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空白の時間

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 コンサートが終わり、秀一がロビーまで美姫を送った。

「今日の埋め合わせは近いうちにしますので」
「もうっ、ほんとに気にしないで下さい。私ももう大人なんですから、秀一さんの事情だって分かってるつもりですよ」

 すると、客足の引いたロビーの柱の影に秀一が美姫を引き込んだ。

「んっ...」

 激しく舌を絡めとられ、熱い口づけが与えられる。

 誰かに、見られるかもしれないのに……

 一瞬そんな思いが掠めるが、すぐに秀一の熱い舌の動きに翻弄されて、美姫は何も考えられなくなってしまった。秀一の舌の動きを追いかけ、お互い貪るように口づけを交わす。

「ん、んんっ……ハァッ…んふっ!!!」

 脚がガクガクと震え、立っていられなくなった美姫の腰を、秀一が支える。透明な糸を引き合いながら唇が離れていく。

「ハァッ…ハァッ…ハァッ…」
「ハァッ…こうして貴女の熱を感じてしまうと、ますます離れがたくなります……」

 扇情的なライトグレーの瞳で見つめられ、美姫は切なく甘い吐息を溢した。

「ハァッ…ハァッ…秀一、さん……」

 私も…離れたく、ない……

 お互いに激しい口づけに呼吸を乱し、視線を絡み合わせる。

 忙しない靴音が近づいて来るのが聞こえ、美姫は咄嗟に秀一から躰を離した。

「来栖さーん!これから打ち合わせに入りたいのですが、いいですかぁー?」

 スタッフの呼びかける声が遠くから響いた。

「美姫。これは家のカードキーと暗証番号のメモ、それからタクシー代です」
「タクシー代なら私、自分で払えますし大丈夫です」
「これぐらいはさせて下さい。恐らく今夜は遅くなりますし、帰ってからも明日の演奏に向けての練習をしなくてはならないので先に寝ていて下さいね。
 明日、美姫は予定はありますか?」

 そう言われ、美姫は躰をピクッと震わせた。

「は、はい…明日は高校の時の友達と会う予定が……」

 秀一は一瞬眉を顰めたように見えたが、すぐにいつも通りの顔に戻った。

「そうですか……予定がなければ、明日の昼のコンサートに招待したかったのですが、仕方ありませんね。」

 秀一さんに深く問い詰められなくてよかった……

 美姫は未だ緊張で躰を強張らせたまま、心の奥で安堵の息を吐いた。

 スタッフの男が秀一の元へと歩み寄りながら声を掛けた。

「来栖さん、行きますか」

 秀一はその言葉を受けて頷くと、美姫の方に向き直る。

「気をつけて帰って下さいね」

 心配そうな秀一に美姫は微笑んだ。

「子供じゃないんだから、大丈夫ですよ」

 秀一が後ろを向いて歩き出したスタッフの男の背中を見送ると、美姫にそっと耳打ちした。

「子供じゃないから、心配しているのですよ。その美しい肌は誰にも見せないで下さい…」

 そして、唇を離すとニコリと笑った。

「では…家に着いたら連絡下さい。私は打ち合わせですぐに返信できないかもしれませんが」
「………はい」

 美姫は、秀一の囁きが零れてしまわないように頬から耳にかけて手を塞ぐと顔を真っ赤にしてロビーを後にした。
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