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悪女

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 ーー美姫と秀一の記者会見会場。

 秀一が、美姫の手を取る。

「私たちは、確かに許されない関係です。そのせいで、多くの人を傷つけ、迷惑を掛けました。
 けれど、私たち自身も傷つき、苦しみ続けてきたのです。

 もう、自分の想いに嘘はつきたくない。非難するというのなら、どうぞ非難して下さい。

 私は、ひとりの女性として美姫を愛しているだけです。それが私のピアニストとして、また作曲家としての意欲に繋がっていくのです」

 秀一は立ち上がると、美姫を立たせた。

「行きますよ、美姫」
「ぇ……」
 
 記者たちがそれを見て、慌てて立ち上がる。

「ちょっと待って下さい!!」
「私たちの質問に答えてください! これじゃ、納得できませんよ!!」

「スキャンダルが事実であるなら、カメラマンだった遠沢の自殺はどう説明するつもりでですか!?
 おふたりは、この件に何か関係があるのではないですか?」

 鋭い記者の質問に、内心美姫はビクビクした。

 次々に浴びせられる言葉を制するように、秀一が鋭く記者達を見つめた。

「私たちがどれだけ質問に答えようと、遠沢さんとの関係を否定しようと、あなた方は好き勝手に記事を書かれるのでしょう?
 どうぞお好きに書いて下さい」

 秀一が美姫の手をギュッと握る。

「けれど、何を書かれたところで私達の関係は崩れません。
 私は、どんな非難を浴びようともピアニストとしての地位を確立してみせます。そして、美姫も手放しません。
 失礼します」

 美姫は、記者たちにお辞儀をした。

「本日はお集まり下さいましてありがとうございました。
 失礼、します……」

 それから二人で手を繋ぎ、会場を後にした。

 会場出口に横付けされているハイヤーに乗り込み、美姫は大きく息を吐き出した。

「秀一さん……あんなこと、言って……大丈夫ですか。
 私たち、非難されるべき立場なのに……」

 秀一は美姫の肩を抱き、額に口づけた。

「そう、私たちは非難されるべき立場です。そして、私たちが非難されればされるほど、羽鳥大和と姉様に同情が集まり、それにより来栖財閥が救われる。
 そう提案したのは、美姫でしょう?」
「えぇ、そうです……けど……」

 そうは言っても、記者会見の質疑応答を無視して帰るなんて無礼、許されないよ……
 
 美姫はスマホを取り出し、TVをつけた。

 ワイドショーでは、大和と凛子のいる記者会見会場が映り、記者からの質疑に答えているところだった。画面の左下には『妻は悪女だった! 失意の来栖財閥社長、離婚会見!』とあった。

 胸が絞られる痛みを感じながら美姫が画面を見つめていると、秀一の声が落とされた。

「これで、よかったんですか?」

 秀一が美姫の手に自らの手を重ね、苦しげに眉を寄せて覗き込んだ。

 美姫は掌を返し、秀一の手を握り締めた。

「はい。これで、少しでも財閥が救われるなら……」

 今朝、美姫は離婚届を提出した後、秀一と共に大和と凛子と会い、記者会見の段取りをした。

 大和は美姫だけが悪者になることに反対したが、凛子は違った。

「私たちには、来栖財閥の元で働く従業員たちとその家族の生活を守る義務があります。この記者会見によって世間が大和くんに心情を寄せ、来栖財閥の危機が救われるのであれば、完璧にやり遂げなければいけません」

 それから、秀一を静かな怒りをもって凝視した。

「私は一生あなたを恨み、憎しみ続けます。誰よりも愛しかった私たちの娘を奪い、『優しい夫を裏切り、禁忌の愛に走った悪妻』に仕立て上げた」
「ま、待ってください!
 これは、私の提案なんです。秀一さんは関係ありません!!」

 慌てて口を挟んだ美姫に、凛子は苦しそうに彼女を見つめてから目を逸らした。

「こうなる結果を齎したのは、間違いなく秀一さんですよ。
 何も知らない美姫をたらし込み、禁忌の関係に引き摺り込んだのですから」

 凛子の言葉に、秀一は真っ直ぐに彼女を見つめた。

「えぇ、姉様の仰る通りです。
 本当に、申し訳ありませんでした」

 深くお辞儀をして顔を上げた秀一に、凛子はパシッと乾いた音を立てて頬を叩いた。

「二度と……私の前に、その顔を見せないで下さい」

 怒りで全身を震わせ、潤んだ瞳で睨みつけた。美姫は、一度も手をあげたことのない凛子が秀一を叩くのを見て呆然とした。

 秀一は、ひりひりした頬を手でさすった。 

「二度と、お会いすることはないでしょう。
 さようなら、姉様」

 ワイドショーでは、大和の『悪女』発言が取り上げられ、不倫した挙句、叔父との禁忌愛に走った美姫に非難が集中していた。そして、大和を擁護する声はそれに反比例して上がっていた。

 美姫が立ち上げた『KURUSU』は打撃を受けるかもしれないが、既にチーフを下り、島根をチーフにし、市川をデザイナーに迎えて既に新たなファッション展開をスタートさせている。うまくやってくれることを、祈るしかない。

 流れ出る血を、全て止めることは出来ない。
 それでも、傷口を最小限に抑えるだけの努力はした。

 もう後悔しないと決めたのだから。



 ーーたとえ『悪女』と罵られても、私は秀一さんと共に生きる道を選んだんだ。


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