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After Story2 ー夢のようなプロポーズー

祝福の旋律−8

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 「愛の夢」含めて3曲の演奏を終えると、ザックが美姫ににっこりと視線を向けた。

『じゃ、これからは僕たちが演奏するから、シューイチとミキがファーストダンスを踊って?』

 ファーストダンスとは、結婚式で夫婦となる二人がダンスを披露するイベントで、欧米の結婚式において非常に重要なセレモニーの一つだ。

 秀一がピアノ椅子から立ち上がり、美姫に歩み寄ると手を差し伸べた。

 いつのまにかダンスをする為に皆が周りに立っていて、美姫と秀一はフロアの中央へと進んだ。

 秀一が恭しく頭を下げ、手の甲に唇を寄せる。

「Darf ich bitten?(私と踊って頂けますか?)」
「Ja, ich wurde gerne(はい、喜んで)」
 
 ザックは美姫の返事を聞き、指揮棒を振り上げた。

 ヨハン・シュトラウス作曲「美しき青きドナウ」の旋律が、この空間をより華やかに彩っていく。

 眼鏡越しに秀一のライトグレーの瞳が優しく細められ、美姫は彼の瞳を見つめながらドレスを揺らし、軽やかに舞う。

「今宵の貴女は、いつにも増して輝くばかりの美しさですよ……」

 美姫の耳元に秀一の唇が寄せられ、囁かれる。美姫は熱く瞳を潤ませて、照れたような笑みを浮かべた。

 何年月日が経っても、秀一の美姫に向けられる愛情の熱が冷めたと感じることはなかった。それと同時に、自分の秀一への愛情もまた、あの頃と変わらず……いや、より深く、強く、確かなものになっている。

 そんな相手に巡り逢えることは、奇跡といってもいいだろう。

 生まれた時にはもう、美姫はその運命の相手と出逢っていたのだ。
 そして、恋に落ちるべくして落ちた。

「秀一さん、愛しています……」

 迸る想いが、言葉となって口をついて出る。

 秀一は笑みを深め、艶やかに美姫を見つめた。その熱い眼差しに、美姫は泣きたい気持ちに駆られた。

「美しき青きドナウ」が終わり、「我が人生は愛と喜び」へと曲が変わる。

 加代子はシモンを誘う際、薫子と悠に声を掛けた。

「Alles Walzer!(みんなワルツを!)
 さぁ、ダンスタイムの始まりよ」

 悠が、薫子に手を差し出した。

「踊って頂けますか」 

 薫子はチラッと子供達の様子を窺った。ふたりは会場に用意されたビュッフェのデザートを夢中で食べている。

「えぇ、喜んで」

 薫子は笑顔で悠の手を取った。

『あーぁ、これでもあたし達、世界的なピアニストで忙しい中来てるってのに。
 結婚式の余興の演奏だけだなんて、つまんない』

 フルートのパートを終えたミシェルが聞こえよがしに言っているのを聞き、ザックがクスリと笑う。

『ミシェルも踊って来なよ! 今日はパーティーなんだしさ』

 ミシェルの目が、途端に輝く。

『分かったわ! シューイチを誘って踊ってくる!!』

 張り切って秀一の元へと駆け出すミシェルを見て、ザックはヴァイオリンを演奏し続けるレナードに声を掛けた。

『ミシェル、シューイチとダンスするんだって張り切って行っちゃったよ?
 レナードは行かなくていいの?』

 レナードはザックを見ることなく、ぶっきらぼうに言い放った。

『別に、いい』

 いつだって争うように秀一を取り合ってきたミシェルとレナードを見てきたザックは、目を丸くした。

 

 ふーん。そう、なんだ……



 それから、可愛い弟を見つめるようにニコリと微笑んだ。

 モルテッソーニが立ち上がった。

『よし、カミル。私たちも踊るぞ!
 おい、ザック!ピアノの演奏を頼む!』

 驚いたカミルが、モルテッソーニを見上げる。

『えっ……でも、腰は大丈夫なんですか!?』
『大丈夫だと言っておるだろう。私を年寄り扱いするな』

 モルテッソーニはカミルを立たせ、皆がダンスしている輪の中へと誘った。

『あーあ、結局僕ってこういう役回りなんだよね……』

 肩を落としたザックがピアノ椅子に座ろうとすると、レナードがザックの腕を引いた。

『代わってやるから、お前は無様なダンスでも見せつけてこい』

 相変わらず口は悪いものの、レナードの態度は以前よりも柔らかくなっていることにザックは気がついていた。

『レオ、ありがとー!ねぇねぇレオが最近変わったのって、最近よくレナードに会いに来てるあの人のお陰なのかな、やっぱり』
『っるせー! あ、アイツは……別に、関係ねぇっ!!
 余計なこと喋ると、お前の黒歴史ブチ撒けるぞ!』
『うわっ、ヒドッ!! ってか、僕の黒歴史って何!?』
『早く行けよ!』
『はいはい、行きますよー。ったく、相変わらず可愛くないなぁ……』

 最後の言葉はレナードに聞こえないようにひとりごちると、ザックは浮き足立ってダンスに加わった。

 気がつけば、デザートを夢中で頬張っていた詩織も嫌がる悠斗の手を無理やり繋ぎ、ダンスをしている。
 
 皆が楽しそうにダンスをする姿を見ながら、レナードはひとり密かに微笑んだ。それから、秀一を見つめて切なく瞳を揺らした。



 さよなら……大好きだった、人。



 苦しく、辛かった長い片思いに、ようやく終止符を打つことができた。

 今でも秀一に憧れ、尊敬する気持ちはある。それはずっとこれからも、変わることはないだろう……
 けれど、その感情は昔抱いていた胸を絞られるような痛みを伴う恋愛感情とは変わっていた。
 
 きっとこれからは、あの辛かった出来事や感情も綺麗な思い出へと浄化されていくのだろう……そんなことを思いながら、レナードは美しく切ない旋律に自分の想いをのせた。
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