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罪の代償

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「ッッ!!」

 美姫の肩が大きく震えた。そう言われても当然だと分かっていたし、覚悟していたつもりだったが、実際にその言葉を母の口から聞き、激しく動揺した。

 凛子は、冷ややかに告げた。

「私の子供は、大和くんだけです。私たちは今後二度と会うことはないですし、あなたの顔も見たくありません。
 ですから……苦しくても、辛くても、また戻ればいいだなんて甘いことは考えないで下さい。ここに、あなたの居場所はもうありません」
「お母さん! そ、んな……」

 美姫よりも先に、大和が驚いて声を上げた。大和は、まさか凛子が美姫と親子の縁を切るとまで言い出すとは、予想だにしていなかった。

「は、い……分かり、ました」

 美姫の答えに、大和が美姫の肩を揺さぶる。

「美姫! お前、それでいいのか!?
 親子の縁を切るってことは、これからもう一生会えないってことなんだぞ!!」

 美姫はグッと眉を寄せ、胸が押し潰されそうな痛みと共に答えた。

「うん……分かってる。
 分かってる、よ」

 それを聞き、凛子はウッと嗚咽を漏らした。

 親子の縁を切ることで美姫の未練を断ち切り、後ろに引き返す道を絶った母の想い。美姫には、それが、母の愛情からだということを理解していた。

 全てを手に入れることは、出来ない。
 私は秀一さんとの生活を手に入れるために、大きな代償を支払わなければならないんだ。

「お母様、私は『KURUSU』のチーフを下ります。新チーフには、副チーフである島根さんにお願いするつもりでいます」

 凛子は、動揺を見せることはなかった。

「今まで『KURUSU』の顔としてチーフであるばかりかデザイナーであった来栖美姫を失うということが、『KURUSU』にとってどれだけの打撃になるのか分かった上での、発言なのですね」

 ビジネスとしての顔を見せる凛子に、美姫も姿勢を正した。

「『KURUSU』ソウル支店オープンの際に、チーフを下りることを発表し、新チーフとなる島根さんと新しいデザイナーを紹介します。デザイナーは、フランスやイタリアの有名ブランドのデザイナーを長年務めていた市川さんに交渉しているところです。
 今までの『KURUSU』のイメージを、一新させます」

 それが功を奏すのか、大きな失敗になるのかは分からない。けれど、これが『KURUSU』を救う為に美姫が必死に考えた打開策だった。

 凛子は息を大きく吐き出した。

「美姫、あなたは従業員だけでなく、来栖財閥、『KURUSU』、そして貴女自身を信頼し、好いてくれた人たちに対してもしっかり詫びをし、けじめをつけなければいけませんよ。

 それが、貴女が犯した罪の代償なのですから」

 美姫の心臓がきつく絞られ、胃がキュウッと痛くなった。

 けれどもう、後に引き下がることは出来ない。自分の犯した過ちに向き合い、それを償わなければならないのだ。

「はい」

 美姫は、しっかりと頷いた。

 美姫は一瞬睫毛を伏せ、唾を飲み込むと、凛子に向き直った。

「秀一さんのツアー最終日の翌日、マスコミに向けて離婚の記者会見をします。
 そこで、私と秀一さんの関係を……公表します」

 凛子はゴクリと喉を鳴らした。

 美姫と大和が離婚するだけでなく、その後秀一と共にウィーンに行くことを公表すれば、どれだけの騒ぎになり、それによって来栖財閥がどれ程の影響を受けるのかは計り知れなかった。

 大和に視線を向けると、顔を歪めながらも決意した眼差しで凛子を見つめ返した。

「分かり、ました……
 私も、責任者の一人として謝罪しなければなりません。記者会見には、私も同席します。」

 夫が遺し、息子となった大和が受け継いだ来栖財閥を何としてでも守らなければという思いが、凛子の胸に広がった。

「それから羽鳥家にも離婚の報告をし、お詫びしなければいけませんので、日にちを合わせて決めましょう」

 凛子の言葉に、大和は大きく首を振った。

「報告の義務なんてありません! あの人達はもう、俺の家族でもなんでもない。
 俺は羽鳥ではなく、来栖の人間です」

 美姫が覚悟を胸に、口を開いた。

「私が一人で羽鳥家に行き、離婚の報告をして、お詫びします。
 これ以上、ご迷惑を掛けるわけにはいきません」

 凛子は瞳を揺らしてゆっくり大和と美姫を見つめ、言い聞かせるように説明した。

「離婚は、当人同士の問題では済まされません。婚姻以上に、家同士が関わってくるのですよ。私には、来栖家の人間として、羽鳥家にお詫びしなければならない責任があります」

 美姫は俯き、唇を噛んで肩を震わせた。

 親子の縁を切ると言ったのに、結局母にも迷惑をかけることになってしまっている。

『秀一と、一生を添い遂げたい』という想いが、大和や凛子だけでなく、どんどん周囲を巻き込んで大きな問題に発展していくのを肌で感じ、美姫の上に大きな罪悪感がのしかかった。
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