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幸せの基準
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「秀一さん、これから雑誌のインタビューで、その後はリサイタルの練習があって忙しいんですから、わざわざ送ってくれなくてもよかったのに……」
車のハンドルを握る美しい指先を見つめながら、美姫は秀一に呟いた。そう言いながらも嬉しさを隠しきれず、声が弾んでしまう。
「私がそうしたかったのですよ。それとも美姫は、一人で行きたかったのですか?」
秀一は右手をそっと膝の上のミニバッグに置かれた美姫の手に重ねると、フフっと意地悪く微笑んだ。
秀一さん……知ってるくせに……
それでも、否定せずにはいられない。
「そんなこと……あるわけないじゃないですか……私は……秀一さんと少しでも長く一緒にいられて嬉しいんです、から……」
重なっていた手が離れ、頬を優しく撫でると、再びギアを握った。
「私も……美姫といられる時間が一番幸せですよ」
その愛しさの籠もる声音に、左側の運転席に座る秀一の顔を美姫はそっと見上げた。
赤信号を前に緩やかにスピードが落ちて車が停止すると、ほんの僅かに身体が浮き上がる。秀一のライトグレーの瞳が美姫の視線とぶつかり、その美しく艶のある光を帯びた輝きに胸が熱くなる。呼吸さえ忘れ、その瞳に吸い込まれるように魅入られた。
秀一はフッと優しく微笑むと前に向き直り、アクセルを軽く踏み込んだ。それだけで伝わる秀一の愛情に幸せが込み上げてきて、美姫は泣きたくなるような気持ちになった。
美姫は秀一にお願いして、待ち合わせ場所であるレストランのある車の多い大通りから一本入った裏通りに車を停めてもらった。先程の大通りの喧騒が嘘のように、裏通りは閑静な雰囲気で車の通りもほとんどなかった。
「ここで、いいのですか?」
「はい。ここからなら歩いてすぐですから、大丈夫です」
シートベルトの外れるカチッという音とともにスルスルと躰が解放されたのを感じて、膝に置いていたミニバッグを掴み、扉に手を掛けた。
「美姫、忘れ物ですよ」
え…?
驚いて秀一の方に振り向くと、 柔らかい唇が美姫の頬に触れた。
「っ…!!!しゅっ、秀一さんっ!ここ、公共の場所ですよっ。誰かに見られたら、どうするんですかっ!!」
秀一の触れた唇の熱が美姫の頬から全身へと広がっていく。熱くなりながら慌てる美姫に、秀一がゆったりと笑みを向けた。
「この道は人が通ることは滅多にないので、大丈夫ですよ。それより、もう時間じゃないですか?」
言われて腕時計を見ると、もう待ち合わせの10時を回っていた。
「あっ、いけない!では秀一さん、行ってきます」
「ええ、気をつけて行ってきて下さいね」
その言葉に後ろめたさを感じつつ、美しい笑顔に見送られて後ろ髪を引かれる思いで再び扉に手を掛け、サイドミラーに視線を向けた。
「ぁ…」
やま、と……
サイドミラー越しに美姫と大和の視線が交わった。
もしかして、さっきのキス……見られてた?
車のハンドルを握る美しい指先を見つめながら、美姫は秀一に呟いた。そう言いながらも嬉しさを隠しきれず、声が弾んでしまう。
「私がそうしたかったのですよ。それとも美姫は、一人で行きたかったのですか?」
秀一は右手をそっと膝の上のミニバッグに置かれた美姫の手に重ねると、フフっと意地悪く微笑んだ。
秀一さん……知ってるくせに……
それでも、否定せずにはいられない。
「そんなこと……あるわけないじゃないですか……私は……秀一さんと少しでも長く一緒にいられて嬉しいんです、から……」
重なっていた手が離れ、頬を優しく撫でると、再びギアを握った。
「私も……美姫といられる時間が一番幸せですよ」
その愛しさの籠もる声音に、左側の運転席に座る秀一の顔を美姫はそっと見上げた。
赤信号を前に緩やかにスピードが落ちて車が停止すると、ほんの僅かに身体が浮き上がる。秀一のライトグレーの瞳が美姫の視線とぶつかり、その美しく艶のある光を帯びた輝きに胸が熱くなる。呼吸さえ忘れ、その瞳に吸い込まれるように魅入られた。
秀一はフッと優しく微笑むと前に向き直り、アクセルを軽く踏み込んだ。それだけで伝わる秀一の愛情に幸せが込み上げてきて、美姫は泣きたくなるような気持ちになった。
美姫は秀一にお願いして、待ち合わせ場所であるレストランのある車の多い大通りから一本入った裏通りに車を停めてもらった。先程の大通りの喧騒が嘘のように、裏通りは閑静な雰囲気で車の通りもほとんどなかった。
「ここで、いいのですか?」
「はい。ここからなら歩いてすぐですから、大丈夫です」
シートベルトの外れるカチッという音とともにスルスルと躰が解放されたのを感じて、膝に置いていたミニバッグを掴み、扉に手を掛けた。
「美姫、忘れ物ですよ」
え…?
驚いて秀一の方に振り向くと、 柔らかい唇が美姫の頬に触れた。
「っ…!!!しゅっ、秀一さんっ!ここ、公共の場所ですよっ。誰かに見られたら、どうするんですかっ!!」
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言われて腕時計を見ると、もう待ち合わせの10時を回っていた。
「あっ、いけない!では秀一さん、行ってきます」
「ええ、気をつけて行ってきて下さいね」
その言葉に後ろめたさを感じつつ、美しい笑顔に見送られて後ろ髪を引かれる思いで再び扉に手を掛け、サイドミラーに視線を向けた。
「ぁ…」
やま、と……
サイドミラー越しに美姫と大和の視線が交わった。
もしかして、さっきのキス……見られてた?
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