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私情とビジネス

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 記者会見には前回の『来栖秀一復帰会見』よりも更に多くの報道記者が集まっていた。

 前回から僅か3ヶ月しか経っていないが、その間に秀一はウィーンでピアニストとして確固たる地位を再立していた。その人気はウィーンだけでなく日本にも波及し、再び秀一の人気が沸騰し、CDや音楽のダウンロード数を伸ばしていた。そんな経緯から、今回の記者会見はよりマスコミの注目を集めるものとなっていた。

 会見の場に現れた秀一は、白のモダールカットソーに黒の7部袖サマージャケットを羽織り、アンクルパンツを合わせ、オペラシューズを履いていた。眼鏡もいつもの繊細で大人の雰囲気を感じさせるようなものではなく、黒縁フレームだった。

 前回のドレッシーな印象から比べるとかなりカジュアルだ。

 今までファッション雑誌の依頼を除いてスーツ姿以外の服装をすることは滅多になかったので、そんな彼の変化に一斉に記者が食いつき、フラッシュが焚かれた。

 秀一がツアーについて語る。

「今回のツアーテーマは『Daily Life』です。クラシック音楽やクラシックコンサートを特別だとか敷居が高いと感じている方にも楽しんでいただけるようなコンサートを企画したいと考えています。

 クラシック音楽というと高尚なイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、恋人や家族への愛情、失恋の痛み、苦悩、葛藤、または自然への崇拝はいつの時代の人間も持っている感情です。コンポーザー(作曲家)たちがそれぞれの想いを込めて創りあげた曲は、時代を超えて愛され、受け継がれていくものと信じています。
 それは決して非日常の特別な場面を切り取ったものではなく、 日常生活の中にあるもの、つまり『Daily Life』なのです。

 コンサートでは皆様の人生に訪れる様々な出来事や感情にリンクするような曲をピックアップし、それを聴覚だけでなく、視覚からもお届けしようと思っています。
 曲のイメージに合わせ、衣装を変えます。衣装デザインは『KURUSU』ブランドのチーフであり、私の姪である来栖美姫が担当します」

 それを聞き、報道陣一同が色めき立った。

 紹介を受けた美姫は緊張した面持ちで現れ、報道陣に向けてお辞儀した。前髪を上げたハーフアップのヘアスタイルにアビスカラーと呼ばれる深海のように美しいブルーのワンショルダーのワンピースに、黒のアンクルストラップのハイヒールを合わせている。

 秀一は美姫を見つめて目を細めると立ち上がり、隣の椅子を引いた。

「ありがとう、ございます」

 小声でお礼の言葉を述べる美姫に秀一はにっこりと微笑み、自身も腰掛けた。

 美姫は正面を向くと、再び軽く頭を下げる。

「ただ今ご紹介にあずかりました、『KURUSU』ブランドチーフの来栖美姫です。コンサート衣装を手掛けるのは初めてのことですので不安はありますが、今回のツアーテーマが『Daily Life』とのことですので、演奏とリンクし、一体となれるような衣装デザインを提供出来たらと考えております。
 どうぞよろしくお願いします」

 美姫が話している間にも報道陣は騒めき、興奮が会場中に広がっていた。

 記者からの質問が上がる前に、司会者から声が掛かる。

「皆様、どうか質問は後にお願いします」

 司会者の牽制を受け、報道陣が静まったところで秀一が口を開く。

「最後に、このツアーの特別協賛企業の代表取締役社長である羽鳥......今は、来栖でしたね、失礼。
 来栖大和さんを紹介したいと思います」

 あい、つ......わざと間違えやがったな。

 大和は会場袖で憮然とした表情を浮かべたものの、報道陣の前に出ると爽やかな笑みを浮かべ、美姫のもう片方の隣に座った。

 右側に秀一、左側に大和が座り、美姫の緊張感は否が応にも高まっていく。
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