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After Story2 ー夢のようなプロポーズー

祝福の旋律ー2

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『さぁ、乗って乗って!行き先は僕に任せてね♪』

 ザックに背中を押され、彼の車に乗せられる。ザックは未だに赤のゴルゴに乗っており、かなり年季が入っていた。

『嫌な予感しかしないのですが……』

 秀一の言葉も意に介さず、ザックは嬉しそうにハンドルを切った。

 いったい、どこへ行くんだろう……

 美姫は好奇心が沸き上がりながら、すぐ横に座る秀一が小さく溜息を吐くのを聞き、クスリと笑みを浮かべた。

「ここ……」

 着いたのは、ホーフブルク王宮だった。美姫がデビュタントとして社交界デビューし、秀一と舞踏会で踊った会場だ。

 ザックはスマホを出して何やら確認すると、慌てて二人に声を掛けた。

『ほら、行くよ! 急いで、急いで!!』

 早足で歩くザックに遅れまいと、急いで後に続く。秀一も、やれやれといった感じで歩き出した。

『さすがに全部の会場は貸しきれなかったから、1ホールだけだけど』

 ザックは両開きの白い扉に手を掛けると、開いた。

 わぁっ……

 そこには、ダンスホールが用意され、エドワード・エルガー作曲「愛の挨拶」の生演奏が美姫と秀一を出迎える。

 演奏者を認めた秀一の瞳が、みるみる見開かれた。
 
「モルテッソーニ……」

 二台置かれたピアノの一台に、モルテッソーニが座っている。

 ピアノを演奏しながらモルテッソーニはこちらに向けて笑顔を見せ、チェロを支えるカミルは微笑み、ミシェルはフルートを吹きながら軽くウィンクした。そして、そこにはヴァイオリンを手にしたレナードもいた。

 レナードは扉が開いた時にこちらを見上げたものの、フイと目を逸らしたまま演奏している。

 レナードも、来てくれたんだ……

 美姫がウィーンに暮らすようになってからレナードと顔を合わせたのは、片手ほどもなかった。

 あんな形で秀一を見捨て、裏切った自分をレナードが許せるはずもないだろうし、秀一と自分が一緒にいるのを見るのは辛いだろうと思い、彼とは意識的に距離をとっていた。いや、レナードの気持ちに配慮していたのではない。自分が顔を合わせるのが気まずかったからだ。
 
 成田空港の搭乗口で飛行機に乗るのをやめ、背を向けた美姫に対して悲痛に自分の名前を呼んだレナードの叫び声は、未だに美姫の鼓膜の奥に残っている。

 あの時の彼の気持ちを思うと、胸が張り裂けそうに苦しくなった。

 レナードは仕事の関係で秀一とは時々会っているようだったが、秀一の口からも彼のことについて聞くことはなかった。

 例え不本意であっても、こうしてレナードがお祝いの場に姿を現してくれたことは美姫にとって驚きであり、罪悪感を感じながらも嬉しかった。

 腰近くまである美しく煌めくプラチナブロンドの髪は、後ろ姿からは女性としか思えない。腕や脚、腰回りも細く、華奢だ。背は高くすらっとしていて、まるでモデルのような体型だった。

 レナードは後ろ姿だけではなく、正面から見ても美しかった。吸い込まれそうなアクアマリンの瞳。雪のように白い肌。すっと通った鼻筋。薄く硬く閉ざされた唇。シャープな顎のライン。

 初めて出会った時の少年の面影は消え、美しい青年へとレナードは変貌していた。

 また、その外見の美しさだけでなく、透明感のある美しい旋律と共にレナードはウィーン中だけでなく、世界中の女性を虜にしていた。いや、女性だけではなく、その美しさゆえに男性のファンも多くいた。

 ヴァイオリンを顎に挟み、睫毛を伏せたレナードからは色香が滲み出ている。以前は純潔そのものだった彼のその変化に、もしかしたらレナードには特別な想い人がいるのかもしれないと、美姫は感じた。
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