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初めてを捧げた人 ー美姫過去編ー
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大きなスクリーンを囲むようなスタジアム式の座席に、大和、私、薫子、悠の順に座る。
「薫子、ここに手を置いて」
悠が薫子の手を座席の間の肘掛けへと導き、しっかりと手を握る。薫子もそんな悠に恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに手を握り返した。
そんな二人を横目に見ながら、こっそりと溜息を吐いた。
大和は、そんなこと気にもかけていないようだ。
「しまった! ポップコーン買ってくるの忘れた……美姫、ちょっと付いてきて!」
「えっ、なんで?」
問い返す暇もなく腕をぐいっと引かれ立ち上がらせるので、仕方なく付き合うことになった。
「あの二人、参るよな。どこにいても、二人の世界作っちまうんだから」
「そう、だね......」
俯き、大和に買ってもらったポップコーンを視界の中に入れながらも心ここにあらず、といった感じで歩きながら答えていた。
「……美姫」
「ん?」
「俺達も......付き合おうか」
え……
その一言で、急に現実の世界へと引き戻された。
ポップコーンの赤と白のポップな模様の紙箱が目に飛び込む。顔を上げると、振り返った大和のダークブラウンの瞳が映り込んだ。
「な、なに言ってるのっ。もうっ、からかうなら別の人にしてよっ!」
歪んだ笑顔を大和に向ける。これは冗談なんだってことを、大和に言って欲しかった。
「……」
沈黙する大和の真剣な雰囲気を感じ、慌てて映画の上映されるスクリーン1の扉へと向かった。
「ほ、ほら、早く行かないともうすぐ映画始まっちゃうよ?」
扉の中に入った途端、大和にグッと腕を引かれた。
「大和!?」
扉の横の壁際へ、追い詰められた。スクリーンからは既にコマーシャルが流れていて、私たちに気がつく人は誰もいない。
スクリーンに背を向けるようにして立つ背の高い大和が、影となって私の前に立ちはだかる。その表情は、見えない。大和の陰に入っていない私の顔の一部が、スクリーンからの光でチカチカと光ったり、翳ったりを繰り返す。
大和の長い腕が顔の近くに伸ばされ、壁に手がついた。近づいた大和の瞳にはいつもの快活さと明るさはなく、真剣味を帯びて熱を伴っている。
怖い……大和がまるで......別の人、みたい。
館内に響き渡るコマーシャルの音響よりもずっと小さい筈の大和の低い声が、私の耳奥にまで響く。
「冗談、なんかじゃないよ......ずっと、美姫が好きだった」
そ、んな……
言葉にならない声が、心の奥底へと沈み込んでいく。ポップコーンを掴んでいた手が緩み、床に零れ落ちて転がった。
「返事は急がないから......ゆっくり、考えて欲しい。でも俺は、真剣だから」
「わ、かった......」
その後、何事もなかったかのように席に戻り、既に始まってしまった映画を観始めたけれど......
胸の鼓動が煩くて、頭の中がグチャグチャで、あんなに楽しみにしていた映画の内容は、少しも頭に入って来なかった。
先程の大和の言葉が、私の頭の中で何度も繰り返し響き渡る。
『冗談、なんかじゃないよ......ずっと、美姫のことが好きだった』
ちょ、ちょっと待って……そんな、こと......急に、言われても……困るよ。大和は幼稚舎からの幼馴染で、大切な友達で、理解者で......
それは、大和もそうなんだって、思ってた。
ーーいつから大和は、私を友達としての目で見なくなっていたのだろう。
今日だって、普通に友達として会話をしながらも......私のことを意識していたの?
私は......ずっと大和と薫子と悠と4人で、中等部の時みたいな友達関係でいたかった。恋愛なんて考えずに、笑ったり、からかい合ったりして、楽しい時間を過ごしたかった。
なんでみんな、友達でいられないの?
楽しくみんなで過ごすことは出来ないの?
あの楽しかった日々は……偽りだったの?
