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理性と本能の鬩(せめ)ぎ合い
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ついに迎えたツアー初日。
舞台は北海道初の多面舞台を備える、2300席を収容する札幌文化芸術劇場だ。プロセムニアム型(舞台と観客が境界ではっきり区分されている)3層のバルコニー形式となっており、客席は1階から4階まである。
「めちゃめちゃ綺麗なコンサートホールだな、ここ。広いし、客席もすげぇ多いな……」
大和は舞台をきょろきょろと物珍しそうに見て回り、圧倒されていた。ツアー初日ということで、今日は大和も特別協賛会社の社長として挨拶する為に美姫と共に札幌に来ていた。
今は、抽選に当たった10名と共にバックステージツアーに参加しているところだ。当選者達は、バックステージツアーに参加して来栖秀一に会えるだけでなく、来栖財閥社長夫妻にも会えて興奮で沸き立っていた。残りの10名は、ツアー最終日、東京のメモリアルホールでのバックステージツアーに参加する予定だ。
「確か一昨年、2018年の10月にオープンしたって、聞いたよ」
美姫が大和に返す。このツアーが終わる時には離婚するとは思えないほど、穏やかな会話だ。あれ程ずっと別れることを頑なに拒否していた大和と、こうしてまた友人のような関係になれたことに、美姫は不思議な気持ちを抱いていた。
バックステージツアーは、アートソムリエが案内した。ソムリエがレストラン等で料理や客の要望に応えるのに対して作られた造語で、市民や来街者の要望に応じ、札幌の芸術文化に関する様々な情報を提供する役目を担う。
1番上の客席4階後方から舞台を眺めた後、1階前方へ行き、その違いを視覚で感じた後、今度は音を流し、聴覚でも感じてもらう。このコンサートホールを設計する段階で模型を使った音響実験を行い、全ての客席に最上の音が届けられるような工夫がほどこされている。
その後、舞台の奈落を体験したり、今回のコンサートでは使用しないオーケストラ・ピットに入れてもらった。美姫以外の人間でオーケストラ・ピットに入ったことのある者はおらず、中には大和のように初めてクラシックコンサートに来たというツアー参加者も少なからずいた。
それが終わると、いよいよ秀一の楽屋へと案内される。リハーサルの前のほんの僅かな時間ではあるが、それでもファンにとっては直接本人に会える貴重な時間だ。
楽屋は全部で13室あるが、オプションとして別に6室使用可能だ。その最も広い楽屋が秀一にあてがわれている。
アートソムリエが軽くノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえた。それだけでファン達が黄色い声を上げ、あまりのけたたましさに大和が思わず耳を塞いだほどだった。
扉を開けて秀一の姿が見えた途端、もう既に感激して泣いている者もちらほらいた。
どんだけ、すげぇんだよ……
大和は秀一のあまりの人気ぶりに、戸惑いを隠せなかった。
大和の隣に立つ美姫を見遣った秀一の表情が、一瞬柔らかくなる。そんな秀一に、美姫は平静を装いながらも口元を緩ませた。
ファン達が舞い上がって興奮し、喧騒で楽屋の空気が埋め尽くされる中、大和は切なく瞳を揺らした。
秀一はバックステージツアーに参加したひとりひとりに声を掛け、握手を交わした。中には興奮が絶頂に達し、失神してしまう者までいた。皆それぞれプレゼントを用意しており、それを受け取った秀一とのツーショット写真を撮るはからいまで設けられた。
皆、僅かな秀一との時間を楽しんだ。
「申し訳ないのですが、そろそろリハーサルに向かわないと行けませんので。
リハーサルも客席から見ることが出来ますので、今日はゆっくり楽しんでいらして下さいね」
艶麗な笑みを浮かべた秀一に、皆がうっとりして頷く。
秀一はそれから大和に進みより、手を差し出した。
「本日はお忙しい中足を御運び下さり、ありがとうございます。今日の日を迎えられたのも、来栖財閥社長のお陰と、心より感謝しております」
思いがけぬ秀一の言葉に大和は唖然とし、一瞬言葉を失ったものの、すぐに気を取り直した。
固い握手を交わす。
「こちら、こそ。本日は、お招き下さり、ありがとうございます。
コンサート、楽しみにしています」
秀一は握手を解いて大和に微笑むと、続いて隣の美姫に視線を移した。
「では、また後ほど」
