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失ったもの

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「来栖チーフ、河原さんって方からお電話が入ってます」

 秘書の内田から声を掛けられ、美姫はハッとした。カレンダーを確認すると、契約した日から1ヶ月が経っていた。

 現実から目を背ける為、ずっと河原に連絡せず、そのまま調査は続いていたのだ。

 美姫は緊張した面持ちで受話器を取った。

「はい、代わりました、来栖です」
『調査期間が終了しましたので、これから報告書を作成します。
 作成には1週間ほどかかりますので、その時にオフィスにお伺いしてもよろしいですか』

 もう、報告なんて聞きたくない......

 それが美姫の正直な気持ちだったが、浮気調査の為に河原や部下たちが相当な時間を費やしてくれたのだから、報告書を受け取るだけはしなければならないと思った。

「では、1週間後の午後12時にオフィスに来て頂けますか」

 殆どの人間がオフィスから出て行くランチタイムを、美姫は指定した。

 1週間後、約束通り河原が美姫のオフィスを訪ねた。

 河原は、徐にノートパソコンを取り出した。

「映像があれば、もっと分かりやすいと思いますので。
 それから、こちらは詳細な報告書になります」

 受け取った報告書には、大和の行動が分単位で細かく記載されていた。経過報告には、その日の全体の流れや主な動きについて書かれていただけだったので、ここまできっちり仕事をしていたことに驚いた。

 報告書には写真も添付され、分かりやすく纏まっている。その中には、千代菊の写ったものもあるのだと思うと、美姫はその先に頁を進めることが出来なかった。

 美姫が報告書を見ている間に、河原は作成したDVDを差し込んでいた。映像が始まるまでの間、美姫は息苦しさを覚えた。

 DVDが始まると、河原は映像を見ながら詳しく説明をしてくれた。だがそれは、美姫にとっては苦痛以外の何物でもなかった。

 大和はその後も千代菊と会い、同じラブホテルに行っていた。一度限りの関係ではなかったことを知り、益々気持ちが沈んだ。

「取り付けたボイスレコーダーは回収しましたか」

 河原に聞かれ、美姫は小さく首を振った。

 報告書を作成する際に、自宅と車に取り付けたボイスレコーダーを回収して渡して欲しいと頼まれたのだが、美姫はそれはもういいと断ったのだ。大和と千代菊の艶っぽい会話など、聞きたくなかった。

 河原は大きく息を吐き出した後、ゆっくりと言い聞かせるように話した。

「ボイスレコーダーの内容を聞くかどうかは来栖さんの判断ですが、あれを回収しないと後々に見つかった時にトラブルになりかねませんので、早めに回収して下さいね」

 それから、今後についてのことも聞かれた。

 河原の事務所ではアフターフォローにも力を入れている。もし離婚を望むのであれば、その分野に強い弁護士を紹介し、裁判に必要な書類作成等も行い、サポートする。復縁を望んでいるのなら、夫婦同席の場を設けて専門家やカウンセリングを紹介することも出来る。

 だが、美姫はどれも望まなかった。

「辛いかとは思いますが、ここで報告書全てに目を通して頂けますか。問題がなければ正式に調査は終了となり、請求書をお渡ししますので」

 報告書には目を通さず、そのまま捨ててしまおうと衝動的に考えていたことを察したかのように思われ、美姫は思わず俯いた。
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