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差し伸べられるふたつの手
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美姫は予め男性の裸体が描かれたデザイン画に、イメージに合った服装をラフに描いていく。
秀一さんはメフィストフェレスのイメージだから、やっぱり狩人よりも悪魔そのものを衣装を着せてみたい。
漆黒のシルクハットにジレ、ジャケット、マントを描きこんでいく。
秀一さんは『紫』のイメージも強いから......
胸元のスカーフ、金縁のジレとカフスボタンを紫にし、それから髪をひとつにまとめて横に流し、それに紫のラインを入れた。
ど、どうしよう、これ......すごく、着て欲しいかも。
美姫が入り込んでいると、横から覗いていた大和がボソッと呟いた。
「へぇ......上手いもんだな」
いきなり大和に声をかけられ、美姫がビクッと肩を揺らす。自分の考えを読まれてしまったのではと、心臓がドキドキと速まる。
感心する大和に、秀一が意地悪く目を細める。
「当然です。これぐらい出来なければ、『KURUSU』のデザイナーなど務まらないでしょう。
あなたは妻の仕事ぶりすら、把握していないのですね」
また、女性スタッフ達の忍び笑いが響く。
美姫はデザインの手を止め、顔を上げた。
「つ、次の曲をお願いします!!」
これじゃ、心臓いくつあっても足りないよ......
オーケストラのコンサートでは序曲・協奏曲・交響曲の3本立てで2時間から2時間半程に収めることが多い。
だが、今回のツアーはピアノリサイタルのため、前半に5曲、後半に4曲、そしてアンコールに2曲を予定している。その中にはスペシャルゲストである青柳えいみとの演奏も2曲あり、彼女の衣装も考えなければならない。
もちろん全ての衣装を総入れ替えとなると時間がかかるため、ジャケットを脱いだり小物を替えたり、または早着替えを取り入れた衣装チェンジもあるが、それを考えるのも舞台衣装を扱った経験のない美姫には一苦労だった。
どうしよう......結構時間かかりそうだな。
そう思っていると、一番奥の席に控えていた大和に4月からついている秘書の山本が声を掛けた。
「社長、そろそろ本社で会議の時間になりますので、戻りませんと」
「え!?もうそんな時間なのか?」
腕時計に目を落とした大和に、秀一の呆れた声が飛ぶ。
「自分のスケジュール管理もままならないとは......まるで子供ですね」
また大和に対して突っかかる秀一に、さすがの美姫も今までに溜めていたストレスが爆発する。
「秀一さん、もうやめてください!」
大和は秀一を無視し、美姫に向き直った。
「まだ、時間掛かるのか?」
「11曲分の衣装だもん、時間かかるよ......」
「だったら今日は終わりにして、また明日俺も仕事で都合つけるからその時にでもやればいい」
そう言った大和に、美姫は大きく息を吐き出した。
「大和、ちょっと……」
大和の手を取り、会議室の外へと連れ出す。
皆の声の聞こえないところまで大和を連れ出すと、美姫は大和を見上げた。
「......これじゃ、仕事が進まないよ。大和の仕事の都合に合わせてたらいつまで経っても終わらないし、秀一さんは今日入れて3日しか日本にいないんだよ。
その間にどうしても衣装デザインの打ち合わせを終わらせなきゃいけないの。分かって......」
美姫の懇願に、大和は眉を下げた。
「ごめ......分かってるんだ、バカなことしてるって。
でも、お前と来栖秀一が一緒にいるのかと思うと......気になって仕方ないんだ。嫉妬で狂いそうになって、居ても立ってもいられなくなるんだ。
ほんと、無様だよな、俺......」
美姫の胸がギュウッと締め付けられた。
美姫は大和を真剣に見つめた。
「私が信用出来ないから、大和を不安にさせてしまってることは申し訳なく思ってる……
でもね、ふたりきりじゃないんだよ? 他にもスタッフの子達がいるし、これは仕事なの。たくさんの人がこのツアーに関わっているし、楽しみにしているの。私には、これを成功させなくちゃいけない義務がある。
だから、大和も自分の仕事に集中して?仕事が終わったら、必ず報告するから。どうか、お願い」
確かに、秀一からの仕事を引き受けた時には彼に会えると浮ついた気持ちがあったのは事実だ。けれど、ツアースタッフと顔合わせをし、それぞれの想いやツアーにかける意気込みを聞き、感じるうちに、美姫は私情よりもツアーを成功させたいという気持ちが強くなっていた。
その為に、自分のもっている全ての力をこの衣装デザインに注ぎ込もうと思っていた。
大和は、力なく項垂れた。それはまるで、叱られた犬が尻尾を垂れているように見えた。
「わ、かったよ......」
それを聞いてホッと息をつきかけた美姫の腕を大和が掴んで壁に押し付けた。抵抗する間もなく、不意打ちで唇が押し付けられ、離れた。
瞳孔を大きくして見上げた美姫に、大和は一旦引いた顔をまた近づけた。
「たとえお前の心があいつにあろうと......今、お前は俺の嫁だ。
お前から、結婚して欲しいと頼んだんだ。離婚はしない。
お前は俺を裏切れない。両親も、世間も裏切れない」
「ック......分かってる」
大和は俯いた美姫を悲しげに見つめると、そっと頬を撫で、去って行った。
秀一さんはメフィストフェレスのイメージだから、やっぱり狩人よりも悪魔そのものを衣装を着せてみたい。
漆黒のシルクハットにジレ、ジャケット、マントを描きこんでいく。
秀一さんは『紫』のイメージも強いから......