握手を交わすことなく、サラッと挨拶した。
「えぇ、よろしくお願いします」
美姫もまた、淡白に返した。
舞台は北海道初の多面舞台を備える、2300席を収容する札幌文化芸術劇場だ。プロセムニアム型(舞台と観客が境界ではっきり区分されている)3層のバルコニー形式となっており、客席は1階から4階まである。
「めちゃめちゃ綺麗なコンサートホールだな、ここ。広いし、客席もすげぇ多いな……」
大和は舞台をきょろきょろと物珍しそうに見て回り、圧倒されていた。ツアー初日ということで、今日は大和も特別協賛会社の社長として挨拶する為に美姫と共に札幌に来ていた。
今は、抽選に当たった10名と共にバックステージツアーに参加しているところだ。当選者達は、バックステージツアーに参加して来栖秀一に会えるだけでなく、来栖財閥社長夫妻にも会えて興奮で沸き立っていた。残りの10名は、ツアー最終日、東京のメモリアルホールでのバックステージツアーに参加する予定だ。
「確か一昨年、2018年の10月にオープンしたって、聞いたよ」
美姫が大和に返す。このツアーが終わる時には離婚するとは思えないほど、穏やかな会話だ。あれ程ずっと別れることを頑なに拒否していた大和と、こうしてまた友人のような関係になれたことに、美姫は不思議な気持ちを抱いていた。
バックステージツアーは、アートソムリエが案内した。ソムリエがレストラン等で料理や客の要望に応えるのに対して作られた造語で、市民や来街者の要望に応じ、札幌の芸術文化に関する様々な情報を提供する役目を担う。
1番上の客席4階後方から舞台を眺めた後、1階前方へ行き、その違いを視覚で感じた後、今度は音を流し、聴覚でも感じてもらう。このコンサートホールを設計する段階で模型を使った音響実験を行い、全ての客席に最上の音が届けられるような工夫がほどこされている。
その後、舞台の奈落を体験したり、今回のコンサートでは使用しないオーケストラ・ピットに入れてもらった。美姫以外の人間でオーケストラ・ピットに入ったことのある者はおらず、中には大和のように初めてクラシックコンサートに来たというツアー参加者も少なからずいた。
それが終わると、いよいよ秀一の楽屋へと案内される。リハーサルの前のほんの僅かな時間ではあるが、それでもファンにとっては直接本人に会える貴重な時間だ。
楽屋は全部で13室あるが、オプションとして別に6室使用可能だ。その最も広い楽屋が秀一にあてがわれている。
アートソムリエが軽くノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえた。それだけでファン達が黄色い声を上げ、あまりのけたたましさに大和が思わず耳を塞いだほどだった。
扉を開けて秀一の姿が見えた途端、もう既に感激して泣いている者もちらほらいた。
どんだけ、すげぇんだよ……
大和は秀一のあまりの人気ぶりに、戸惑いを隠せなかった。
大和の隣に立つ美姫を見遣った秀一の表情が、一瞬柔らかくなる。そんな秀一に、美姫は平静を装いながらも口元を緩ませた。
ファン達が舞い上がって興奮し、喧騒で楽屋の空気が埋め尽くされる中、大和は切なく瞳を揺らした。
秀一はバックステージツアーに参加したひとりひとりに声を掛け、握手を交わした。中には興奮が絶頂に達し、失神してしまう者までいた。皆それぞれプレゼントを用意しており、それを受け取った秀一とのツーショット写真を撮るはからいまで設けられた。
皆、僅かな秀一との時間を楽しんだ。
「申し訳ないのですが、そろそろリハーサルに向かわないと行けませんので。
リハーサルも客席から見ることが出来ますので、今日はゆっくり楽しんでいらして下さいね」
艶麗な笑みを浮かべた秀一に、皆がうっとりして頷く。
秀一はそれから大和に進みより、手を差し出した。
「本日はお忙しい中足を御運び下さり、ありがとうございます。今日の日を迎えられたのも、来栖財閥社長のお陰と、心より感謝しております」
思いがけぬ秀一の言葉に大和は唖然とし、一瞬言葉を失ったものの、すぐに気を取り直した。
固い握手を交わす。
「こちら、こそ。本日は、お招き下さり、ありがとうございます。
コンサート、楽しみにしています」
秀一は握手を解いて大和に微笑むと、続いて隣の美姫に視線を移した。
「では、また後ほど」
握手を交わすことなく、サラッと挨拶した。
「えぇ、よろしくお願いします」
美姫もまた、淡白に返した。
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