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諦めきれない思い
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「智子さん!!」
もしかして、秀一さんがここにいるの!?
美姫の心臓がドクン、と大きく跳ねた。
智子は階段を登りきると、美姫の袖を掴んだ。乱れた息を整えながら、話し始める。
「ハァッ、ハァッ......曲、終わって振り向いたら......ハァッ、ハァッ......美姫、さんが......見えた、から...... ハァッ、ハァッ」
必死な智子の態度に、美姫の動揺が大きくなる。
バクバクする心臓を抑えながら、智子に尋ねた。
「いつ、ウィーンから帰国されたんですか?
しゅ、いちさんは......一緒、なんですか?」
智子は美姫を見上げて眉を寄せた。
「レナードさんから、聞いてないんですか? 私、とっくの昔に来栖さんのマネージャーを辞めて日本に帰ってきてたんですよ」
え、そんな......
レナードからは、智子が秀一に手紙を渡したという話は聞いていたが、その後、帰国したことは聞いていなかった。彼の頭の中には秀一のことしかなく、そんな余裕などなかったのだろう。
智子は一旦腕時計に目を落とすと、再び美姫を見上げた。
「少しお時間ありますか。
私、美姫さんに謝りたいことがあるんです」
ホールを出て、ロビーの奥のベンチに智子と並んで腰掛ける。
智子は白いシャツに黒のタイトスカートと変わらぬ服装だったが、その表情はおどおどしていた以前とは違い、キリッとした印象へと変化していた。
「さっき、美姫さんが聴いていたあの演奏。そこで、ヴァイオリンを独奏していた青柳えいみのマネージャーをしてるんです」
「そうなんですか。とても引き込まれる魅力的な演奏で、才能ある方だなって思いました」
智子は、自分のことのように嬉しそうに笑った。
「まだ17歳と若いですが、彼女は才能ありますよ。あの子の演奏を聴いた時、初めて来栖さんの演奏を聴いた時のことを思い出しました。
......今度は大切に、でも厳しく育てていくつもりです」
智子の瞳には、決意が籠っていた。
智子は鞄からペットボトルのお茶を取り出し、口に含むと息を吐いた。
「私ね、来栖さんのマネージャーしてた時は、マネージャーというよりは下僕みたいなもんだったんですよね。仕事でもプライベートでも、全て彼の指示に黙って従うだけでした。
でも私は彼の才能を愛していたし、自分の人生全てを捧げても構わないと思っていたんです。盲目的な信者でした。ふふっ、まぁあの人は本当に特別ですよね。彼のカリスマ性の前では、誰もが跪いてましたから。
そんな来栖秀一でもどうにか出来なかった存在が、美姫さんなんですよね。
......ウィーンに着いた時の彼の放心ぶり、凄まじかったですよ。まさに、人形でした」
智子は秀一を『過去』の人物として語っていた。辛いこともいっぱいあったが昇華させ、思い出として笑って語れる段階にまできていることが窺えた。
それを美姫に語っているのは、美姫も大和という伴侶を得て幸せに暮らしていて、秀一が思い出になっているのだと信じて疑わないからだった。
言い出すタイミングを見計らいかねるような、変な間が空いた。智子がペットボトルを隣に置くと、誰もいないロビーに実際よりも大きな反響音が広がっていく。
「私......美姫さんに嘘をつきました。来栖さんへの手紙を託された時、『必ず、渡します』って答えましたが、渡すつもりなんてなかったんです。
来栖さんを捨てた美姫さんなんかじゃなく、私が来栖秀一を立ち直らせてみせるって息巻いてたんです。女の意地もあったし、嫉妬もあったのかなって思います。
でも、来栖さんはいつまで経っても立ち直る気配はなくて、私はそのうちだんだん焦りを感じるようになりました。
このままでは、ザルツブルク音楽祭に出演することも叶わない。そうしたら、『世界に誇るピアニスト』は日の目を見ることもなく、私はあなたの鼻を明かすことが出来なくなる。
そんな思いから、私はようやく美姫さんから託された手紙を来栖さんに渡したんです」
もしかして、秀一さんがここにいるの!?