胸元のスカーフ、金縁のジレとカフスボタンを紫にし、それから髪をひとつにまとめて横に流し、それに紫のラインを入れた。
ど、どうしよう、これ......すごく、着て欲しいかも。
美姫が入り込んでいると、横から覗いていた大和がボソッと呟いた。
「へぇ......上手いもんだな」
いきなり大和に声をかけられ、美姫がビクッと肩を揺らす。自分の考えを読まれてしまったのではと、心臓がドキドキと速まる。
感心する大和に、秀一が意地悪く目を細める。
「当然です。これぐらい出来なければ、『KURUSU』のデザイナーなど務まらないでしょう。
あなたは妻の仕事ぶりすら、把握していないのですね」
また、女性スタッフ達の忍び笑いが響く。
美姫はデザインの手を止め、顔を上げた。
「つ、次の曲をお願いします!!」
これじゃ、心臓いくつあっても足りないよ......
オーケストラのコンサートでは序曲・協奏曲・交響曲の3本立てで2時間から2時間半程に収めることが多い。
だが、今回のツアーはピアノリサイタルのため、前半に5曲、後半に4曲、そしてアンコールに2曲を予定している。その中にはスペシャルゲストである青柳えいみとの演奏も2曲あり、彼女の衣装も考えなければならない。
もちろん全ての衣装を総入れ替えとなると時間がかかるため、ジャケットを脱いだり小物を替えたり、または早着替えを取り入れた衣装チェンジもあるが、それを考えるのも舞台衣装を扱った経験のない美姫には一苦労だった。
どうしよう......結構時間かかりそうだな。
そう思っていると、一番奥の席に控えていた大和に4月からついている秘書の山本が声を掛けた。
「社長、そろそろ本社で会議の時間になりますので、戻りませんと」
「え!?もうそんな時間なのか?」
腕時計に目を落とした大和に、秀一の呆れた声が飛ぶ。
「自分のスケジュール管理もままならないとは......まるで子供ですね」
また大和に対して突っかかる秀一に、さすがの美姫も今までに溜めていたストレスが爆発する。
「秀一さん、もうやめてください!」
大和は秀一を無視し、美姫に向き直った。
「まだ、時間掛かるのか?」
「11曲分の衣装だもん、時間かかるよ......」
「だったら今日は終わりにして、また明日俺も仕事で都合つけるからその時にでもやればいい」
そう言った大和に、美姫は大きく息を吐き出した。
「大和、ちょっと……」
大和の手を取り、会議室の外へと連れ出す。
皆の声の聞こえないところまで大和を連れ出すと、美姫は大和を見上げた。
「......これじゃ、仕事が進まないよ。大和の仕事の都合に合わせてたらいつまで経っても終わらないし、秀一さんは今日入れて3日しか日本にいないんだよ。
その間にどうしても衣装デザインの打ち合わせを終わらせなきゃいけないの。分かって......」
美姫の懇願に、大和は眉を下げた。
「ごめ......分かってるんだ、バカなことしてるって。
でも、お前と来栖秀一が一緒にいるのかと思うと......気になって仕方ないんだ。嫉妬で狂いそうになって、居ても立ってもいられなくなるんだ。
ほんと、無様だよな、俺......」
美姫の胸がギュウッと締め付けられた。
美姫は大和を真剣に見つめた。
「私が信用出来ないから、大和を不安にさせてしまってることは申し訳なく思ってる……
でもね、ふたりきりじゃないんだよ? 他にもスタッフの子達がいるし、これは仕事なの。たくさんの人がこのツアーに関わっているし、楽しみにしているの。私には、これを成功させなくちゃいけない義務がある。
だから、大和も自分の仕事に集中して?仕事が終わったら、必ず報告するから。どうか、お願い」
確かに、秀一からの仕事を引き受けた時には彼に会えると浮ついた気持ちがあったのは事実だ。けれど、ツアースタッフと顔合わせをし、それぞれの想いやツアーにかける意気込みを聞き、感じるうちに、美姫は私情よりもツアーを成功させたいという気持ちが強くなっていた。
その為に、自分のもっている全ての力をこの衣装デザインに注ぎ込もうと思っていた。
大和は、力なく項垂れた。それはまるで、叱られた犬が尻尾を垂れているように見えた。
「わ、かったよ......」
それを聞いてホッと息をつきかけた美姫の腕を大和が掴んで壁に押し付けた。抵抗する間もなく、不意打ちで唇が押し付けられ、離れた。
瞳孔を大きくして見上げた美姫に、大和は一旦引いた顔をまた近づけた。
「たとえお前の心があいつにあろうと......今、お前は俺の嫁だ。
お前から、結婚して欲しいと頼んだんだ。離婚はしない。
お前は俺を裏切れない。両親も、世間も裏切れない」
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