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親のエゴ
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「お父様、手術後の経過はいかがですか?」
心配そうに尋ねる美姫に、誠一郎は笑顔で応えた。
「あぁ、大丈夫だ。しばらくすれば、また元気に動き回れるさ」
湯呑みを手にし、ゆっくりとお茶を飲む。
また白髪が増えたようだ。弱々しく見える父を目にすると、どうしても不安が募ってしまう。
誠一郎は湯呑みを置くと、美姫をゆっくりと見つめた。
「済まなかったな、美姫……」
誠一郎の言葉を受け、美姫はゆっくりと父を見つめ返した。
「お母様から、聞いたのですね」
母が父に話さないはずがない。
誠一郎は一瞬躊躇ってから、「あぁ」と言った。
「お父様を失望させてしまって、すみません。
私は……子供を産むのは、無理だと思います。孫を抱きたいという、お父様の夢を叶えて差し上げることは……出来ません、でした。財閥の継承者を産むという責務も、果たせません」
俯いて肩を震わせた美姫に、誠一郎は目を瞠った。それから眉を寄せ、グッと塊を飲み込んだ。
「……そんな風に思わせてしまったのだな、私は。本当に、済まなかった。
美姫、お前に失望するなんてあるはずないだろう。お前はずっと……私の可愛い娘だ。何があろうと、大切で愛しい存在だよ。
子供のことがそんなに美姫にとってプレッシャーになっているとは思わなかったんだ。許してくれ……」
愛しく大切な我が娘を自分がこれほどまでに追い詰めていたことを知り、誠一郎の胸は激しく軋んだ。
「いいえ、私はお父様を失望させてばかりです。
秀一さんとのことだって……そう」
眉を寄せ、苦しそうに息を吐いた美姫に、誠一郎は静かに声を落とした。
「お前は、私を……私たちを、恨んでいるか?
お前と秀一との仲を引き裂いてしまった私たちを」
秀一と別れて以来、その名前すら口にしたことのなかった誠一郎が、初めて娘に問うた。
「お父様を恨むだなんて。
秀一さんとの別れを決断したのは、私です。大和と結婚しようと決断したのも。
全ては、私の意志で行ったことです」
「後悔……しているか?」
ポツリと父に尋ねられ、美姫は即答することが出来ずにいた。『後悔していない』という言葉が喉の奥に詰まって、出てこないのだ。
財閥を救うために大和を巻き込んでしまったことを、後悔していた。結婚しなければ、大和をあそこまで追い詰めることはなかったのにと、後悔していた。二人はこれから先も『夫婦』という鎖に繋がれて、苦しみながら歩んでいかねばならないのだ。
誠一郎が苦しげに呟いた。
「私はお前に……重い荷を背負わせ過ぎたようだ」
「そんな、こと……」
「ただ、お前の幸せを願っていただけなんだ。普通に結婚して、子供を産んで、幸せになって欲しいと。
それが、親の勝手なエゴだなんて、気が付きもしなかった」
美姫の胸が、抉られるように痛んだ。もしもっと早くにそれを聞いていれば、どれだけ心が楽だっただろう。
「お父様が私を愛して下さり、幸せを願って下さっていたということは、分かっていますから」
美姫は、誠一郎に精一杯の笑みを見せた。
誠一郎にも、それが美姫の心からの笑みでないことは分かっていた。
私は、秀一を何としてでも美姫から引き離さねばならないと思っていた。それが、この子の為になると信じていた。
大和くんと結婚すると聞いた時、美姫が妻として、母として幸せになる未来を想像し、胸が熱くなった。財閥を引き継いでくれた大和くんを力強く思い、娘を大切にしてくれる彼に感謝していたのに。
どうして、美姫はそんなに悲しい笑みを見せるんだ。
それは、子供を産めないという失望からだけではない。
結婚式の時の美姫からは、別人のようだ。あの時感じていた美姫の大和くんへの愛情は、どこへいってしまったのだ。
それは、秀一のせいなのか?
お前は未だに、秀一を忘れられていないのか?
