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幸せな女と幸せを演じる女
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「ごめんねぇ、家が散らかってて」
玄関に立てられたゲート越しに、薫子が申し訳なそうな顔をした。ゲートの向こう側には積み木やお人形、絵本や掃除機のおもちゃなどがそこら中に散らばっている。
「大丈夫、大丈夫。気にしないで」
美姫はゲートを開けようとしたものの、開け方が分からず四苦八苦していると、薫子が手を掛け、開けてくれた。
「ゲートつけてても最近は知恵がついてきて、ここをよじ登って外に出ようとするから困ってるの」
そう言った途端、奥からは「ママぁーーー!!!」と呼ぶ甲高い声が聞こえた。
「あ! はいはい! ちょっとごめんね、見てくる。
はぁい、しーちゃんどうしたのぉ?」
忙しなく、バタバタと薫子は奥の部屋へ向かった。
薫子、忙しそう......
美姫は渡しそびれたお土産を手にし、あまりの自分との環境の違いに戸惑った。
畳の部屋には、先ほどよりも更に大量のおもちゃが溢れていた。狭い部屋の中に、ブランコ付きのジャングルジムまで置かれている。
「す、すごいね......」
圧倒されていると、薫子は詩織を膝に乗せ、絵本を広げながら答えた。
「お義母様がいらっしゃる度におもちゃを持ってくるから、増えちゃって。洋服も、タンスに入りきらないぐらい。
悠が何度も、『そんなにいらないし、置く場所もない』って言ってるんだけど......」
薫子が言い終わらないうちに、絵本を開いたのに読み始めない母親の気を引こうと、詩織が薫子の髪の毛を引っ張った。
「まぁま! むー! むー!」
詩織に髪の毛を引っ張られて首を傾けながら、薫子はなんとか娘の気を逸らそうとした。
「はい、読むのね。ほら、その前にしーちゃんご挨拶は?
『こんにちは』って言ってごらん?」
「むーむー! むーむー!」
だが、詩織は更にイライラを募らせ、真っ赤な顔をして首を振ると本をバンバン叩いた。
「あぁ、はいはい。本は叩いちゃだめよ。
ごめんね、美姫。しーちゃんに絵本読んであげるってお約束してたから、これだけ読ませてもらってもいいかな?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
母親に気持ちを向けてもらえた詩織は、嬉しそうに絵本の中の犬を指差した。
「わんわん!」
「そう! わんわんだねー。
じゃぁ、これは誰かな?」
「にゃーにゃ!」
薫子と詩織のやり取りを見ながら、美姫は微笑んだ。
わぁ、薫子。ほんとにお母さんなんだなー。
すごく、幸せそう。
大和と結婚した時、自分もいつかは子供を持つものだと思っていた。きっと大和なら子煩悩な父親になりそうだと、未来を思い描いていた。
今の美姫には、子供を持つどころか、大和と躰を重ねることすら考えられない。
美姫はそっと睫毛を伏せた。
本を読み終えた薫子は、顔を上げて美姫に視線を向けた。
「ごめんね、美姫。ここで読まないと癇癪起こしちゃって、もっと大変なことになるから......」
「気にしなくていいって!
あ、ケーキ持ってきたの。しーちゃんには赤ちゃん用のおやつ、買ってきたよ」
ようやくここで、渡すことが出来た。
「ありがとう! じゃ、お茶入れるね」
そう言って立ち上がろうとするその先から、詩織が薫子に抱きつく。
「まぁまー!」
「しーちゃん、ママちょっとお茶入れてくるから、美姫お姉さんと待っててくれるかな?
すぐ戻ってくるから、ね?」
『美姫お姉さん』と薫子に呼ばれて照れつつも、美姫もそれに応えるように詩織に手を差し伸べた。
「しーちゃん一緒に遊ぼ?
ねぇ、しーちゃんのおもちゃ、お姉さんに見せてくれるかな?」
それでも詩織は薫子から離れようとしない。
「まぁま! だー! だー!」
今度は手を伸ばし、抱っこを要求する。
薫子は片手で詩織を抱っこし、もう片方に美姫からもらったお土産の袋を持った。
「え! 持つよ、私?」
美姫が慌てて袋を持とうとすると、薫子は笑顔を向けた。
「大丈夫。いつものことだから」
薫子は器用に袋をキッチンに置くとケーキの箱を開けた。
「何か、手伝うよ」
キッチンで声を掛けた美姫に、薫子はお茶の用意をお願いした。まだ台所の棚にはシルバードーニーズの茶葉が残っていたので、それを入れることにした。
これをあげたのは大分前なのに......ゆっくりお茶を飲む暇もない程、忙しいってことなのかな。
美姫も多忙な毎日を過ごしてはいるが、忙しさの種類が全然違う。
薫子は詩織を片手で抱いたまま、ケーキの皿と子供用のボウルを取り出し、フォークをセットしていた。あの、か弱かった薫子からは想像できない姿だ。
何もかも、変わってしまったんだ......
