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疑惑
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本店が軌道に乗ったところで、美姫は支店の立ち上げ準備のため、出張が多くなった。
出張から帰ると仕事が溜まっているため、どうしても残業が多くなってしまう。それでも終わらない時は仕事を自宅に持ち帰ったり、時には休日を使って仕事をすることもあったし、店の様子も見に行ったりしていると、あっという間に1週間が過ぎていく。
大和はどんなに忙しくても週末は休みなので、本当は美姫も大和に合わせて休みを取りたかったが、なかなかそんな時間が取れない。
「なんか、忙しそうだな。無理すんなよ」
優しく声をかけてくれる大和に感謝する一方で、なんの不満も言わない大和を寂しくも思った。
木曜から土曜にかけての大阪出張が予定より早く終わり、美姫は金曜の夜に東京に帰ってきた。
担当者からは、せっかくだから観光でもしたらと誘われたのだが、まだやらなければいけない仕事が残っているからと遠慮した。本当のところは、東京で生まれ育った美姫にとって大阪人の早口やノリ、せっかちな性格はついていくだけで精一杯で疲れてしまい、早く帰りたくなってしまったのだ。同じ日本の、しかもそう離れていない地域だというのに、これほど県民性の違いがあることに正直戸惑った。
仕事の為にも早く慣れなければならないと思いつつも、住み慣れた東京の空気を吸うと、それが決して綺麗ではないと知っていても安心感を覚えた。
久しぶりに大和に夕飯を作ろうと思い立ち、美姫は買い物をしてから自宅に戻ることにした。
大和の好きな豚の生姜焼きとポテトサラダとお味噌汁作って、待ってようかな。
一緒に住み始めた頃のことを思い出し、美姫の心が久々に浮き立った。
扉を開けると、まだ大和は帰っていなかった。木曜に家政婦が来て掃除したはずだが、大和のスーツの背広やシャツ、スラックス、パンツ、靴下がリビングルームに散らばっている。
もう、しょうがないなぁ......
散らばった服を回収して階段を昇り、まず浴室へと向かう。パンツと靴下を洗濯カゴに入れ、クリーニング用のカゴにシャツを放り込もうとして、ふと違和感を感じて手を止めた。
シャツに鼻を近づける。
これ、香の匂いだ。
香水なら珍しくないが、香をつけている者はかなり限られてくる。
きっと接待で、料亭に行った時に芸妓さんの残り香がついたんだよね。
そう思いながらも、もし背広を着ていたのならシャツにこんなに残り香がつくものだろうかという疑問も感じた。心がだんだん大きく揺れ始め、美姫はそれを必死に抑えようとした。
夏だし、きっと暑くて脱いだんだ。
それで、芸妓さんとお座敷遊びとかして、その時についたんだよね。
冷たい汗がねっとりと背中を伝い、次第に呼吸が浅くなってくる。
思考の渦に呑み込まれないうちに、シャツをカゴの奥底に押し込んだ。蓋を被せると、ドクドクと血管が波打った。
なんとか心を落ち着かせると、背広とスラックスを大和の部屋に運んだ。ハンガーに掛け、消臭スプレーをする。こんな些細なことすら、最近は出来ずにいた。
夫婦、なのに......
最近は、何一つ夫婦らしいことをしてないな。
背広の胸ポケットに手を入れると、何か入っている。取り出すと、それは千社札といって、舞妓や芸妓が名刺代わりに持ち歩いているものだった。
『赤坂 千夜菊』とあり、シール状になっている裏には電話番号と思われる数字が書かれていた。
再び、心が大きく波立つ。
そりゃ、付き合いなんだからもらうこともあるよね。
いちいち動揺してたら、キリがないじゃない。
第一、大和が浮気なんて......するはずない。
だが、以前は絶対に揺らぐことのなかった『大和に愛されている』という自信は、もう今の自分には持ち合わせていなかった。
打ち消そうとしても、次から次に不安や疑惑が沸いてきてしまう。
大和を、疑いたくない。
どうか、私の杞憂であって......
