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求める心

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 仕事を終えた美姫は、後部座席のシートに深く凭れた。大学を卒業してから仕事1本になったので少しは忙しさが軽減されるかと思ったが、本腰を入れて取り組むようになってから忙しさは増すばかりだった。

 だが仕事が忙しければ忙しいほど家でのことを忘れられるので、助かってもいた。

 運転手の畑中との付き合いはもう1年以上になる。今の美姫にとって、行き帰りの車内は最も心が落ち着く空間となっていた。

 ボリュームを落として流してくれるボサノヴァを耳の遠くで聞くうちに躰が弛緩し、美姫はゆっくりと瞼を閉じて身を任せた。

「社長、ご自宅に着きましたよ」

 未だ『チーフ』という言葉に馴染めない畑中は、美姫のことを『社長』と呼んでいた。美姫もこの頃では諦め、訂正しなくなった。

「畑中さん、いつもありがとうございます。明日もまた、よろしくお願いします」

 ちょこんとお辞儀をする美姫に、畑中は帽子をとって笑顔で頭を下げた。

「はい、ではまた明日の朝お迎えにあがりますね。
 ゆっくりお休み下さい」

 まだぼんやりした頭のまま走り去る車を見送り、マンションの方へ躰を向けようとした途端、


「ンンッ!!!」


 いきなり後ろから口を塞がれ、腕を後ろ手に回された。抵抗する間もなく首の後ろに大きな衝撃が走り、美姫は気を失った。

 ぼんやりと意識が浮上していく中、違和感を感じて重い瞼を開けた。

 見覚えのない革張りのソファの上に転がされている。口は布で塞がれ、手首と足首は縄で縛られており、明らかに何者かの手によって連れ去られたのだと認識した。

 意識が途切れる前、車から降りたところで後ろから襲われたのだと思い出す。

 いったいここはどこなの?
 どうして私は、こんなところに連れてこられたの?

 唯一自由な首を動かすと、重厚なガラステーブルを挟んだ向かい側に1人掛けの革張りソファが2つ並んでいるのが見えた。その1つには男のものと思われる足があり、そこから追っていくと青と黄色の縞柄の派手なシャツを着た角刈りの若い男の視線とぶつかった。

「あ! 目ぇ覚ましたみたいっすよ!」

 気づいた男が、すかさず声を上げた。

「おぅ、起きたか」

 白髪の混じった髪をオールバックで纏め、サングラスを掛けた全身黒スーツの強面の中年男が美姫の顔を覗き込む。その後ろからも別の男が覗き込み、興味深そうに美姫を見つめていた。

 年齢不詳のその男は、肌や眉毛、睫毛、髪の毛に至るまで真っ白だったが、染めたというよりは色素が全て抜け落ちてしまったような白さだった。瞳はライトグレーではあるものの、秀一のようにはっきりと色を持っているのではなく、色素が薄くなったがゆえの色味をしている。しかも、上から下まで全身白のスーツに白い革靴を履いていた。美しい顔立ちではあるが、まるで人工的な美しさというか異星人のようにも感じ、細くて釣り上がった目にはどこかしらゾクッとさせるものがあった。

「TVでは見た事あったけど、実際見るとほんまべっぴんさんやねぇ」
「おめぇ、変な気起こすんじゃねぇぞ! 手は出すなって組長からきつく言われてんだからな」
「へぇへぇ、分かっとります」

 関西弁を喋るキツネ目の男の首筋には、二匹の蛇が絡みつきながら噛み付いている刺青が彫られていた。オールバックの中年男の両方の手の甲にも刺青が彫られており、恐らくそれは、腕全体から肩にまで続いている感じだった。

 どう見ても、堅気の人間ではない。
 
 美姫の動悸が激しくなり、背中が汗でべったりと張り付いてくる。


 この人たち、誰なの.......
 
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