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迷い
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予定よりも1ヶ月遅れたものの、『KURUSU』の店舗を構えるビルがようやく完成し、オープンの日を迎えることとなった。店舗の入口前にはオープニングセレモニーの為に赤い絨毯が敷かれ、その前に立てられたポールに『KURUSU』のロゴが入ったテープが張られ、等間隔にテープカットリボンが取り付けられていた。
入口にはオープンの何時間も前から、長蛇の列ができていた。
プレゼン発表以来、既にネット販売において、『KURUSU』は驚異的な売上を伸ばしている。まだ本店がオープンしていないというのに、既に東京にもう1店舗と大阪、名古屋にも出店することが決まっていた。
車窓からビルを眺め、その下に並ぶ長蛇の列を目にし、美姫は感激で胸が熱くなった。
新婚旅行から帰ってきてすぐにファッションブランド立ち上げのチーフに任命され、何も分からない状況の中、必死に走り続けてきた。デザインについても自分の好みだけではなく、服の着やすさや、1着にかかるコスト、流行の色や形、スタイルをどの程度取り入れるのかなど、勉強することはたくさんあったし、今もまだまだ勉強しなければならないことはたくさんある。自分ひとりで抱えていては仕事が溜まっていく一方だし、自分の思い通りに人を動かすことはさらに難しいということも学んだ。
けれど、そんな中でも美姫は仕事を嫌だと思ったことは一度もなく、もっとたくさんの服や商品をデザインしたい、それを消費者に届けたいという思いは日毎に強くなっていた。仕事の大変さを、楽しさを、周りからたくさん教えてもらった。
プレゼンテーションの時よりも更に、支えてくれたスタッフへの感謝の気持ちが深まっていた。
「美姫、着いたぞ」
「うん」
美姫は、大和のエスコートで車を降りた。この日のオープニングセレモニーは、大和も一緒だった。
取材に訪れた報道陣や並んでいた人々が車から降りてきたふたりを見て、歓声を上げた。周囲から羨望の眼差しが注がれる中、美姫は大和の腕に手を絡ませ、にこやかに笑顔を振りまきながらセレモニーの場へと向かった。
美姫は自らデザインした、アシンメトリーのピンクを基調にし、後ろにビビッドピンクのリボンがついていて、そこから下がラッフルになっているワンピースを着ていた。美姫の美しくしなやかなボディラインがワンピース越しに感じられ、女らしさと艶やかさを感じさせるデザインとなっている。大和は黒のスーツだったが、胸ポケットには美姫のワンピースと同じ色のチーフを入れていた。
優雅に美姫をエスコートする様は絵になっており、周囲からは溜息が溢れ、カメラのフラッシュが絶え間なく向けられた。
世間では、大和と美姫は憧れの夫婦とされている。毎年、年の瀬に開催される「夫婦仲良しアワード」で、二人が受賞することは確実だとも言われていた。
美姫は、腰に回された大和の手を感じながら密かに思った。
誰も私たちが、セックスレスの夫婦だなんて思ってないんだろうな。
何もかも上手くいっていて、幸せだと思われているんだろう......
誰かに心の闇を打ち明けたかった。
辛い気持ちを全て吐き出したかった。
けれど、優子はもういない。優子は田舎に帰る前に心理カウンセラーを紹介してくれたものの、昔のことを一から話すのは煩わしかったし、優子以上に打ち明けられるような気にもなれなかったので、一度も連絡していない。
華やかな場所に立ち、大勢の人々に祝福され、隣では愛する夫が微笑んでいる。それは、幸せの象徴ともいえる光景なのに、孤独で心が冷えていくのを美姫は感じていた。
入口にはオープンの何時間も前から、長蛇の列ができていた。
プレゼン発表以来、既にネット販売において、『KURUSU』は驚異的な売上を伸ばしている。まだ本店がオープンしていないというのに、既に東京にもう1店舗と大阪、名古屋にも出店することが決まっていた。
車窓からビルを眺め、その下に並ぶ長蛇の列を目にし、美姫は感激で胸が熱くなった。
新婚旅行から帰ってきてすぐにファッションブランド立ち上げのチーフに任命され、何も分からない状況の中、必死に走り続けてきた。デザインについても自分の好みだけではなく、服の着やすさや、1着にかかるコスト、流行の色や形、スタイルをどの程度取り入れるのかなど、勉強することはたくさんあったし、今もまだまだ勉強しなければならないことはたくさんある。自分ひとりで抱えていては仕事が溜まっていく一方だし、自分の思い通りに人を動かすことはさらに難しいということも学んだ。
けれど、そんな中でも美姫は仕事を嫌だと思ったことは一度もなく、もっとたくさんの服や商品をデザインしたい、それを消費者に届けたいという思いは日毎に強くなっていた。仕事の大変さを、楽しさを、周りからたくさん教えてもらった。
プレゼンテーションの時よりも更に、支えてくれたスタッフへの感謝の気持ちが深まっていた。
「美姫、着いたぞ」
「うん」
美姫は、大和のエスコートで車を降りた。この日のオープニングセレモニーは、大和も一緒だった。
取材に訪れた報道陣や並んでいた人々が車から降りてきたふたりを見て、歓声を上げた。周囲から羨望の眼差しが注がれる中、美姫は大和の腕に手を絡ませ、にこやかに笑顔を振りまきながらセレモニーの場へと向かった。
美姫は自らデザインした、アシンメトリーのピンクを基調にし、後ろにビビッドピンクのリボンがついていて、そこから下がラッフルになっているワンピースを着ていた。美姫の美しくしなやかなボディラインがワンピース越しに感じられ、女らしさと艶やかさを感じさせるデザインとなっている。大和は黒のスーツだったが、胸ポケットには美姫のワンピースと同じ色のチーフを入れていた。
優雅に美姫をエスコートする様は絵になっており、周囲からは溜息が溢れ、カメラのフラッシュが絶え間なく向けられた。
世間では、大和と美姫は憧れの夫婦とされている。毎年、年の瀬に開催される「夫婦仲良しアワード」で、二人が受賞することは確実だとも言われていた。
美姫は、腰に回された大和の手を感じながら密かに思った。
誰も私たちが、セックスレスの夫婦だなんて思ってないんだろうな。
何もかも上手くいっていて、幸せだと思われているんだろう......
誰かに心の闇を打ち明けたかった。
辛い気持ちを全て吐き出したかった。
けれど、優子はもういない。優子は田舎に帰る前に心理カウンセラーを紹介してくれたものの、昔のことを一から話すのは煩わしかったし、優子以上に打ち明けられるような気にもなれなかったので、一度も連絡していない。
華やかな場所に立ち、大勢の人々に祝福され、隣では愛する夫が微笑んでいる。それは、幸せの象徴ともいえる光景なのに、孤独で心が冷えていくのを美姫は感じていた。
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