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決心

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 美姫がお風呂から上がって1階のリビングルームに降りていくと、片付けがひと段落していた。美姫が部屋で髪を乾かしたりしている間に大和も手早くシャワーを浴びたらしく、Tシャツと短パンに着替えていた。

 ソファに座ると、大和も向かいのソファに腰掛ける。

 お風呂に入ったのにパジャマではなく、洋服を着ている美姫に大和は違和感を覚えた。それを打ち消すようにして、明るく振る舞う。

「なぁ、なんか腹とか減ってないか? 冷蔵庫、あんま大したもん入ってないけど、チャーハンぐらいなら作れるぞ」

 美姫は固い笑みを浮かべた。

「ううん、大丈夫。
 今、大和と話がしたいんだけど……いいかな?」

 改まって尋ねる美姫に、大和の表情が急に強張った。

「あぁ、いいけど……」

 美姫はすぅっと息を吸うと、一息で言った。



「大和、私と離婚して下さい」



「な、に……言ってんだ」

 大和の声が上擦った。

「入院してから……ううん、ずっと心の中にあった。でも、どうしても言えなかった。
 ようやく、決心出来たの」
「俺は、離婚しないって言っただろ!
 あいつに、そそのかされたのか? あいつとより戻したって、幸せになれないって分かってんだろ!?」

 ズキリとした胸の痛みを感じつつも、美姫は毅然と言った。

「秀一さんは、関係ないの。
 確かに……秀一さんのことは、今でも愛してる。でも、大和と離婚したからって、彼の元に行くことは出来ない。
 許されないって、分かってる……」

 手術前日に秀一から受けた言葉を何度も反芻し、美姫は悩み続けた。

 その結果導き出した答えは、大和と離婚し、秀一とも一緒にならず、ひとりで生きていくという選択肢だった。

 本当は、秀一の手を取りたい。けれど、禁忌の関係を飛び越えることは、美姫にはどうしても出来なかった。

「じゃ、どうして……」

 大和は、予想とは異なる美姫の言葉に呆然と呟いた。
  
「私たち、このまま夫婦関係を続けてたって、お互い苦しくなるだけだよ。私は秀一さんのことを忘れられないままだし、大和との間に子供をつくってあげることも出来ない」
「な、に言ってんだよ。卵巣を片方摘出したって、もう片方あれば妊娠の可能性はあるって先生も言ってたじゃねぇか。今は排卵してなくても、生活習慣を改善すればまた元に戻るかもしれないって……」

 美姫は塊を飲み下した。

「そういう……問題じゃ、ないの。もう気持ち的に、無理なの。
 妊娠するかどうか分からない可能性の為に、貴重な大和の時間を失わせたくない。どこかで行き詰るって、分かる。
 どうか、私のことはもう忘れて。離婚したら、私は家を出て一人暮らしします」

 美姫は潤んだ瞳で大和を見つめた。

「大和には、幸せになって欲しいって思ってる。
 ずっと一緒にいた私だから、分かる。大和には、私よりももっと相応しい人がいる。
 もっと、あなたを愛してくれる人がいる。新たな愛を、見つけることが出来る」
「勝手なこと言うなよ!!」

 大和が語気を強めた。

「お前だって、ずっとあいつのことが忘れられねぇくせに、よく人には新しい愛が見つけられるなんて言えるな!
 そんなの出来れば苦労しねぇって、お前が1番分かってんだろーが!!
 俺が欲しいのは、お前だけだって言ってんだろ? なんで分かんねぇんだよ!!

 他の女なんていらないんだ。お前だけいてくれればいい。子供だって、お前が産めないんなら養子でもいい。

 なぁ!! なんで、分かんないんだよ!!」
「やま、と……」

 美姫の喉が、焼け石が詰まったように苦しくなった。

 これほどに深く愛されているのに、応えてあげられないことが苦しかった。
 申し訳なかった。
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