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喪心

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 後ろを振り向くと、お祖父様はなにやら幸田と話し込んでいた。

「夕貴お兄ちゃま……ッグ、ウッ」

 警護の男のすぐ横を歩いている僕の姿を認めると、直が縋るように僕に手を伸ばしてきた。

「直、大丈夫。大丈夫だから……」

 僕は直の手を取り、安心させるようにギュッと握った。

 部屋に入ると、すぐさま男に礼を言って追い出した。

 直が僕の躰にしがみつく。心細そうに、小さく震えている。

 直は火事のこと、知っているのか……?

「どうしたの、直?」

 上擦った声を落ち着かせるように、僕はなるべく優しい声音で尋ねた。

「胸が……胸が、ギューッてして、痛いの。どんどん苦しくなってくるの……ッッ何かが、入ってくる感じ」

 僕は直をギュッと抱き締めた。

 直は、直貴の苦しみや辛さを引き受けるために生まれた人格だ。今、直の心の中に直貴の感情が一気に入り込んで来ているのかもしれない。

「ウッウッ……ウゥッ……フグッ……苦しいよぉ、夕貴お兄ちゃま……ック」
「直……直、大丈夫だよ。僕が、ずっと傍にいるから」

 そう、独りになんて……させない。 

 直が泣き疲れ果てて眠ると、僕はそっと部屋を出た。

 階段を降りてきた僕に幸田が気づき、歩み寄ってきた。

「直貴様は……」
「うん。泣き疲れて眠ってる。それで、火事の方は?」

 幸田は一瞬睫毛を伏せてから、僕を見上げた。

「火事の方は鎮火したようです。焼け跡から糸子様の焼死体が見つかったと警察から連絡が入り、会長が遺体確認の為に警察へ向かわれました」
「ふぅん。叔母さん、屋敷の中にいたんだ……」

 幸田はピクッと小さく躰を震わせた。

「夕貴坊っちゃま……」
「なに?」
「い、いえ……なんでも、ございません」

 幸田が深く頭を下げた。

「ねぇ、幸田。まさか幸田は僕が叔母さんを殺したんじゃないかって疑ってる?」
「い、いえ!! とんでもございません……」
「フフッ……そうだよねぇ。血が繋がってないとはいえ、直貴の母親を殺すわけないもんねぇ」

 口角を上げた僕から、幸田は目を逸らした。

「どうして、叔母さんは死んじゃったんだろう……可愛い息子を遺して」

 可哀想な直貴。ひとりぼっちになってしまった。

 大丈夫。僕がいるからね……

 叔母さんの遺体は司法解剖に回された。

 検死の結果、叔母さんは大量に酒と睡眠薬を飲んだ後自らガソリンを被り、焼身自殺したとのことだった。
あれだけ炎が勢い良く燃え盛っていたのは、屋敷中に叔母さんがガソリンを撒いたせいだった。使用人に暇を出したのは、せめてもの良心が彼女に残っていたのだろう。

 息子に対しては、良心の欠片もないくせにね。

 使用人の話では、直貴が学生寮に入ってから酒の量が増えていったのだという。記憶をなくし、ふらふらになるまで1日中飲み続け、堕落した生活を送っていた。

 今まで抱えてきた苛立ちやストレスを全て直貴に向けていたのに、その対象がいなくなり、代わりを求めるようにして叔母さんは大量の酒を飲むようになっていたんだろう。同情の余地もないけどね。

 さすがお金の使い道を分かっているお祖父様は、叔母さんが焼身自殺である事実を捩じ伏せ、事故ということで片付けさせた。

 大々的に葬儀はせず、親族だけでひっそりと密葬されることになった。葬儀は、直貴以外悲しむ者がいない、実に淡白で奇妙なものだった。

 いや、直貴すら……この悲しみの場にはいなかった。

「お母さーん!! お母さーーん!! 僕が、僕が悪い子だから、お母さんが僕を置いて行っちゃったんだ……ウッウッッグ……」

 直貴は葬儀に姿を見せず、直が代わりに棺に縋り付いて泣いていた。周囲の人間は、直貴が悲しみのあまり幼児的な態度を見せているのだろうと考えていたため、訝しまれることはなかった。

 僕は、そんな直の隣にずっと寄り添った。
 昔から、そうしていたようにね。
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