも、幸せも見出せない。
僕は、死にながら生きてるようなもんだよ」
「馬鹿もん!! それは、必死に何かしたのに叶えられずに夢破れた者がいう台詞じゃ! お前みたいな、自分では何も出来ん、脛齧りが言う言葉じゃないわい!!」
酷い言われようだ。まぁ半分以上は……いや、ほとんど当たってるけど。
お祖父様が眉を顰めた。
「お前の直貴への思いだって、いい加減なもんなんじゃないか。お前は、自分の言うなりの直貴の存在が必要なだけじゃろ」
「お祖父様……その言葉、今すぐに取り消して下さい」
それまでと打って変った雰囲気になった僕に、隣に座っていた貴之叔父さんどころか、お祖父様までもが躰をピクッと震わせた。
「僕の直貴への愛は、本物です。直貴だけじゃない。直も、勝太も、ロイヤルも、ダリアも、創一様も……みんなを愛してる。
皆はそれぞれ、僕にとって必要なものを与えてくれた。癒しも、くったくなく笑い合えることも、深く愛される悦びも、無償の愛も、全て委ねられる安心感も……僕が求めても得られることがなかった全てを、彼らからもらったんです」
いつになく真剣な僕の眼差しに、お祖父様の瞳が揺れた。
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