836 / 1,014
遠い日の約束
2
しおりを挟む
秀一は、店内を優雅に歩いて回った。美姫はその後ろを遠慮がちについて歩く。
電気はついていないが、全面硝子張りになっているので外からの街灯の灯りや流れてくる車のヘッドライトの灯りで店内は薄暗さを保っていた。
「ここが、貴女の城ですか。東京の一等地に自分のデザインしたファッションブランドの店を持つまでになるとは、大したものですね。
美姫は昔から、服のデザインをするのが好きでしたからね......
フフッ、覚えていますか? 大きくなったら服を作る人になりたいと、言っていたことを」
嬉しそうに頬を緩ませた秀一の表情に思わず引き込まれながら、美姫は驚いた。
「え、私が......ですか!?」
「えぇ」
慈しむように見つめられ、美姫の鼓動がトクトクと速まった。
美姫には、全く覚えがなかった。身に覚えのない過去の自分を語られるのは奇妙でもあり、気恥ずかしくもあり、また嬉しくもあった。
覚えていなかった幼い頃の夢がこうして今、叶っている。それは、運命の不思議さを感じさせた。一方で、もしかしたらそれは秀一が見せている幻覚で、自分はただ掌の上で踊らされているのではないかという思いも忍び寄る。
もしそうだったとしても、甘くふわふわした彼の夢に溶けてしまいたいと、美姫は願った。
「その時に、『しゅうちゃんのふくも、わたしがつくってあげる』と、美姫は約束してくれました」
「へぇ、そうだったんですね」
きっと幼かった自分は、キラキラした瞳で秀一に話していたに違いない。想像すると、それは過去の自分であったにも関わらず羨ましく、嫉妬すら覚えた。
秀一は2階のメンズセクションに着くと、飾られていたマネキンの着ている袖を掌に載せてひらめかせた。
「ようやく、約束を果たしてもらえますね」
「ぇ......」
「来日ツアーが決まりました。
その時の衣装を、美姫にデザインしてもらうことにします」
美姫は絶句してから、両手を胸の前で激しく振った。
「ッむむむ無理です!!
第一、コンサートの衣装デザインなんてしたことありませんし!!」
動揺する美姫に、秀一は視線を流した。
「ウェディングドレスの衣装はデザインしたことありますよね? それに合わせたタキシードも」
「ッグ......」
秀一は愉しそうにメンズ服を見て回った。
「クラシックコンサートは一般的に敷居が高いと思われています。そのひとつの理由が演奏者は正装し、聴衆もそれなりの服装を要求されることにあります。
今回のコンサートでは、曲に合わせて衣装を変えます。もちろん聴衆にも正装は求めず、好きな服装で来てもらいます。『カジュアルに楽しめるコンサート』、それがこのツアーでのテーマです」
秀一の話を聞き、美姫の心が高揚した。
もし自分がデザインした衣装で秀一がコンサートの舞台に立ち、聴衆を魅了する演奏を披露し、拍手喝采を浴びたら......
そう思うと、興奮せずにはいられない。
けれど、秀一と一緒に仕事をすることになれば、自分の心は急激に秀一に奪われてしまう。
父のために、大和のために子供をもつと決意したのに。
たとえ自分がどのような心情にあろうとも、表向きは平穏で幸せに見える日常を構築しようとしているのに。
いとも簡単に、秀一はそれを崩そうとする。
電気はついていないが、全面硝子張りになっているので外からの街灯の灯りや流れてくる車のヘッドライトの灯りで店内は薄暗さを保っていた。
「ここが、貴女の城ですか。東京の一等地に自分のデザインしたファッションブランドの店を持つまでになるとは、大したものですね。
美姫は昔から、服のデザインをするのが好きでしたからね......
フフッ、覚えていますか? 大きくなったら服を作る人になりたいと、言っていたことを」
嬉しそうに頬を緩ませた秀一の表情に思わず引き込まれながら、美姫は驚いた。
「え、私が......ですか!?」
「えぇ」
慈しむように見つめられ、美姫の鼓動がトクトクと速まった。
美姫には、全く覚えがなかった。身に覚えのない過去の自分を語られるのは奇妙でもあり、気恥ずかしくもあり、また嬉しくもあった。
覚えていなかった幼い頃の夢がこうして今、叶っている。それは、運命の不思議さを感じさせた。一方で、もしかしたらそれは秀一が見せている幻覚で、自分はただ掌の上で踊らされているのではないかという思いも忍び寄る。
もしそうだったとしても、甘くふわふわした彼の夢に溶けてしまいたいと、美姫は願った。
「その時に、『しゅうちゃんのふくも、わたしがつくってあげる』と、美姫は約束してくれました」
「へぇ、そうだったんですね」
きっと幼かった自分は、キラキラした瞳で秀一に話していたに違いない。想像すると、それは過去の自分であったにも関わらず羨ましく、嫉妬すら覚えた。
秀一は2階のメンズセクションに着くと、飾られていたマネキンの着ている袖を掌に載せてひらめかせた。
「ようやく、約束を果たしてもらえますね」
「ぇ......」
「来日ツアーが決まりました。
その時の衣装を、美姫にデザインしてもらうことにします」
美姫は絶句してから、両手を胸の前で激しく振った。
「ッむむむ無理です!!
第一、コンサートの衣装デザインなんてしたことありませんし!!」
動揺する美姫に、秀一は視線を流した。
「ウェディングドレスの衣装はデザインしたことありますよね? それに合わせたタキシードも」
「ッグ......」
秀一は愉しそうにメンズ服を見て回った。
「クラシックコンサートは一般的に敷居が高いと思われています。そのひとつの理由が演奏者は正装し、聴衆もそれなりの服装を要求されることにあります。
今回のコンサートでは、曲に合わせて衣装を変えます。もちろん聴衆にも正装は求めず、好きな服装で来てもらいます。『カジュアルに楽しめるコンサート』、それがこのツアーでのテーマです」
秀一の話を聞き、美姫の心が高揚した。
もし自分がデザインした衣装で秀一がコンサートの舞台に立ち、聴衆を魅了する演奏を披露し、拍手喝采を浴びたら......
そう思うと、興奮せずにはいられない。
けれど、秀一と一緒に仕事をすることになれば、自分の心は急激に秀一に奪われてしまう。
父のために、大和のために子供をもつと決意したのに。
たとえ自分がどのような心情にあろうとも、表向きは平穏で幸せに見える日常を構築しようとしているのに。
いとも簡単に、秀一はそれを崩そうとする。
0
お気に入りに追加
345
あなたにおすすめの小説


義妹のミルク
笹椰かな
恋愛
※男性向けの内容です。女性が読むと不快になる可能性がありますのでご注意ください。
母乳フェチの男が義妹のミルクを飲むだけの話。
普段から母乳が出て、さらには性的に興奮すると母乳を噴き出す女の子がヒロインです。
本番はありません。両片想い設定です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。


【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる