111 / 1,014
思い知らせて
1
しおりを挟む
美姫はカラオケBOXを出て、フラフラとした覚束ない足取りで歩いていた。よろけた躰がガードレールにぶつかった。前から歩いてきたカップルが美姫を凝視し、大袈裟に避けて通り過ぎて行く。
頭が……重い。
さっきからガンガンと耳鳴りがするような激しさを頭の中に感じていた。
大和にだけは…知られたくなかった……
そんな思いが浮かび上がる。
でも……なぜ?
大和を好きになろうとして……それでも、秀一さんへの想いを絶ち切ることが出来ず、大和と別れたはず、なのに……
『美姫……あの人と付き合ってるのか?』
そう聞かれた時……私は、それが、秀一さんのことではないといい、と願っていた。
『あいつ…あの人は……美姫を幸せにはできない……』
『これは……許される関係じゃ、ないんだ……』
世間やお父様やお母様より、誰よりも……大和から、その言葉を聞きたくなかった。
美姫は、右手で頭を庇うように抑えた。
秀一さんに、逢いたい。今すぐ、逢いたい。
私が好きなのは秀一さんで、秀一さんは私にとって絶対の存在で、秀一さんしか私の心の領域に入ってこられないのだと思い知らせて欲しい……
道路の端に立ち止まり、頭を抑えていた右手を軽く上げるとタクシーを止めた。
早く、秀一さんのもとへ……
タクシーに乗っている間に、秀一にもうすぐ会えるのだという気持ちが美姫をようやく落ち着かせ、頭の重みが軽減された。
タクシーから降りて、コンサートホールのロビーに足を踏み入れる。重い扉の奥からは何も聞こえて来ず、ロビーは不思議な程に静まり返っていた。時計を見るともう既に終演時間だが、まだ誰も会場から出てくる気配はなかった。
ここまで来てしまったけど、どうしよう……
会場の扉の前で美姫は立ち竦んだ。もし演奏中なら、今扉を開けると観客に迷惑がかかる。
「チケットはお持ちですか?もう開演してからだいぶたっているので、中に入ることが出来るか分からないですが……」
後ろを振り向くと、警備の制服を着ている。だが、いつもの顔見知りの男ではなかった。警備員もまさかこんな時間に客が入ってくるとは思っていなかったようで、困惑しているのが見て取れた。
チケット……今日ここに来る予定じゃなかったから、持ってない……
美姫は警備員に言われて、自分がチケットすら持っていなかったことに初めて気がついた。いつもなら顔見知りの警備員が顔パスで通してくれるが、ここで新入りの男に来栖秀一の姪だと説明して中に入れるまでには相当時間がかかる。
「あ、あの…」
言うべき言葉を探しあぐねていた美姫に、遠くから声が掛かった。
「あれっ、来栖さんの姪子さんじゃないですか!」
昨日コンサートホールで秀一に話しかけていたスタッフが、手を振りながら美姫の方へと近付いてきた。知り合いに声を掛けてもらえたことで緊張が緩み、美姫はホッと息を吐いた。
「こんにちは……」
軽くお辞儀をして挨拶する。
「これからアンコールで、ザッカリーと来栖さんの連弾が始まるところですよ。さぁ、急いで、急いで!」
スタッフが軽く美姫の背中を押して、扉へと誘導しようとする。
「あ、でも私…チケットを持っていなくて……」
焦る美姫に、スタッフの男はハハハ……と、明るく笑った。
「来栖さんの可愛い姪子さんが会場までいらしたのに、これで中に入れなかったから俺が来栖さんからどんな仕打ち受けるか分からないですからね」
秀一さんならやりかねないかも……
美姫は男のように明るく笑うことが出来ず、曖昧な笑みを返した。
頭が……重い。
さっきからガンガンと耳鳴りがするような激しさを頭の中に感じていた。
大和にだけは…知られたくなかった……
そんな思いが浮かび上がる。
でも……なぜ?
大和を好きになろうとして……それでも、秀一さんへの想いを絶ち切ることが出来ず、大和と別れたはず、なのに……
『美姫……あの人と付き合ってるのか?』
そう聞かれた時……私は、それが、秀一さんのことではないといい、と願っていた。
『あいつ…あの人は……美姫を幸せにはできない……』
『これは……許される関係じゃ、ないんだ……』
世間やお父様やお母様より、誰よりも……大和から、その言葉を聞きたくなかった。
美姫は、右手で頭を庇うように抑えた。
秀一さんに、逢いたい。今すぐ、逢いたい。
私が好きなのは秀一さんで、秀一さんは私にとって絶対の存在で、秀一さんしか私の心の領域に入ってこられないのだと思い知らせて欲しい……
道路の端に立ち止まり、頭を抑えていた右手を軽く上げるとタクシーを止めた。
早く、秀一さんのもとへ……
タクシーに乗っている間に、秀一にもうすぐ会えるのだという気持ちが美姫をようやく落ち着かせ、頭の重みが軽減された。
タクシーから降りて、コンサートホールのロビーに足を踏み入れる。重い扉の奥からは何も聞こえて来ず、ロビーは不思議な程に静まり返っていた。時計を見るともう既に終演時間だが、まだ誰も会場から出てくる気配はなかった。
ここまで来てしまったけど、どうしよう……
会場の扉の前で美姫は立ち竦んだ。もし演奏中なら、今扉を開けると観客に迷惑がかかる。
「チケットはお持ちですか?もう開演してからだいぶたっているので、中に入ることが出来るか分からないですが……」
後ろを振り向くと、警備の制服を着ている。だが、いつもの顔見知りの男ではなかった。警備員もまさかこんな時間に客が入ってくるとは思っていなかったようで、困惑しているのが見て取れた。
チケット……今日ここに来る予定じゃなかったから、持ってない……
美姫は警備員に言われて、自分がチケットすら持っていなかったことに初めて気がついた。いつもなら顔見知りの警備員が顔パスで通してくれるが、ここで新入りの男に来栖秀一の姪だと説明して中に入れるまでには相当時間がかかる。
「あ、あの…」
言うべき言葉を探しあぐねていた美姫に、遠くから声が掛かった。
「あれっ、来栖さんの姪子さんじゃないですか!」
昨日コンサートホールで秀一に話しかけていたスタッフが、手を振りながら美姫の方へと近付いてきた。知り合いに声を掛けてもらえたことで緊張が緩み、美姫はホッと息を吐いた。
「こんにちは……」
軽くお辞儀をして挨拶する。
「これからアンコールで、ザッカリーと来栖さんの連弾が始まるところですよ。さぁ、急いで、急いで!」
スタッフが軽く美姫の背中を押して、扉へと誘導しようとする。
「あ、でも私…チケットを持っていなくて……」
焦る美姫に、スタッフの男はハハハ……と、明るく笑った。
「来栖さんの可愛い姪子さんが会場までいらしたのに、これで中に入れなかったから俺が来栖さんからどんな仕打ち受けるか分からないですからね」
秀一さんならやりかねないかも……
美姫は男のように明るく笑うことが出来ず、曖昧な笑みを返した。
0
お気に入りに追加
345
あなたにおすすめの小説



義妹のミルク
笹椰かな
恋愛
※男性向けの内容です。女性が読むと不快になる可能性がありますのでご注意ください。
母乳フェチの男が義妹のミルクを飲むだけの話。
普段から母乳が出て、さらには性的に興奮すると母乳を噴き出す女の子がヒロインです。
本番はありません。両片想い設定です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる