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誘引
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秀一が来栖財閥のパーティーに現れたことは、翌朝の紙面を大きく飾った。すっかり世間からは忘れられた存在となっていたはずだったのに、その華々しく鮮烈な登場により世間は再び沸き立った。
しかもマスコミ嫌いの秀一が自ら記者会見を開き、音楽活動を再開すると宣言したのだ。ダークグレーのジレに同色のスーツ、深紫とダークグレーのピンストライプが斜めに入ったネクタイを締め、ティアドロップ型のサングラスを掛けて登場した秀一の存在感はより一層輝きを増していた。
当然取材陣からは、美姫との再会や彼女とパーティーで踊ったことについての質問が殺到した。
秀一は妖艶な笑みを浮かべた。
「最愛の姪と久々に再会したのですから、挨拶ぐらいするでしょう。
何か、不都合でも?」
あまりにも堂々とした有無を言わせぬ言動に、いつもは強引な取材陣すら黙らせてしまった。
「ウィーンで突然行方をくらまし、二年半もの間私たちに姿を見せませんでしたが、来栖さんはどこにいて何をされていたのですか」
取材陣から上がった質問に、秀一はにっこりと微笑んだ。
「世界ツアーの準備です。そう、お伝えしてあったと思いますが?」
「ですが!!
全ての仕事を突然キャンセルして行方を眩ましていたのはおかしいですよね!? 本当は、何かあったんじゃないですか?」
食らいつく記者に、秀一は氷のように冷たい視線を投げかけた。
「だったら、全てに嫌気がさして何もかも投げ出したくなり、酒池肉林を貪っていたと言ったら......あなたは満足ですか?」
質問した記者は、青ざめた顔で全身を震わせた。
今回は来栖財閥の創立記念パーティーの為に一時帰国しただけなので、すぐにウィーンに戻るつもりだと秀一は説明した。
「現在、来日ツアーを構想中ですので、近いうちに発表できればと思っております」
それを聞き、色めき立った取材陣だったが、中には長い間ブランクがあいてしまった秀一のピアノの腕に疑問をもつ者もいた。音楽業界からは秀一の自分勝手な振る舞いに非難が上がり、例え復帰したところで仕事が回ってこないのではと危惧する声もある。
「せっかく取材会場にピアノも用意されているわけですし、復帰記念ということで、ピアノを弾いてもらえませんか」
一人の勇気ある者の発言に、取材陣たちからどよめきと歓声が上がる。秀一は優美に微笑んだ。
「いいでしょう」
皆が、来栖秀一の復帰記念としてどんな曲を選ぶのだろうと固唾を飲んで見守る。秀一がピアノの前に腰掛け、スーツのボタンを1つ外し、軽く指をマッサージした。
緊張した空気がピリピリと張り詰める中、秀一の細く長い指先が鍵盤に触れた。
彼が演奏したのは、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲「エリーゼのために」だった。クラシックに明るくない者でも知っている、言わずと知れた名曲である。
だが、少しでも音楽のことが分かる人間にとっては、思ってもみなかった選択だった。
どうして来栖秀一は、この曲を選んだんだ!?
「エリーゼのために」は、ピアノの難易度で言えば初級より少し上。5年以上真面目にピアノの練習をコツコツ続けていれば、弾けるようになるぐらいのレベルだ。確かに、秀一の「エリーゼのために」は情感豊かで心揺さぶられる演奏で、素人が演奏するようなものとは雲泥の差だ。
だが、来栖秀一といえば、「ラ・カンパネッラ」を始めとするリストやラフマニノフの超絶技巧曲を弾きこなす程の天才ピアニストだ。どうして復帰記念としてあえてこの曲を選んだのか腑に落ちないし、納得いかなかった。
当然取材陣はこの曲を選んだ理由を尋ねたのだが、秀一は不敵な笑みを浮かべただけで、語ることはなかった。
しかもマスコミ嫌いの秀一が自ら記者会見を開き、音楽活動を再開すると宣言したのだ。ダークグレーのジレに同色のスーツ、深紫とダークグレーのピンストライプが斜めに入ったネクタイを締め、ティアドロップ型のサングラスを掛けて登場した秀一の存在感はより一層輝きを増していた。
当然取材陣からは、美姫との再会や彼女とパーティーで踊ったことについての質問が殺到した。
秀一は妖艶な笑みを浮かべた。
「最愛の姪と久々に再会したのですから、挨拶ぐらいするでしょう。
何か、不都合でも?」
あまりにも堂々とした有無を言わせぬ言動に、いつもは強引な取材陣すら黙らせてしまった。
「ウィーンで突然行方をくらまし、二年半もの間私たちに姿を見せませんでしたが、来栖さんはどこにいて何をされていたのですか」
取材陣から上がった質問に、秀一はにっこりと微笑んだ。
「世界ツアーの準備です。そう、お伝えしてあったと思いますが?」
「ですが!!
全ての仕事を突然キャンセルして行方を眩ましていたのはおかしいですよね!? 本当は、何かあったんじゃないですか?」
食らいつく記者に、秀一は氷のように冷たい視線を投げかけた。
「だったら、全てに嫌気がさして何もかも投げ出したくなり、酒池肉林を貪っていたと言ったら......あなたは満足ですか?」
質問した記者は、青ざめた顔で全身を震わせた。
今回は来栖財閥の創立記念パーティーの為に一時帰国しただけなので、すぐにウィーンに戻るつもりだと秀一は説明した。
「現在、来日ツアーを構想中ですので、近いうちに発表できればと思っております」
それを聞き、色めき立った取材陣だったが、中には長い間ブランクがあいてしまった秀一のピアノの腕に疑問をもつ者もいた。音楽業界からは秀一の自分勝手な振る舞いに非難が上がり、例え復帰したところで仕事が回ってこないのではと危惧する声もある。
「せっかく取材会場にピアノも用意されているわけですし、復帰記念ということで、ピアノを弾いてもらえませんか」
一人の勇気ある者の発言に、取材陣たちからどよめきと歓声が上がる。秀一は優美に微笑んだ。
「いいでしょう」
皆が、来栖秀一の復帰記念としてどんな曲を選ぶのだろうと固唾を飲んで見守る。秀一がピアノの前に腰掛け、スーツのボタンを1つ外し、軽く指をマッサージした。
緊張した空気がピリピリと張り詰める中、秀一の細く長い指先が鍵盤に触れた。
彼が演奏したのは、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲「エリーゼのために」だった。クラシックに明るくない者でも知っている、言わずと知れた名曲である。
だが、少しでも音楽のことが分かる人間にとっては、思ってもみなかった選択だった。
どうして来栖秀一は、この曲を選んだんだ!?
「エリーゼのために」は、ピアノの難易度で言えば初級より少し上。5年以上真面目にピアノの練習をコツコツ続けていれば、弾けるようになるぐらいのレベルだ。確かに、秀一の「エリーゼのために」は情感豊かで心揺さぶられる演奏で、素人が演奏するようなものとは雲泥の差だ。
だが、来栖秀一といえば、「ラ・カンパネッラ」を始めとするリストやラフマニノフの超絶技巧曲を弾きこなす程の天才ピアニストだ。どうして復帰記念としてあえてこの曲を選んだのか腑に落ちないし、納得いかなかった。
当然取材陣はこの曲を選んだ理由を尋ねたのだが、秀一は不敵な笑みを浮かべただけで、語ることはなかった。
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