禁忌の関係だと、分かっていながらも……
「美姫、お前……」
「なんですか、お父様?」
「い、いや……今日は、瀬戸くんが鍋を作ってくれるそうだ。
夕方には凛子と大和くんも帰ってくるし、お前も一緒に食べなさい」
聞けるはずなど、ない。これは、美姫と大和くんの夫婦の問題だ。
私が首を突っ込む問題ではない。もしこの問題に関われば……来栖財閥を大きく揺るがす問題に発展しかねない。これまで財閥の為に人事を尽くしてくれた大和くんにも、申し訳が立たない。
美姫は『鍋』と聞き、柔らかく微笑んだ。
「家族で鍋を囲むなんて、初めてですね。
私……実は、憧れてたんです」
「そう、か」
誠一郎は切なげに眉を寄せ、笑みを返した。
心配そうに尋ねる美姫に、誠一郎は笑顔で応えた。
「あぁ、大丈夫だ。しばらくすれば、また元気に動き回れるさ」
湯呑みを手にし、ゆっくりとお茶を飲む。
また白髪が増えたようだ。弱々しく見える父を目にすると、どうしても不安が募ってしまう。
誠一郎は湯呑みを置くと、美姫をゆっくりと見つめた。
「済まなかったな、美姫……」
誠一郎の言葉を受け、美姫はゆっくりと父を見つめ返した。
「お母様から、聞いたのですね」
母が父に話さないはずがない。
誠一郎は一瞬躊躇ってから、「あぁ」と言った。
「お父様を失望させてしまって、すみません。
私は……子供を産むのは、無理だと思います。孫を抱きたいという、お父様の夢を叶えて差し上げることは……出来ません、でした。財閥の継承者を産むという責務も、果たせません」
俯いて肩を震わせた美姫に、誠一郎は目を瞠った。それから眉を寄せ、グッと塊を飲み込んだ。
「……そんな風に思わせてしまったのだな、私は。本当に、済まなかった。
美姫、お前に失望するなんてあるはずないだろう。お前はずっと……私の可愛い娘だ。何があろうと、大切で愛しい存在だよ。
子供のことがそんなに美姫にとってプレッシャーになっているとは思わなかったんだ。許してくれ……」
愛しく大切な我が娘を自分がこれほどまでに追い詰めていたことを知り、誠一郎の胸は激しく軋んだ。
「いいえ、私はお父様を失望させてばかりです。
秀一さんとのことだって……そう」
眉を寄せ、苦しそうに息を吐いた美姫に、誠一郎は静かに声を落とした。
「お前は、私を……私たちを、恨んでいるか?
お前と秀一との仲を引き裂いてしまった私たちを」
秀一と別れて以来、その名前すら口にしたことのなかった誠一郎が、初めて娘に問うた。
「お父様を恨むだなんて。
秀一さんとの別れを決断したのは、私です。大和と結婚しようと決断したのも。
全ては、私の意志で行ったことです」
「後悔……しているか?」
ポツリと父に尋ねられ、美姫は即答することが出来ずにいた。『後悔していない』という言葉が喉の奥に詰まって、出てこないのだ。
財閥を救うために大和を巻き込んでしまったことを、後悔していた。結婚しなければ、大和をあそこまで追い詰めることはなかったのにと、後悔していた。二人はこれから先も『夫婦』という鎖に繋がれて、苦しみながら歩んでいかねばならないのだ。
誠一郎が苦しげに呟いた。
「私はお前に……重い荷を背負わせ過ぎたようだ」
「そんな、こと……」
「ただ、お前の幸せを願っていただけなんだ。普通に結婚して、子供を産んで、幸せになって欲しいと。
それが、親の勝手なエゴだなんて、気が付きもしなかった」
美姫の胸が、抉られるように痛んだ。もしもっと早くにそれを聞いていれば、どれだけ心が楽だっただろう。
「お父様が私を愛して下さり、幸せを願って下さっていたということは、分かっていますから」
美姫は、誠一郎に精一杯の笑みを見せた。
誠一郎にも、それが美姫の心からの笑みでないことは分かっていた。
私は、秀一を何としてでも美姫から引き離さねばならないと思っていた。それが、この子の為になると信じていた。
大和くんと結婚すると聞いた時、美姫が妻として、母として幸せになる未来を想像し、胸が熱くなった。財閥を引き継いでくれた大和くんを力強く思い、娘を大切にしてくれる彼に感謝していたのに。
どうして、美姫はそんなに悲しい笑みを見せるんだ。
それは、子供を産めないという失望からだけではない。
結婚式の時の美姫からは、別人のようだ。あの時感じていた美姫の大和くんへの愛情は、どこへいってしまったのだ。
それは、秀一のせいなのか?
お前は未だに、秀一を忘れられていないのか?
禁忌の関係だと、分かっていながらも……
「美姫、お前……」
「なんですか、お父様?」
「い、いや……今日は、瀬戸くんが鍋を作ってくれるそうだ。
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美姫は『鍋』と聞き、柔らかく微笑んだ。
「家族で鍋を囲むなんて、初めてですね。
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