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茫然自失
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霊安室は一般の人では分かりにくい、地下のボイラー室の隣にあった。
大和が重い扉を開けると、そこには凛子が立っていた。凛子もまた、精気を抜かれたようにぼんやりしていた。
台の上に横たわる誠一郎の躰には白いシーツが掛けられており、顔の上にはガーゼがのせられていた。その周りには数本の蝋燭に火が灯され、花が添えられている。コンクリートの壁で囲まれた霊安室は圧迫感があり、殺風景で寒々しかった。
美姫が立ち尽くしている間、そこに置かれていた簡易な椅子に大和が凛子を座らせていた。
「美姫も、座れよ」
大和が声を掛けるが、美姫は誠一郎の遺体をじっと見つめていた。
こんなの、嘘だと思った。まだ、これが父だとは限らない。
何かの、間違いだと思った。
美姫は誠一郎の遺体に近づいた。
「美姫……やめろ」
大和が凛子から離れ、美姫の元へ歩く。
「やめろ、美姫!!」
美姫は誠一郎の顔にかけられたガーゼを外した。
そこには、美姫の知る、愛する父の顔があった。
「ウッ、ウッウワァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」
美姫の慟哭が、霊安室を震わせた。
大和が肩を大きく震わせ、膝から崩れ落ちた美姫を抱き締める。
「ウッウッ美姫、美姫……ッグ。
お前は、俺が……ウッ守る、から……ウゥッ」
凛子は、焦点の合わない視線で大和と美姫を眺めていた。
その心は、どこにあるのか。
誰にも……凛子自身にも、分からなかった。
大和は美姫を椅子に掛けさせようとしたが、無理だった。美姫も、凛子もまるで遠い世界に生きている人間のように呆然としていた。
自分を本当の息子のように接し、愛してくれた誠一郎の死に悲しみ、ショックを受けながらも、大和は自分がしっかりしなければと気持ちを奮い立たせた。
扉が音を立てて開く。軽く大和に礼をし、警察からの事情聴取を終えた瀬戸が入ってきた。
「葬儀屋に連絡しましたので、もうすぐこちらに到着すると思います」
瀬戸は事前に誠一郎から、何かあった時のためにと葬儀社の連絡先を渡されていた。
大和は深々とお辞儀をした。
「本当に……ありがとうございました。瀬戸さんがいてくれて、助かりました」
瀬戸は苦しげに表情を歪ませてから力のない笑みを見せ、首を振った。
瀬戸から霊安室の外で運転手の畑中が待機していると聞き、大和は畑中に頼んで凛子と美姫を実家に送ってもらうように頼んだ。畑中は快く引き受けてくれた。
一人で凛子と美姫を伴って駐車場まで行くのは大変な為、大和もそこまで一緒に同行することになり、その前に瀬戸を帰らせることにした。
霊安室に戻ると、大和は瀬戸に声を掛けた。
「瀬戸さん、ありがとうございました。もう帰ってもらっていいですよ。
明日の朝、またよろしくお願いします」
瀬戸はジーンズの尻ポケットからスマホを出して時計を確認すると、大和へ視線を戻した。
「では、私も会長の家に行きます。奥様と美姫さんが心配ですから。
それに、食事も……食べてもらえるか分かりませんが、用意しておきたいので。
そろそろ葬儀社の方が見えるかもしれませんので、ここに誰かいた方がいいでしょうし」
大和は一瞬躊躇してから尋ねた。
「いいんですか?」
「えぇ。僕も会長には色々とお世話になりましたし、少しでも恩返しがしたいんです」
瀬戸の言葉に、大和は胸が熱くなった。父は、誰にでも気さくで面倒見のよい人だった。
「じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか。よろしくお願いします」
大和が頭を下げると、瀬戸も軽く頭を下げた。それから畑中に声を掛けるため、霊安室を出て行った。
ひとりになった大和は椅子に座った。口に手を押し当て、小さく肩を震わせながら声を押し殺して泣いた。
僅かな期間ではあったが、大和は誠一郎と実の親子以上の絆を結べたと感じていた。いつも穏やかで、時には冗談も言い、温かい愛情で包み込んでくれた父。
結婚式の時のスピーチが脳裏に蘇る。
『初めて大和くんに会った時、私は彼に一目惚れしました。彼の気さくで、誠実で、真面目な人柄に惚れ、大和くんが美姫と結婚し、婿養子になり、来栖財閥を継いでくれたら……と、密かに願うようになりました。
その夢がまさに今日、叶いました。大和くん、本当にありがとう』
それからも誠一郎は、事あるごとに大和への感謝を伝えてくれた。大和は、愛する美姫と一緒になれたことはもちろん、誠一郎と凛子という新たな家族も得られ、幸せに思っていた。
