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調査
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今までは、躰を重ねることはなくても、大和が自分を大事にしてくれていると感じることが出来ていた。その望みの糸を繋ぐことにより、美姫はなんとか今までやってこられた。
それが、今ではもう......その糸は、大和によってプッツリと断ち切られた。
愛したいのに......
愛されたいのに......
ふたりの距離は離れていくばかりで、どうしたらいいのか分からない。
いっそ思いの丈を全て打ち明けてしまおうかと思いつつも、これ以上距離を置かれたらと思うと、怖くて出来なかった。
そんな折、美姫はまたしても大和のシャツに例の香の匂いが染み付いているのに気づいた。間違いなく、以前と同じ匂いだった。
なんで私じゃなく、あの女の人を大和は選ぶの......
美姫はシャツをくしゃくしゃに丸め、カゴに向かって投げつけた。
大和の胸ポケットから千社札を見つけた翌日、美姫はネットで赤坂で働いている芸妓に『千代菊』がいるか調べた。
彼女は、美姫が大和の家族と顔合わせした赤坂の料亭付きの芸妓だった。ウェブサイトには、彼女の経歴と共に写真も添えてあった。
年は30代半ば、といったところだろうか。白粉で塗り固めた化粧をしているので素顔は分からないが、特に美人といったわけでも、目立つような容姿でもない。美姫が赤坂の料亭で会った芸妓の中には、彼女よりも若く、綺麗な者もいたというのに、なぜ大和が千代菊を選んだのか疑問だった。
この女ひとには、私が到底及ばない、魅力があるってことなの……?
どうしようもなくどす黒く醜い感情が渦巻いていく。10歳以上も年上で、容姿もそれほど際立っているわけではない女性に負けたのだと思うと、自分という存在を、妻という立場を貶められた気分になった。
もう、知らないフリは出来ない......
事実なのか、確認したい。
けれど、本人に直接尋ねる勇気はなかった。もし間違いだとしたら、美姫が大和を疑っていたことを知った彼を傷つけ、夫婦関係に亀裂をもたらしてしまうかもしれない。
美姫は、慎重に事を進めることにした。
大和と一番行動を共にしているのは、秘書の村田だ。彼なら大和のスケジュールを把握しているし、浮気相手のことだけでなく、浮気していること自体知っている可能性もある。
きっと村田さんなら両親にも誰にも話さず、ひとり胸に抱えているはず。
村田さんは私に話したくないだろうけど、会って聞いてみよう。
大和が大学に行っている間を見計らって本社を訪ね、秘書の村田に会いに行った。村田とは時折仕事のやり取りをしているので、二人で会ったところで疑われることはない。
その日も村田は、当然仕事の話で美姫が訪ねてきたのだと思っていた。だが、部屋に通された途端、単刀直入に美姫は尋ねた。
「村田さん。大和の浮気相手について、教えていただけませんか」
村田はショック死するのではないかと思うほどに目を剥き、唇を戦慄かせた。
一切の疑問を排除した、清々しいまでに確信に満ちた響き。それは、村田に言い訳する余地すら与えない。美姫が少しでも揺らぎを見せれば、村田が大和の浮気を否定し、隠すであろうことは分かっていた。
だからこそ、美姫は覚悟を決めて挑んだ。
村田は美姫の表情を確認すると、大和を擁護することを諦めた。
元々、村田は誠一郎の秘書であり、美姫を娘のように可愛がっていた。大和の秘書となった今も、美姫に肩入れする気持ちの方が大きい。また、実のところ、大和の不審な行動を美姫に打ち明けるべきかずっと思い悩んでもいたのだった。
「お嬢様......ご存知、だったのですか」
痛ましそうに自分を見つめる村田の視線を受け止めきれず、美姫は俯いた。虚勢を張って声と表情は凛としていたものの、美姫の心の内は嵐で吹き荒んでいた。
「......赤坂の芸妓さん、なんでしょ?