隣に座る大和を、薫子を、悠を......遠くに感じた。
なんの印象も残さないまま、映画はいつのまにか終わっていた。
映画館を出ると、大和の顔を見ることなく薫子と悠に告げた。
「ごめん。ちょっと気分が悪くなったから、先に帰るね......」
「えっ、そうなの!? 美姫、大丈夫?」
薫子が、心配そうな顔で見つめる。
「うん、大丈夫......だから、みんなは楽しんで」
買い物だってしたかったし、美味しいものも食べたかったし、デッキスペースからの風景も楽しみたかったし、お台場神社で恋愛成就のお祈りだってしたかった。
だけど、もうそれらのことは今の私にはどうでもよくなっていた。今すぐにでもこの場を立ち去りたくて、みんなの返事を聞くこともなく後ろを向いて出口に向かって足早に歩き出した。
背後から大和の声が聞こえる。
「俺、美姫送っていくから、後は二人で適当に過ごしといて」
走って追い掛けてくる大和。
一人になりたいのに……
でも、大和は何も言わなかった。ただ、家に着くまで何も言わずに側にいてくれた。おそらく、私が一人でちゃんと帰れるか純粋に心配してついてきてくれたのだろう。
けれど、こんな時まで優しい大和に声を掛けることが出来なかった。
行きの明るさとは対照的な、暗く重い沈黙を抱いたまま家路へと向かった。
家の門の前に立ち、「じゃぁ......」それだけ言った。
「......あぁ、また明日な」
大和は一瞬何か言いたげな顔をしたけれど、手を軽く挙げ、去って行った。
「薫子、ここに手を置いて」
悠が薫子の手を座席の間の肘掛けへと導き、しっかりと手を握る。薫子もそんな悠に恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに手を握り返した。
そんな二人を横目に見ながら、こっそりと溜息を吐いた。
大和は、そんなこと気にもかけていないようだ。
「しまった! ポップコーン買ってくるの忘れた……美姫、ちょっと付いてきて!」
「えっ、なんで?」
問い返す暇もなく腕をぐいっと引かれ立ち上がらせるので、仕方なく付き合うことになった。
「あの二人、参るよな。どこにいても、二人の世界作っちまうんだから」
「そう、だね......」
俯き、大和に買ってもらったポップコーンを視界の中に入れながらも心ここにあらず、といった感じで歩きながら答えていた。
「……美姫」
「ん?」
「俺達も......付き合おうか」
え……
その一言で、急に現実の世界へと引き戻された。
ポップコーンの赤と白のポップな模様の紙箱が目に飛び込む。顔を上げると、振り返った大和のダークブラウンの瞳が映り込んだ。
「な、なに言ってるのっ。もうっ、からかうなら別の人にしてよっ!」
歪んだ笑顔を大和に向ける。これは冗談なんだってことを、大和に言って欲しかった。
「……」
沈黙する大和の真剣な雰囲気を感じ、慌てて映画の上映されるスクリーン1の扉へと向かった。
「ほ、ほら、早く行かないともうすぐ映画始まっちゃうよ?」
扉の中に入った途端、大和にグッと腕を引かれた。
「大和!?」
扉の横の壁際へ、追い詰められた。スクリーンからは既にコマーシャルが流れていて、私たちに気がつく人は誰もいない。
スクリーンに背を向けるようにして立つ背の高い大和が、影となって私の前に立ちはだかる。その表情は、見えない。大和の陰に入っていない私の顔の一部が、スクリーンからの光でチカチカと光ったり、翳ったりを繰り返す。
大和の長い腕が顔の近くに伸ばされ、壁に手がついた。近づいた大和の瞳にはいつもの快活さと明るさはなく、真剣味を帯びて熱を伴っている。
怖い……大和がまるで......別の人、みたい。
館内に響き渡るコマーシャルの音響よりもずっと小さい筈の大和の低い声が、私の耳奥にまで響く。
「冗談、なんかじゃないよ......ずっと、美姫が好きだった」
そ、んな……
言葉にならない声が、心の奥底へと沈み込んでいく。ポップコーンを掴んでいた手が緩み、床に零れ落ちて転がった。
「返事は急がないから......ゆっくり、考えて欲しい。でも俺は、真剣だから」
「わ、かった......」
その後、何事もなかったかのように席に戻り、既に始まってしまった映画を観始めたけれど......
胸の鼓動が煩くて、頭の中がグチャグチャで、あんなに楽しみにしていた映画の内容は、少しも頭に入って来なかった。
先程の大和の言葉が、私の頭の中で何度も繰り返し響き渡る。
『冗談、なんかじゃないよ......ずっと、美姫のことが好きだった』
ちょ、ちょっと待って……そんな、こと......急に、言われても……困るよ。大和は幼稚舎からの幼馴染で、大切な友達で、理解者で......
それは、大和もそうなんだって、思ってた。
ーーいつから大和は、私を友達としての目で見なくなっていたのだろう。
今日だって、普通に友達として会話をしながらも......私のことを意識していたの?
私は......ずっと大和と薫子と悠と4人で、中等部の時みたいな友達関係でいたかった。恋愛なんて考えずに、笑ったり、からかい合ったりして、楽しい時間を過ごしたかった。
なんでみんな、友達でいられないの?
楽しくみんなで過ごすことは出来ないの?
あの楽しかった日々は……偽りだったの?
隣に座る大和を、薫子を、悠を......遠くに感じた。
なんの印象も残さないまま、映画はいつのまにか終わっていた。
映画館を出ると、大和の顔を見ることなく薫子と悠に告げた。
「ごめん。ちょっと気分が悪くなったから、先に帰るね......」
「えっ、そうなの!? 美姫、大丈夫?」
薫子が、心配そうな顔で見つめる。
「うん、大丈夫......だから、みんなは楽しんで」
買い物だってしたかったし、美味しいものも食べたかったし、デッキスペースからの風景も楽しみたかったし、お台場神社で恋愛成就のお祈りだってしたかった。
だけど、もうそれらのことは今の私にはどうでもよくなっていた。今すぐにでもこの場を立ち去りたくて、みんなの返事を聞くこともなく後ろを向いて出口に向かって足早に歩き出した。
背後から大和の声が聞こえる。
「俺、美姫送っていくから、後は二人で適当に過ごしといて」
走って追い掛けてくる大和。
一人になりたいのに……
でも、大和は何も言わなかった。ただ、家に着くまで何も言わずに側にいてくれた。おそらく、私が一人でちゃんと帰れるか純粋に心配してついてきてくれたのだろう。
けれど、こんな時まで優しい大和に声を掛けることが出来なかった。
行きの明るさとは対照的な、暗く重い沈黙を抱いたまま家路へと向かった。
家の門の前に立ち、「じゃぁ......」それだけ言った。
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