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 コンビニは礼音の家に行く途中に通って来たので、迷うことはなかった。普通に歩いていても、夜道を煌々と照らす眩しい光を見逃すわけもない。

 コンビニの扉を開けた途端ボワッとした熱気に包まれ、一気に躰が溶かされていくような気分になった。

 美姫は扉の近くに置いてある買い物かごを手に取ると、真っ直ぐにおつまみコーナーへとむかった。

 いかピーって、前に食べた時すっごく美味しかったよね。おつまみってこんなに豊富に種類があるんだ、迷っちゃう……

 何品かおつまみを選んで買い物かごに入れると、続いてデザートも買うことにした。冷蔵棚に陳列してあるデザートをひとつひとつ手に取り、吟味しながらじっくりと選ぶ。

 ケーキ、よりもゼリーとかプリンの方が食べやすいかなぁ。生チョコなめらかプリン……いいかも……

 なかなか決められず、最初は女子だけのつもりで考えていたのに、結局全員分購入することになってしまった。

 おつまみとデザートを決めたところで、あまり人の通らなさそうな文房具コーナーまで行くと、美姫はコートのポケットからスマホを取り出した。

『今、クリスマスパーティーの買い出しで、一人でコンビニに来ています。独奏会は終わりましたか?秀一さんに会えなくて寂しい……今すぐにでも、会いたいです』

 そこまで入力して、指を止めた。後ろから、削除ボタンを押し続ける。

『……終わりましたか?名古屋から戻ったら、会えるのを楽しみにしています』

 修正してから送信を押し、ふぅっと息をつく。

 突然、手の中のスマホが振動し、美姫はビクッとして落としそうになった。そこには秀一の名前が表示されていた。

 う、うそっっ!!!

 慌ててスマホを持ち直し、受信ボタンを押す。

『美姫……』
「しゅう…いち…さん……」

 名前を呼び掛けられただけなのに……それだけで、嬉しくて涙が滲んだ。

『泣いているのですか?相変わらず泣き虫ですね、美姫は……』
「ご、ごめんなさいっ……」
『……いけません。私が傍で涙を拭えない時に、涙を零さないで下さい』

 込み上げる嗚咽を飲み下すと、熱くなって広がっていった。

『今、ちょうど休憩中だったのですよ。また直ぐに出なくてはいけませんが……』
「貴重な休憩時間だったのに…」

 申し訳ないな……

『えぇ、貴重な時間だからこそ……貴女の声が聞けて嬉しいのですよ。これでまた、演奏に集中することが出来ます』

 秀一の優しい声音が耳に響き、美姫は幸せに胸が震える。

「秀一さん……」

 どうしよう……声を聞いていると、どうしようもなく会いたくなる。会いたくて、会いたくて、仕方ない……

『美姫……寂しい時は…寂しい、と言っていいのてすよ?』
「秀一さん……さみ、しい……会いたい…会いたい、です……今すぐ……会い、たい……」
『ふふっ、よく出来ましたね......ところで今日は、どこでクリスマスパーティーなのですか?』

 後ろめたいことは……ないはず、だけど……とっても言いづらい……

「えっと……サークル仲間の友達の家で6人で集まってて……でも、みんなゲームで盛り上がってるし、私はゲームは苦手だし、この後帰ろうかと思ってるんです」

 帰りが遅くなると怒られることを予想して、先回りして言い訳する子供のような気分になる。

『……分かりました。では、戻ったら連絡下さいね』
「はい」

 離れていてさえも秀一は、美姫を甘い縄で拘束し、美姫はそれを悦びとして甘受する。

『……美姫?』
「は、はいっ!!」

 わわっ、私…何かやらかしちゃったかな?

『愛して、いますよ……』

 秀一の甘く艶やかな声が、まるで耳元で本当に囁かれたかのように感じて、ゾクリと美姫の背中が粟立った。躰の中心が熱くなる。

「わ、私も……」

 愛してます……

 コンビニではさすがに言えず、心の中で呟いた。

『では、また……』

 余韻を残すようにして、電話が切れた。

 はぁぁっ、ビックリした……まさか、LINEの直後に電話がかかってくるなんて……耳に残る、秀一さんの余韻……『愛して、いますよ……』。秀一さんの息がかかったかのように……まだ耳が、熱い。

 コンビニで会計を済ませ、外へ出た。外は風が強く吹きつけ、かなり寒くなっている。ダッフルコートのボタンを全て留め、美姫はフードを被った。

 買い物した物を渡したら、家へ帰ろう……

 玄関のチャイムを押すと、礼音が笑顔で迎え入れた。

「おかえりぃ、美姫ちゃん!」

 あれ?なんだかやけに静か……

 ガラス戸の向こう側からはくぐもった音ですら聞こえず、静まり返った空気と散らかった部屋のアンバランスさは、美姫の心をざわつかせた。
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