美姫の心臓がドクン、と大きく跳ねた。
智子は階段を登りきると、美姫の袖を掴んだ。乱れた息を整えながら、話し始める。
「ハァッ、ハァッ......曲、終わって振り向いたら......ハァッ、ハァッ......美姫、さんが......見えた、から...... ハァッ、ハァッ」
必死な智子の態度に、美姫の動揺が大きくなる。
バクバクする心臓を抑えながら、智子に尋ねた。
「いつ、ウィーンから帰国されたんですか?
しゅ、いちさんは......一緒、なんですか?」
智子は美姫を見上げて眉を寄せた。
「レナードさんから、聞いてないんですか? 私、とっくの昔に来栖さんのマネージャーを辞めて日本に帰ってきてたんですよ」
え、そんな......
レナードからは、智子が秀一に手紙を渡したという話は聞いていたが、その後、帰国したことは聞いていなかった。彼の頭の中には秀一のことしかなく、そんな余裕などなかったのだろう。
智子は一旦腕時計に目を落とすと、再び美姫を見上げた。
「少しお時間ありますか。
私、美姫さんに謝りたいことがあるんです」
ホールを出て、ロビーの奥のベンチに智子と並んで腰掛ける。
智子は白いシャツに黒のタイトスカートと変わらぬ服装だったが、その表情はおどおどしていた以前とは違い、キリッとした印象へと変化していた。
「さっき、美姫さんが聴いていたあの演奏。そこで、ヴァイオリンを独奏していた青柳えいみのマネージャーをしてるんです」
「そうなんですか。とても引き込まれる魅力的な演奏で、才能ある方だなって思いました」
智子は、自分のことのように嬉しそうに笑った。
「まだ17歳と若いですが、彼女は才能ありますよ。あの子の演奏を聴いた時、初めて来栖さんの演奏を聴いた時のことを思い出しました。
......今度は大切に、でも厳しく育てていくつもりです」
智子の瞳には、決意が籠っていた。
智子は鞄からペットボトルのお茶を取り出し、口に含むと息を吐いた。
「私ね、来栖さんのマネージャーしてた時は、マネージャーというよりは下僕みたいなもんだったんですよね。仕事でもプライベートでも、全て彼の指示に黙って従うだけでした。
でも私は彼の才能を愛していたし、自分の人生全てを捧げても構わないと思っていたんです。盲目的な信者でした。ふふっ、まぁあの人は本当に特別ですよね。彼のカリスマ性の前では、誰もが跪いてましたから。
そんな来栖秀一でもどうにか出来なかった存在が、美姫さんなんですよね。
......ウィーンに着いた時の彼の放心ぶり、凄まじかったですよ。まさに、人形でした」
智子は秀一を『過去』の人物として語っていた。辛いこともいっぱいあったが昇華させ、思い出として笑って語れる段階にまできていることが窺えた。
それを美姫に語っているのは、美姫も大和という伴侶を得て幸せに暮らしていて、秀一が思い出になっているのだと信じて疑わないからだった。
言い出すタイミングを見計らいかねるような、変な間が空いた。智子がペットボトルを隣に置くと、誰もいないロビーに実際よりも大きな反響音が広がっていく。
「私......美姫さんに嘘をつきました。来栖さんへの手紙を託された時、『必ず、渡します』って答えましたが、渡すつもりなんてなかったんです。
来栖さんを捨てた美姫さんなんかじゃなく、私が来栖秀一を立ち直らせてみせるって息巻いてたんです。女の意地もあったし、嫉妬もあったのかなって思います。
でも、来栖さんはいつまで経っても立ち直る気配はなくて、私はそのうちだんだん焦りを感じるようになりました。
このままでは、ザルツブルク音楽祭に出演することも叶わない。そうしたら、『世界に誇るピアニスト』は日の目を見ることもなく、私はあなたの鼻を明かすことが出来なくなる。
そんな思いから、私はようやく美姫さんから託された手紙を来栖さんに渡したんです」
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