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思い知らせて
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「美姫に案内したい場所があるのですよ」
秀一はそう言うと出口へとは向かわず、廊下の突き当たり、右手にある非常扉を開け階段を降りた。
「どこへ行くのですか?」
薄暗い階段を降りながら少し心許ない気分になり、美姫は秀一に尋ねた。
「ふふっ、それは着いてからのお楽しみですよ」
秀一は愉しそうに微笑むだけだった。
階段を降りきるとまた扉を開け、更に長い廊下を歩く。道の両端には所狭しと段ボール箱が積み重なっており、舞台衣装や道具などが入っているようだった。その隙間を縫いながら、秀一は迷いなく進んで行った。
「秀一さん、このコンサートホールのこと、よくご存知なんですね……」
すると秀一が立ち止まり、美姫の顔をじっと見つめた。
「そうですか。美姫は知らないのですね……このコンサートホールは、私が所有しているのですよ」
「え、えぇっ!!そうなんですか!知りませんでした……」
美姫は来栖財閥のもつ所有財産について何も聞かされていないし、興味がないので聞いたこともなかった。秀一がピアノのリサイタルでよくこのコンサートホールを利用するのは知っていたが、まさかそれが秀一の個人財産だったとは夢にも思っていなかった。
「元々は来栖財閥会長であった貴女のお祖父様が、ピアニストであった私の母の為に建てたそうなのですが……私があの人から唯一譲り受けた遺産です」
「そう、だったんですね……」
美姫は、秀一が『父』と呼ばず、『貴女のお祖父様』『あの人』と呼んでいることに、秀一と祖父との間に大きな隔たりを感じて寂しくなった。
美姫が生まれる前に祖父は他界した為、彼のことはよく知らない。秀一が祖父の愛人の子供であり、彼女が亡くなったのを機に幼かった秀一が来栖家に引き取られたということは父から聞いていたが、秀一は今まで美姫に過去の話をしたことはなかった。
「まぁ、それも……あの人が亡くなってから知ったことですけどね。あの人は……少なくとも母には、何らかの愛情を持っていたようです……」
秀一の背中に哀愁を感じて美姫がそっと手を触れると、彼の躰が僅かに震えた。
美姫は躊躇しつつもおずおずと手を伸ばし、その背中をそっと抱き締めた。秀一が、前に回った美姫の手を握る。優しく握られているはずなのに、強く求められている気がして、美姫は安心させるように握り返した。
秀一が、ポツリと呟く。
「あの人と私を繋いでいたものは、血でも、ましてや情でもなく……ピアノ、だけでした……」
秀一はそう言うと出口へとは向かわず、廊下の突き当たり、右手にある非常扉を開け階段を降りた。
「どこへ行くのですか?」
薄暗い階段を降りながら少し心許ない気分になり、美姫は秀一に尋ねた。
「ふふっ、それは着いてからのお楽しみですよ」
秀一は愉しそうに微笑むだけだった。
階段を降りきるとまた扉を開け、更に長い廊下を歩く。道の両端には所狭しと段ボール箱が積み重なっており、舞台衣装や道具などが入っているようだった。その隙間を縫いながら、秀一は迷いなく進んで行った。
「秀一さん、このコンサートホールのこと、よくご存知なんですね……」
すると秀一が立ち止まり、美姫の顔をじっと見つめた。
「そうですか。美姫は知らないのですね……このコンサートホールは、私が所有しているのですよ」
「え、えぇっ!!そうなんですか!知りませんでした……」
美姫は来栖財閥のもつ所有財産について何も聞かされていないし、興味がないので聞いたこともなかった。秀一がピアノのリサイタルでよくこのコンサートホールを利用するのは知っていたが、まさかそれが秀一の個人財産だったとは夢にも思っていなかった。
「元々は来栖財閥会長であった貴女のお祖父様が、ピアニストであった私の母の為に建てたそうなのですが……私があの人から唯一譲り受けた遺産です」
「そう、だったんですね……」
美姫は、秀一が『父』と呼ばず、『貴女のお祖父様』『あの人』と呼んでいることに、秀一と祖父との間に大きな隔たりを感じて寂しくなった。
美姫が生まれる前に祖父は他界した為、彼のことはよく知らない。秀一が祖父の愛人の子供であり、彼女が亡くなったのを機に幼かった秀一が来栖家に引き取られたということは父から聞いていたが、秀一は今まで美姫に過去の話をしたことはなかった。
「まぁ、それも……あの人が亡くなってから知ったことですけどね。あの人は……少なくとも母には、何らかの愛情を持っていたようです……」
秀一の背中に哀愁を感じて美姫がそっと手を触れると、彼の躰が僅かに震えた。
美姫は躊躇しつつもおずおずと手を伸ばし、その背中をそっと抱き締めた。秀一が、前に回った美姫の手を握る。優しく握られているはずなのに、強く求められている気がして、美姫は安心させるように握り返した。
秀一が、ポツリと呟く。
「あの人と私を繋いでいたものは、血でも、ましてや情でもなく……ピアノ、だけでした……」
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