ケーキを切り分ける美姫の手の動きが、ゆっくりになった。
玄関に立てられたゲート越しに、薫子が申し訳なそうな顔をした。ゲートの向こう側には積み木やお人形、絵本や掃除機のおもちゃなどがそこら中に散らばっている。
「大丈夫、大丈夫。気にしないで」
美姫はゲートを開けようとしたものの、開け方が分からず四苦八苦していると、薫子が手を掛け、開けてくれた。
「ゲートつけてても最近は知恵がついてきて、ここをよじ登って外に出ようとするから困ってるの」
そう言った途端、奥からは「ママぁーーー!!!」と呼ぶ甲高い声が聞こえた。
「あ! はいはい! ちょっとごめんね、見てくる。
はぁい、しーちゃんどうしたのぉ?」
忙しなく、バタバタと薫子は奥の部屋へ向かった。
薫子、忙しそう......
美姫は渡しそびれたお土産を手にし、あまりの自分との環境の違いに戸惑った。
畳の部屋には、先ほどよりも更に大量のおもちゃが溢れていた。狭い部屋の中に、ブランコ付きのジャングルジムまで置かれている。
「す、すごいね......」
圧倒されていると、薫子は詩織を膝に乗せ、絵本を広げながら答えた。
「お義母様がいらっしゃる度におもちゃを持ってくるから、増えちゃって。洋服も、タンスに入りきらないぐらい。
悠が何度も、『そんなにいらないし、置く場所もない』って言ってるんだけど......」
薫子が言い終わらないうちに、絵本を開いたのに読み始めない母親の気を引こうと、詩織が薫子の髪の毛を引っ張った。
「まぁま! むー! むー!」
詩織に髪の毛を引っ張られて首を傾けながら、薫子はなんとか娘の気を逸らそうとした。
「はい、読むのね。ほら、その前にしーちゃんご挨拶は?
『こんにちは』って言ってごらん?」
「むーむー! むーむー!」
だが、詩織は更にイライラを募らせ、真っ赤な顔をして首を振ると本をバンバン叩いた。
「あぁ、はいはい。本は叩いちゃだめよ。
ごめんね、美姫。しーちゃんに絵本読んであげるってお約束してたから、これだけ読ませてもらってもいいかな?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
母親に気持ちを向けてもらえた詩織は、嬉しそうに絵本の中の犬を指差した。
「わんわん!」
「そう! わんわんだねー。
じゃぁ、これは誰かな?」
「にゃーにゃ!」
薫子と詩織のやり取りを見ながら、美姫は微笑んだ。
わぁ、薫子。ほんとにお母さんなんだなー。
すごく、幸せそう。
大和と結婚した時、自分もいつかは子供を持つものだと思っていた。きっと大和なら子煩悩な父親になりそうだと、未来を思い描いていた。
今の美姫には、子供を持つどころか、大和と躰を重ねることすら考えられない。
美姫はそっと睫毛を伏せた。
本を読み終えた薫子は、顔を上げて美姫に視線を向けた。
「ごめんね、美姫。ここで読まないと癇癪起こしちゃって、もっと大変なことになるから......」
「気にしなくていいって!
あ、ケーキ持ってきたの。しーちゃんには赤ちゃん用のおやつ、買ってきたよ」
ようやくここで、渡すことが出来た。
「ありがとう! じゃ、お茶入れるね」
そう言って立ち上がろうとするその先から、詩織が薫子に抱きつく。
「まぁまー!」
「しーちゃん、ママちょっとお茶入れてくるから、美姫お姉さんと待っててくれるかな?
すぐ戻ってくるから、ね?」
『美姫お姉さん』と薫子に呼ばれて照れつつも、美姫もそれに応えるように詩織に手を差し伸べた。
「しーちゃん一緒に遊ぼ?
ねぇ、しーちゃんのおもちゃ、お姉さんに見せてくれるかな?」
それでも詩織は薫子から離れようとしない。
「まぁま! だー! だー!」
今度は手を伸ばし、抱っこを要求する。
薫子は片手で詩織を抱っこし、もう片方に美姫からもらったお土産の袋を持った。
「え! 持つよ、私?」
美姫が慌てて袋を持とうとすると、薫子は笑顔を向けた。
「大丈夫。いつものことだから」
薫子は器用に袋をキッチンに置くとケーキの箱を開けた。
「何か、手伝うよ」
キッチンで声を掛けた美姫に、薫子はお茶の用意をお願いした。まだ台所の棚にはシルバードーニーズの茶葉が残っていたので、それを入れることにした。
これをあげたのは大分前なのに......ゆっくりお茶を飲む暇もない程、忙しいってことなのかな。
美姫も多忙な毎日を過ごしてはいるが、忙しさの種類が全然違う。
薫子は詩織を片手で抱いたまま、ケーキの皿と子供用のボウルを取り出し、フォークをセットしていた。あの、か弱かった薫子からは想像できない姿だ。
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