お父さんが育て、大切にしてきた財閥は、俺が必ず守っていきます。
大和は誠一郎の遺体を前に、誓った。
大和が重い扉を開けると、そこには凛子が立っていた。凛子もまた、精気を抜かれたようにぼんやりしていた。
台の上に横たわる誠一郎の躰には白いシーツが掛けられており、顔の上にはガーゼがのせられていた。その周りには数本の蝋燭に火が灯され、花が添えられている。コンクリートの壁で囲まれた霊安室は圧迫感があり、殺風景で寒々しかった。
美姫が立ち尽くしている間、そこに置かれていた簡易な椅子に大和が凛子を座らせていた。
「美姫も、座れよ」
大和が声を掛けるが、美姫は誠一郎の遺体をじっと見つめていた。
こんなの、嘘だと思った。まだ、これが父だとは限らない。
何かの、間違いだと思った。
美姫は誠一郎の遺体に近づいた。
「美姫……やめろ」
大和が凛子から離れ、美姫の元へ歩く。
「やめろ、美姫!!」
美姫は誠一郎の顔にかけられたガーゼを外した。
そこには、美姫の知る、愛する父の顔があった。
「ウッ、ウッウワァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」
美姫の慟哭が、霊安室を震わせた。
大和が肩を大きく震わせ、膝から崩れ落ちた美姫を抱き締める。
「ウッウッ美姫、美姫……ッグ。
お前は、俺が……ウッ守る、から……ウゥッ」
凛子は、焦点の合わない視線で大和と美姫を眺めていた。
その心は、どこにあるのか。
誰にも……凛子自身にも、分からなかった。
大和は美姫を椅子に掛けさせようとしたが、無理だった。美姫も、凛子もまるで遠い世界に生きている人間のように呆然としていた。
自分を本当の息子のように接し、愛してくれた誠一郎の死に悲しみ、ショックを受けながらも、大和は自分がしっかりしなければと気持ちを奮い立たせた。
扉が音を立てて開く。軽く大和に礼をし、警察からの事情聴取を終えた瀬戸が入ってきた。
「葬儀屋に連絡しましたので、もうすぐこちらに到着すると思います」
瀬戸は事前に誠一郎から、何かあった時のためにと葬儀社の連絡先を渡されていた。
大和は深々とお辞儀をした。
「本当に……ありがとうございました。瀬戸さんがいてくれて、助かりました」
瀬戸は苦しげに表情を歪ませてから力のない笑みを見せ、首を振った。
瀬戸から霊安室の外で運転手の畑中が待機していると聞き、大和は畑中に頼んで凛子と美姫を実家に送ってもらうように頼んだ。畑中は快く引き受けてくれた。
一人で凛子と美姫を伴って駐車場まで行くのは大変な為、大和もそこまで一緒に同行することになり、その前に瀬戸を帰らせることにした。
霊安室に戻ると、大和は瀬戸に声を掛けた。
「瀬戸さん、ありがとうございました。もう帰ってもらっていいですよ。
明日の朝、またよろしくお願いします」
瀬戸はジーンズの尻ポケットからスマホを出して時計を確認すると、大和へ視線を戻した。
「では、私も会長の家に行きます。奥様と美姫さんが心配ですから。
それに、食事も……食べてもらえるか分かりませんが、用意しておきたいので。
そろそろ葬儀社の方が見えるかもしれませんので、ここに誰かいた方がいいでしょうし」
大和は一瞬躊躇してから尋ねた。
「いいんですか?」
「えぇ。僕も会長には色々とお世話になりましたし、少しでも恩返しがしたいんです」
瀬戸の言葉に、大和は胸が熱くなった。父は、誰にでも気さくで面倒見のよい人だった。
「じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか。よろしくお願いします」
大和が頭を下げると、瀬戸も軽く頭を下げた。それから畑中に声を掛けるため、霊安室を出て行った。
ひとりになった大和は椅子に座った。口に手を押し当て、小さく肩を震わせながら声を押し殺して泣いた。
僅かな期間ではあったが、大和は誠一郎と実の親子以上の絆を結べたと感じていた。いつも穏やかで、時には冗談も言い、温かい愛情で包み込んでくれた父。
結婚式の時のスピーチが脳裏に蘇る。
『初めて大和くんに会った時、私は彼に一目惚れしました。彼の気さくで、誠実で、真面目な人柄に惚れ、大和くんが美姫と結婚し、婿養子になり、来栖財閥を継いでくれたら……と、密かに願うようになりました。
その夢がまさに今日、叶いました。大和くん、本当にありがとう』
それからも誠一郎は、事あるごとに大和への感謝を伝えてくれた。大和は、愛する美姫と一緒になれたことはもちろん、誠一郎と凛子という新たな家族も得られ、幸せに思っていた。
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