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ウィーンへ

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 自宅に向かうエレベーターの中、美姫は先ほど見られなかったLINEを開いた。

 ドキドキしながら画面が切り替わるのを待っていると、大和に送ったメッセージは未読のままになっている。ということは、まだ大和は会社にいるか、接待の途中で、家には帰っていないということだ。

 フーッと大きく息を吐いたものの、気持ちは落ち着くことなく、鼓動は更に高まっていく。

 秀一さんのことを、放っておけない。
 彼を救いたい......

 けれど、そうすれば大和を裏切ることになってしまう。
 それで、いいの?

 葛藤の中を彷徨いながらも扉を開け、自分の部屋へと向かうと机の引き出しの鍵を開ける。そこには、パスポートが入っている。

 これを手にすれば、私はこの生活を全て投げ出すことになる。

 それでも、私は......

 秀一の顔が浮かび、美姫はグッと掌に力を込めた。

 パスポートをしっかり握り締め、引き出しを閉める。

 もう、後戻りは出来ない。

 部屋の扉を閉めると、後ろを見ることなく玄関へと早歩きで向かった。

 パーティールームの扉を開けると、レナードがイライラした表情を隠しもせず、怒鳴った。

『遅い!』

 秀一のことが心配で堪らず、一刻も早く行きたいのだという思いが伝わってきた。

『ごめんなさい。
 タクシーがもう来てるはずだから、行こう』

 美姫の言った通り、もう外にはタクシーが待っていた。レナードが先に乗り、美姫がそれに続く。だが、一瞬気持ちが躊躇い、動きが遅れた。

『何してんだ、早く乗れ!』

 レナードに急かされ、美姫はタクシーに乗り込んだ。美姫は、発進する車窓から灯りのついていない部屋を見えなくなるまで見送った。

 タクシーに乗り込んだ美姫に、レナードは睨みつけた。

「モルテッソーニはシューイチをウィーンに戻したあんたのことを恩人だと言っていたが、僕は決してあんたのことを許したわけじゃないからな! あんたはシューイチを裏切ったんだ!
 ウィーンに戻ったシューイチは暴れることも抵抗もせず、ただ放心していた。人形のようになってしまったシューイチに、ハンナが中心になってみんなで交代で着替えさせたり、食事を食べさせたりして、世話を焼いたんだ。何もやる気を起こさず、誰からの話も聞こうともせず、もちろん、ピアノに触れようともしなかった。

 皆、シューイチに対してどう接すればわからず、途方に暮れた。あんたにその気持ちがわかるか!?」

 美姫は肩を小さくして俯き、唇をかみしめた。胸が潰れそうに苦しかった。

「それから暫くして、トモコが思い悩んだ末にシューイチに一通の手紙を渡した。そう、あんたにさっき渡したその手紙だ。
 シューイチは、その手紙を何度も何度も繰り返し読んでいた......」

 美姫は、手に握られた手紙をもう一度丁寧に開いた。

 指で何度もなぞったのか、文字の部分がかなり薄くなり、折られた部分が少し切れかかっている。

 秀一がどんな思いでこの手紙を繰り返し読んだのかと思うと、熱く灼けついた心臓が喉元を突き、込み上げる嗚咽で息苦しくなった。

 目の前の文字が、涙で滲んでぼやける。
 
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