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降臨
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1階ではパーティーの招待客と顔を合わせてしまうので、2階のお手洗いに行くと、個室の扉を閉めた。
「ウッ...ウゥッ......」
パーティーから抜け出したい......このまま、帰ってしまいたい。
そんなこと出来るはずないと分かっていても、そう思わずにはいられない。
自分の味方になってくれる人はいない。
この気持ちを理解してくれる人は......誰も、いない。
それでも、社長となる大和を支え、両親を安心させ、財閥を守っていかなければならない。
美姫は涙を抑えた。個室から出ると鏡に向かい、深呼吸すると崩れてしまった化粧を丁寧に直していった。
会場に戻り、両親の元へと歩いて行くと、大和の姿はそこになかった。
見回すと、現在はフランクフルト支社長となったクンツェルドルフと副支社長となった横山と談笑している。遠くにいるこちらにまで笑い声が聞こえてきそうなほど、楽しそうだった。
横山は、来栖財閥の中でも異例のスピード出世を遂げた。クンツェルドルフの熱烈な希望もあったが、それだけで横山が副支社長になれたわけではない。優秀な仕事ぶりや財閥への貢献度、そしてなんといっても彼の人望の厚さが彼を若くしてフランクフルト副支社長へのし上げたのだった。実際、横山がフランクフルトに行ってから業績はアップしている。
先日2週間、大和はドイツに出張していたので、その話をしに行ったのだろう。美姫は大和としばらく顔を合わせずに済んでホッとした。
両親と歓談していたのは、韓国の時にお世話になった長谷川だった。妻の琴美と娘の小百合も一緒だ。
「来栖社長、ご無沙汰しております。この度はパーティーにご招待下さり、ありがとうございます」
長谷川が誠一郎に丁寧にお辞儀をする。誠一郎は人のいい笑顔を浮かべると、お辞儀を返した。
「韓国訪問の際には、娘が大変世話になったそうで。特に、奥様とお嬢さんに良くしてもらったと聞いてるよ。
本当に、ありがとう」
長谷川は恐縮し、妻の琴美は謙遜して小さく手を振りながらも頬を緩ませた。韓国での支社務めを終えて来年度からは本社に戻ることが決定し、ようやく東京での暮らしに戻れるので琴美は嬉しくて堪らないのだ。
「小百合さん、お久しぶり」
美姫は懐かしそうに目を細めた。小百合も笑顔を見せたが、両親が美姫の両親と話をしていてこちらを見ていないことを確認すると、頬を膨らませた。
「もぉ、オルチャム! 結局、韓国に遊びに来てくれなかったじゃん!」
美姫は眉を下げ、肩を竦めた。
「ほんとにごめんね。行きたかったんだけど、仕事が忙しくて。
でも、来月ソウルに仕事で行く予定があるから、その時ぜひ案内して」
「え! もしかして、ソウルに『KURUSU』ショップをオープンするってこと?」
まだマスコミには正式に発表してないので、美姫は人差し指を軽く唇の前に立て、小さく頷いた。
「そうなの、それで、ね。
さすが小百合さん、勘がいいね」
小百合の表情がパッと華やぐ。高校を卒業し、大人っぽくなったように見えたが、まだこういうところは幼さが残っているなと、美姫は微笑ましくなった。
美姫は小百合に顔を寄せ、声を潜めた。
「例の彼氏とは、うまくいってる?」
小百合は『ん?』と首を傾げて暫く考えた後、「あぁ!」と声を上げた。少し離れたところに立っていた母親の琴美が明らかに不機嫌な視線を投げかけ、小百合は誤魔化すように笑みを見せた。
それから、ケロっとした顔で告げる。
「あれからすぐ別れちゃった」
「そ、そうなんだ......」
あんなに、悩んでたのに。
「それより、見てみて! これ、私のオッパ(ダーリン)!
読者モデルしてるのぉ、カッコイイでしょー!!」
小百合はこそっとスマホを取り出すと、美姫に画面を向けた。
茶髪の重めの前髪を斜めに流した韓国人に人気のヘアスタイルで、女子でも羨ましがりそうな艶のある白肌に一重の涼しげな目元が印象的な、いわゆる『塩顔男子』だった。
「素敵な人だね」
微笑んだ美姫に、小百合は興奮して捲し立てた。
「でしょー! 私のこといつも『ネ サラン(愛する人)』とか『ネッコ(自分のもの)』って呼んで、もぉ甘々に愛してくれるの。しかも兵役終えてて、私が東京行くことになったら留学するって言ってくれてるし」
ハートが飛びまくっている小百合の後ろから、「小百合、行きますよ!」と琴美の声が掛かった。
「はぁい! じゃね、オルチャム。
今度会った時に紹介するから、楽しみにしてて!」
小百合は嬉しそうに手を振り、去って行った。
あんな風に、簡単に気持ちを切り替えられたらどんなに楽だろう......
