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After Story2 ー夢のようなプロポーズー
隠された想い−1
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散歩の後、そこから車で少し行ったところにある老夫婦が経営する馴染みのベーカリーカフェに寄った。
『ハンドカイザーとウィンナコーヒーをお願いします』
『はい、いつものね。
相変わらず仲良しね、二人は』
ドーリスがにっこりと笑みを浮かべ、頷いた。
焼きたてパンのように艶のある赤みがかった膨らんだ頬が可愛らしい恰幅のいい女主人、ドーリスはとても気さくな人柄だ。美姫だけでなく、秀一に対しても我が子に接するように話しかけ、母国を離れて暮らす二人を気遣ってくれる。
店の奥ではドーリスの夫で、無口だけれど働き者のゲルトがせっせとパンを焼いている。
対照的な二人でありながら、夫婦仲はとても良い。こじんまりとしているけれど、温かい雰囲気のこの店が美姫も秀一も好きだった。
『お待たせ。ゆっくりしてってね』
ハンドカイザーとウィナーコーヒーを其々の目の前に置いたドーリスを見上げ、秀一が微笑んだ。
『ありがとうございます』
ドーリスは秀一の背中を軽く叩き、大きなお尻を揺らして戻って行った。
美姫がハンドカイザーを手に取ると、まだ熱かった。
焼きたてなのかな。嬉しい……
ハンドカイザーとは、オーストリアでは日常的に食される皇帝の頭に輝く王冠を模した、独特のらせん形のパンの名称だ。
多くのベーカリーが専用のスタンプで筋をつけているのに対し、このベーカリーでは、ひとつひとつ、すべて手作業で成形している。ひだを折り畳むことでより立体的となり、見た目の美しさだけでなく、きめも細やかで食感ももっちりしていることから、この店で1番人気のパンとなっている。
ここで秀一と共に朝のひとときを過ごすのが、美姫にとって至福の時間だった。
秀一がコーヒーカップを手に取り、美姫に尋ねた。
「課題はもう、終わったのですか」
「えぇ。今日の為に、昨日やり終えました」
笑顔で答えた美姫は、ホッと息を吐いた。
秀一の助けを借りながら、少しずつウィーンの環境に慣れ、生活の基礎を築き、ウィーンでの暮らしが快適で充実したものになっていっているのを感じていた。
ウィーンに着いてから最初の3年半、美姫はドイツ語取得の為に語学学校に通った。特に、A2試験は不合格だった場合、日本へ帰されることになるので必死に勉強した。
無事にA2試験、そして去年B1試験も合格し、美姫が次に決めたのはファッションデザイン専門学校への入学だった。
『KURUSU』のチーフとデザイナーを務めている間に島根や他のスタッフからデザインや縫製の基礎は一通り教えてもらったものの、一から勉強し直したいと考えていたのだ。去年の9月から念願叶い専門学校に通い始め、三年間かけてデザインの基礎から応用を学び、課題をこなしていく。
卒業したら、オートクチュールの店を持つのが今の美姫の夢だ。
『KURUSU』のように世界中に支店を持ち、自身のブランドを拡大するのではなく、一人一人の好みにあったデザインを相談し、世界にひとつしかない衣装を小さな店で作りたいと考えていた。
『ハンドカイザーとウィンナコーヒーをお願いします』
『はい、いつものね。
相変わらず仲良しね、二人は』
ドーリスがにっこりと笑みを浮かべ、頷いた。
焼きたてパンのように艶のある赤みがかった膨らんだ頬が可愛らしい恰幅のいい女主人、ドーリスはとても気さくな人柄だ。美姫だけでなく、秀一に対しても我が子に接するように話しかけ、母国を離れて暮らす二人を気遣ってくれる。
店の奥ではドーリスの夫で、無口だけれど働き者のゲルトがせっせとパンを焼いている。
対照的な二人でありながら、夫婦仲はとても良い。こじんまりとしているけれど、温かい雰囲気のこの店が美姫も秀一も好きだった。
『お待たせ。ゆっくりしてってね』
ハンドカイザーとウィナーコーヒーを其々の目の前に置いたドーリスを見上げ、秀一が微笑んだ。
『ありがとうございます』
ドーリスは秀一の背中を軽く叩き、大きなお尻を揺らして戻って行った。
美姫がハンドカイザーを手に取ると、まだ熱かった。
焼きたてなのかな。嬉しい……
ハンドカイザーとは、オーストリアでは日常的に食される皇帝の頭に輝く王冠を模した、独特のらせん形のパンの名称だ。
多くのベーカリーが専用のスタンプで筋をつけているのに対し、このベーカリーでは、ひとつひとつ、すべて手作業で成形している。ひだを折り畳むことでより立体的となり、見た目の美しさだけでなく、きめも細やかで食感ももっちりしていることから、この店で1番人気のパンとなっている。
ここで秀一と共に朝のひとときを過ごすのが、美姫にとって至福の時間だった。
秀一がコーヒーカップを手に取り、美姫に尋ねた。
「課題はもう、終わったのですか」
「えぇ。今日の為に、昨日やり終えました」
笑顔で答えた美姫は、ホッと息を吐いた。
秀一の助けを借りながら、少しずつウィーンの環境に慣れ、生活の基礎を築き、ウィーンでの暮らしが快適で充実したものになっていっているのを感じていた。
ウィーンに着いてから最初の3年半、美姫はドイツ語取得の為に語学学校に通った。特に、A2試験は不合格だった場合、日本へ帰されることになるので必死に勉強した。
無事にA2試験、そして去年B1試験も合格し、美姫が次に決めたのはファッションデザイン専門学校への入学だった。
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卒業したら、オートクチュールの店を持つのが今の美姫の夢だ。
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