出張から帰ると仕事が溜まっているため、どうしても残業が多くなってしまう。それでも終わらない時は仕事を自宅に持ち帰ったり、時には休日を使って仕事をすることもあったし、店の様子も見に行ったりしていると、あっという間に1週間が過ぎていく。
大和はどんなに忙しくても週末は休みなので、本当は美姫も大和に合わせて休みを取りたかったが、なかなかそんな時間が取れない。
「なんか、忙しそうだな。無理すんなよ」
優しく声をかけてくれる大和に感謝する一方で、なんの不満も言わない大和を寂しくも思った。
木曜から土曜にかけての大阪出張が予定より早く終わり、美姫は金曜の夜に東京に帰ってきた。
担当者からは、せっかくだから観光でもしたらと誘われたのだが、まだやらなければいけない仕事が残っているからと遠慮した。本当のところは、東京で生まれ育った美姫にとって大阪人の早口やノリ、せっかちな性格はついていくだけで精一杯で疲れてしまい、早く帰りたくなってしまったのだ。同じ日本の、しかもそう離れていない地域だというのに、これほど県民性の違いがあることに正直戸惑った。
仕事の為にも早く慣れなければならないと思いつつも、住み慣れた東京の空気を吸うと、それが決して綺麗ではないと知っていても安心感を覚えた。
久しぶりに大和に夕飯を作ろうと思い立ち、美姫は買い物をしてから自宅に戻ることにした。
大和の好きな豚の生姜焼きとポテトサラダとお味噌汁作って、待ってようかな。
一緒に住み始めた頃のことを思い出し、美姫の心が久々に浮き立った。
扉を開けると、まだ大和は帰っていなかった。木曜に家政婦が来て掃除したはずだが、大和のスーツの背広やシャツ、スラックス、パンツ、靴下がリビングルームに散らばっている。
もう、しょうがないなぁ......
散らばった服を回収して階段を昇り、まず浴室へと向かう。パンツと靴下を洗濯カゴに入れ、クリーニング用のカゴにシャツを放り込もうとして、ふと違和感を感じて手を止めた。
シャツに鼻を近づける。
これ、香の匂いだ。
香水なら珍しくないが、香をつけている者はかなり限られてくる。
きっと接待で、料亭に行った時に芸妓さんの残り香がついたんだよね。
そう思いながらも、もし背広を着ていたのならシャツにこんなに残り香がつくものだろうかという疑問も感じた。心がだんだん大きく揺れ始め、美姫はそれを必死に抑えようとした。
夏だし、きっと暑くて脱いだんだ。
それで、芸妓さんとお座敷遊びとかして、その時についたんだよね。
冷たい汗がねっとりと背中を伝い、次第に呼吸が浅くなってくる。
思考の渦に呑み込まれないうちに、シャツをカゴの奥底に押し込んだ。蓋を被せると、ドクドクと血管が波打った。
なんとか心を落ち着かせると、背広とスラックスを大和の部屋に運んだ。ハンガーに掛け、消臭スプレーをする。こんな些細なことすら、最近は出来ずにいた。
夫婦、なのに......
最近は、何一つ夫婦らしいことをしてないな。
背広の胸ポケットに手を入れると、何か入っている。取り出すと、それは千社札といって、舞妓や芸妓が名刺代わりに持ち歩いているものだった。
『赤坂 千夜菊』とあり、シール状になっている裏には電話番号と思われる数字が書かれていた。
再び、心が大きく波立つ。
そりゃ、付き合いなんだからもらうこともあるよね。
いちいち動揺してたら、キリがないじゃない。
第一、大和が浮気なんて......するはずない。
だが、以前は絶対に揺らぐことのなかった『大和に愛されている』という自信は、もう今の自分には持ち合わせていなかった。
打ち消そうとしても、次から次に不安や疑惑が沸いてきてしまう。
大和を、疑いたくない。
どうか、私の杞憂であって......
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