千代菊さん?」
村田の顔色が土気色に変わっていく。
「そこまで......知っているのですね」
胸が真っ二つに引き裂かれた痛みで、大声で叫び出したかった。けれど、涙は一滴も出なかった。
それが、今ではもう......その糸は、大和によってプッツリと断ち切られた。
愛したいのに......
愛されたいのに......
ふたりの距離は離れていくばかりで、どうしたらいいのか分からない。
いっそ思いの丈を全て打ち明けてしまおうかと思いつつも、これ以上距離を置かれたらと思うと、怖くて出来なかった。
そんな折、美姫はまたしても大和のシャツに例の香の匂いが染み付いているのに気づいた。間違いなく、以前と同じ匂いだった。
なんで私じゃなく、あの女の人を大和は選ぶの......
美姫はシャツをくしゃくしゃに丸め、カゴに向かって投げつけた。
大和の胸ポケットから千社札を見つけた翌日、美姫はネットで赤坂で働いている芸妓に『千代菊』がいるか調べた。
彼女は、美姫が大和の家族と顔合わせした赤坂の料亭付きの芸妓だった。ウェブサイトには、彼女の経歴と共に写真も添えてあった。
年は30代半ば、といったところだろうか。白粉で塗り固めた化粧をしているので素顔は分からないが、特に美人といったわけでも、目立つような容姿でもない。美姫が赤坂の料亭で会った芸妓の中には、彼女よりも若く、綺麗な者もいたというのに、なぜ大和が千代菊を選んだのか疑問だった。
この女ひとには、私が到底及ばない、魅力があるってことなの……?
どうしようもなくどす黒く醜い感情が渦巻いていく。10歳以上も年上で、容姿もそれほど際立っているわけではない女性に負けたのだと思うと、自分という存在を、妻という立場を貶められた気分になった。
もう、知らないフリは出来ない......
事実なのか、確認したい。
けれど、本人に直接尋ねる勇気はなかった。もし間違いだとしたら、美姫が大和を疑っていたことを知った彼を傷つけ、夫婦関係に亀裂をもたらしてしまうかもしれない。
美姫は、慎重に事を進めることにした。
大和と一番行動を共にしているのは、秘書の村田だ。彼なら大和のスケジュールを把握しているし、浮気相手のことだけでなく、浮気していること自体知っている可能性もある。
きっと村田さんなら両親にも誰にも話さず、ひとり胸に抱えているはず。
村田さんは私に話したくないだろうけど、会って聞いてみよう。
大和が大学に行っている間を見計らって本社を訪ね、秘書の村田に会いに行った。村田とは時折仕事のやり取りをしているので、二人で会ったところで疑われることはない。
その日も村田は、当然仕事の話で美姫が訪ねてきたのだと思っていた。だが、部屋に通された途端、単刀直入に美姫は尋ねた。
「村田さん。大和の浮気相手について、教えていただけませんか」
村田はショック死するのではないかと思うほどに目を剥き、唇を戦慄かせた。
一切の疑問を排除した、清々しいまでに確信に満ちた響き。それは、村田に言い訳する余地すら与えない。美姫が少しでも揺らぎを見せれば、村田が大和の浮気を否定し、隠すであろうことは分かっていた。
だからこそ、美姫は覚悟を決めて挑んだ。
村田は美姫の表情を確認すると、大和を擁護することを諦めた。
元々、村田は誠一郎の秘書であり、美姫を娘のように可愛がっていた。大和の秘書となった今も、美姫に肩入れする気持ちの方が大きい。また、実のところ、大和の不審な行動を美姫に打ち明けるべきかずっと思い悩んでもいたのだった。
「お嬢様......ご存知、だったのですか」
痛ましそうに自分を見つめる村田の視線を受け止めきれず、美姫は俯いた。虚勢を張って声と表情は凛としていたものの、美姫の心の内は嵐で吹き荒んでいた。
「......赤坂の芸妓さん、なんでしょ?
千代菊さん?」
村田の顔色が土気色に変わっていく。
「そこまで......知っているのですね」
胸が真っ二つに引き裂かれた痛みで、大声で叫び出したかった。けれど、涙は一滴も出なかった。
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