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歪み

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「美姫ー!」

 薫子が手を振り、美姫も笑顔で応えた。その隣には悠が当然ながらいたが、陽子や真奈美も一緒だった。美姫は一瞬真奈美を見て驚いたものの、陽子から真奈美が薫子の友人だと聞かされたことを思い出し、納得した。

 大和に対して恋心はなくなったとはいえ、まだ調書の報告にあった大和と真奈美が親しくランチをしていたことは心の中に引っかかっている。真奈美とはあまり関わりたくなかった。

 美姫は、薫子に尋ねた。

「今日、しーちゃんは?」
「お義母様に預けてきたの。本当は連れて来たかったんだけど、式の最中に迷惑がかかるといけないと思って」

 薫子は薄橙の小袖を着ていた。美姫は、薫子とともに卒業できなかったことを寂しく思いつつも、こうして式で会えたことを嬉しく思った。

 大和も悠も袴姿だった。青学の二大イケメンが揃い、女子たちの視線が集中する。だが二人とも今は美姫と薫子という、到底太刀打ちできない伴侶がいるため、遠巻きに見つめているだけだった。

 大和が悠の肩に手を回す。

「お前、卒業生代表のスピーチだろ? 中等部から大学まで、ほんっとご苦労だな」

 にやついた大和の手を、迷惑そうに悠が払い退ける。自分よりも10センチほど背が高い大和に対して密かにコンプレックスを抱いているので、こうされるのは、特に薫子の前では嫌なのだ。

「別に大したことない」
「ほんっと、愛想ないよなー。子供が生まれて変わったと思ったけど、こういうとこは全然変わってないな」
「余計な御世話だ」

 大和と悠のやり取りを聞いて、陽子は声を上げて笑った。

「あぁー、『無口でクールな王子』と『爽やかイケメン男子』のやり取りが久々に聞けて嬉しいわ」
「ちょっ!なんだよ、それ......」
「えっ、大和くん知らないの? 『爽やかイケメン男子』って呼ばれてたの」
「うわっ、んな風に言われてたのかよ......恥ずかしいな」
「俺は知ってた」
「悠!お前知ってたのかよ!」

 陽子がまた笑い、薫子も楽しそうに聞いている。美姫もまたそんな二人に笑いながらも、少し距離を置いていた。
 
 陽子は、美姫に明るく手を振った。

「美姫さん、久しぶりが卒業式だなんて、残念!」
「私も」

 陽子とは気が合いそうな気がしていたので、もっと仲良くなれたらよかったのにという思いがあった。彼女のさばさばしていて明るい性格が好きだった。

 陽子は出版社への入社が決まっている。編集の仕事に就き、いつかは純文学の作家を担当したいと以前に夢を語ってくれた。

 真奈美は美姫の存在を無視し、大和の腕に自分の手を絡ませた。薄桃の地に桜や牡丹が様々な濃淡のピンクで描かれた艶やかな二尺袖に目の覚めるようなショッキングピンクの袴を履き、アップにして逆毛にして巻いたボリュームのあるヘアスタイルに合わせて大きな蝶の髪飾りをつけている。

「ねぇ大和ぉ、せっかくの卒業式なんだから一緒に写真撮ろうよ!」

 大和は真奈美の絡んでくる手を振り切り、美姫に向かって困ったような笑みを見せた。

「だったらみんなで撮ろうぜ! 俺、誰か写真撮ってくれる人探してくる!」

 大和が声を掛けに行っている間、真奈美が美姫の背中越しにボソッと呟いた。

「あん時、来栖秀一んとこ追いかけてったらよかったのに」

 美姫はハッとして、真奈美を振り返った。

 その一言で、大和にレナードとの写真を送ったのは真奈美だったのだと分かった。黙って見つめる美姫に、真奈美は睨み上げた。

「なにー、文句でもあるの? 私、『見張っとるでね!』って前に言ったが」

 真奈美を責める権利は、自分にはない。そう思った美姫は、俯いた。

「安心しやー、あの写真は他にばら撒く気はないで。いっとくけど、大和の為だでね!
 大和と約束、したから」

 真奈美は大和を視線で追いかけながら、そう言った。

 大和と真奈美が学生食堂で会っていた時の写真が脳裏に浮かんだ。『大和と約束』と言われて気になるものの、今の美姫には大和は私の夫だと声高に責めることなど出来ない。

 自分が秀一の元へと行きかけたことを知らなければ、大和はあそこまで追い詰められることはなかったんだろうか。千代菊と浮気など、することはなかったんだろうか。

 そんな思いが過った後、そんなことはないと否定する。

 きっと私たちはもう、ずっと以前から歪みが生まれていたんだ......
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