無邪気な小百合の背中を眺め、睫毛を伏せた。
「ウッ...ウゥッ......」
パーティーから抜け出したい......このまま、帰ってしまいたい。
そんなこと出来るはずないと分かっていても、そう思わずにはいられない。
自分の味方になってくれる人はいない。
この気持ちを理解してくれる人は......誰も、いない。
それでも、社長となる大和を支え、両親を安心させ、財閥を守っていかなければならない。
美姫は涙を抑えた。個室から出ると鏡に向かい、深呼吸すると崩れてしまった化粧を丁寧に直していった。
会場に戻り、両親の元へと歩いて行くと、大和の姿はそこになかった。
見回すと、現在はフランクフルト支社長となったクンツェルドルフと副支社長となった横山と談笑している。遠くにいるこちらにまで笑い声が聞こえてきそうなほど、楽しそうだった。
横山は、来栖財閥の中でも異例のスピード出世を遂げた。クンツェルドルフの熱烈な希望もあったが、それだけで横山が副支社長になれたわけではない。優秀な仕事ぶりや財閥への貢献度、そしてなんといっても彼の人望の厚さが彼を若くしてフランクフルト副支社長へのし上げたのだった。実際、横山がフランクフルトに行ってから業績はアップしている。
先日2週間、大和はドイツに出張していたので、その話をしに行ったのだろう。美姫は大和としばらく顔を合わせずに済んでホッとした。
両親と歓談していたのは、韓国の時にお世話になった長谷川だった。妻の琴美と娘の小百合も一緒だ。
「来栖社長、ご無沙汰しております。この度はパーティーにご招待下さり、ありがとうございます」
長谷川が誠一郎に丁寧にお辞儀をする。誠一郎は人のいい笑顔を浮かべると、お辞儀を返した。
「韓国訪問の際には、娘が大変世話になったそうで。特に、奥様とお嬢さんに良くしてもらったと聞いてるよ。
本当に、ありがとう」
長谷川は恐縮し、妻の琴美は謙遜して小さく手を振りながらも頬を緩ませた。韓国での支社務めを終えて来年度からは本社に戻ることが決定し、ようやく東京での暮らしに戻れるので琴美は嬉しくて堪らないのだ。
「小百合さん、お久しぶり」
美姫は懐かしそうに目を細めた。小百合も笑顔を見せたが、両親が美姫の両親と話をしていてこちらを見ていないことを確認すると、頬を膨らませた。
「もぉ、オルチャム! 結局、韓国に遊びに来てくれなかったじゃん!」
美姫は眉を下げ、肩を竦めた。
「ほんとにごめんね。行きたかったんだけど、仕事が忙しくて。
でも、来月ソウルに仕事で行く予定があるから、その時ぜひ案内して」
「え! もしかして、ソウルに『KURUSU』ショップをオープンするってこと?」
まだマスコミには正式に発表してないので、美姫は人差し指を軽く唇の前に立て、小さく頷いた。
「そうなの、それで、ね。
さすが小百合さん、勘がいいね」
小百合の表情がパッと華やぐ。高校を卒業し、大人っぽくなったように見えたが、まだこういうところは幼さが残っているなと、美姫は微笑ましくなった。
美姫は小百合に顔を寄せ、声を潜めた。
「例の彼氏とは、うまくいってる?」
小百合は『ん?』と首を傾げて暫く考えた後、「あぁ!」と声を上げた。少し離れたところに立っていた母親の琴美が明らかに不機嫌な視線を投げかけ、小百合は誤魔化すように笑みを見せた。
それから、ケロっとした顔で告げる。
「あれからすぐ別れちゃった」
「そ、そうなんだ......」
あんなに、悩んでたのに。
「それより、見てみて! これ、私のオッパ(ダーリン)!
読者モデルしてるのぉ、カッコイイでしょー!!」
小百合はこそっとスマホを取り出すと、美姫に画面を向けた。
茶髪の重めの前髪を斜めに流した韓国人に人気のヘアスタイルで、女子でも羨ましがりそうな艶のある白肌に一重の涼しげな目元が印象的な、いわゆる『塩顔男子』だった。
「素敵な人だね」
微笑んだ美姫に、小百合は興奮して捲し立てた。
「でしょー! 私のこといつも『ネ サラン(愛する人)』とか『ネッコ(自分のもの)』って呼んで、もぉ甘々に愛してくれるの。しかも兵役終えてて、私が東京行くことになったら留学するって言ってくれてるし」
ハートが飛びまくっている小百合の後ろから、「小百合、行きますよ!」と琴美の声が掛かった。
「はぁい! じゃね、オルチャム。
今度会った時に紹介するから、楽しみにしてて!」
小百合は嬉しそうに手を振り、去って行った。
あんな風に、簡単に気持ちを切り替えられたらどんなに楽だろう......
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