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来訪
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たとえ離れていても、もう二度と思いが通じ合うことはなくても、秀一の活躍を遠くから見守ることが出来ればそれでいいと思っていた。ザルツブルク音楽祭に出演するかどうか不安なときでさえ、美姫は秀一がたとえ絶望の淵にいようとも、生きて必ずピアニストとして復帰することを信じてやまなかった。
秀一には、生に対して執着があると感じていたから。
マスコミに禁断の関係を暴露され、ふたりきりの世界に閉じ籠もり、美姫の精神は次第に追い詰められていった。それならいっそと生を諦めようとした美姫に、生きるよう説得してくれた秀一。今までどんな過酷で酷い状況にあっても、秀一はそれを乗り越えてきた。
そんな秀一だからこそ、たとえ暗闇の底にいようともそこから這い上がる術を知っている、必ず光を見つけ出せると美姫は信じていた。
だからこそ、秀一をひとりでウィーンに送る決心が出来たのだ。
それ、なのに......
何もかも希望を失った秀一の辿り着く先......それが、もし『死』であるとしたら。
そう考えると、怖くて堪らなかった。
その恐怖は、悠が事故に遭い、父が危篤になった経験を経て、更に強大な力で美姫の心を真っ黒く支配していく。
秀一さんが死んでしまうかもしれないだなんて、思いもしなかった。
秀一さんを、失いたくない。
絶対に、死なせたくない。
---私が、秀一さんを追い詰めてしまったんだ。
彼の完璧で逞しい精神力のその奥に潜んでいる孤独に、繊細な心に、私は気づいていたのに。
彼の心の奥底で膝を抱えて震えている、あの幼い男の子を感じていたのに。
どうして、秀一さんをひとりにしていいだなんて、思ったんだろう。
秀一さんは、私がいないとダメなのに......
それを私は、分かっていたはずなのに。
秀一の言葉が、脳裏にこだまする。
『貴女がいればいい。貴女だけ、いればそれでいいのです』
『貴女は、私の光なのです。だから、失うわけにはいかないのです』
私という光を失ったことで......貴方は今、生きる力を失い、何もかも諦めてしまったのですか?
「ウゥッ...ウッウッ......ヒグッ......」
美姫の瞳から涙が溢れ出る。
秀一さんを、救いたい。
暗闇の底から、掬い上げたい......
美姫は涙を拭い、レナードを見据えた。
『秀一さんに、会いに行きます』
レナードが航空券を渡した。
『あんたの分の航空券。成田を10時25分に出発する最終便だ』
美姫が腕時計を確認すると、短い針が8を指そうとしているところだった。成田空港まで車を飛ばしても、1時間は掛かる。
『今からパスポートを取りに行ってくるから、レナードはここで待ってて。
すぐに戻るから!』
スマホを手にした美姫は、スクリーンに映るLINEアプリを目にし、一瞬動きを止めた。そこには、新着のお知らせはなかった。
アプリを開くことなくタクシーの手配をすると、美姫は早足で扉を出て行った。
レナードは祈りながらその後ろ姿を見送った。
ミキ、早く帰ってこい.....
ひとりになったレナードはDesire Islandで会った時の秀一を思い出し、再び胸が張り裂けそうになった。肘をテーブルにつき、俯いた顔を手で支えて肩を震わせた。
秀一には、生に対して執着があると感じていたから。
マスコミに禁断の関係を暴露され、ふたりきりの世界に閉じ籠もり、美姫の精神は次第に追い詰められていった。それならいっそと生を諦めようとした美姫に、生きるよう説得してくれた秀一。今までどんな過酷で酷い状況にあっても、秀一はそれを乗り越えてきた。
そんな秀一だからこそ、たとえ暗闇の底にいようともそこから這い上がる術を知っている、必ず光を見つけ出せると美姫は信じていた。
だからこそ、秀一をひとりでウィーンに送る決心が出来たのだ。
それ、なのに......
何もかも希望を失った秀一の辿り着く先......それが、もし『死』であるとしたら。
そう考えると、怖くて堪らなかった。
その恐怖は、悠が事故に遭い、父が危篤になった経験を経て、更に強大な力で美姫の心を真っ黒く支配していく。
秀一さんが死んでしまうかもしれないだなんて、思いもしなかった。
秀一さんを、失いたくない。
絶対に、死なせたくない。
---私が、秀一さんを追い詰めてしまったんだ。
彼の完璧で逞しい精神力のその奥に潜んでいる孤独に、繊細な心に、私は気づいていたのに。
彼の心の奥底で膝を抱えて震えている、あの幼い男の子を感じていたのに。
どうして、秀一さんをひとりにしていいだなんて、思ったんだろう。
秀一さんは、私がいないとダメなのに......
それを私は、分かっていたはずなのに。
秀一の言葉が、脳裏にこだまする。
『貴女がいればいい。貴女だけ、いればそれでいいのです』
『貴女は、私の光なのです。だから、失うわけにはいかないのです』
私という光を失ったことで......貴方は今、生きる力を失い、何もかも諦めてしまったのですか?
「ウゥッ...ウッウッ......ヒグッ......」
美姫の瞳から涙が溢れ出る。
秀一さんを、救いたい。
暗闇の底から、掬い上げたい......
美姫は涙を拭い、レナードを見据えた。
『秀一さんに、会いに行きます』
レナードが航空券を渡した。
『あんたの分の航空券。成田を10時25分に出発する最終便だ』
美姫が腕時計を確認すると、短い針が8を指そうとしているところだった。成田空港まで車を飛ばしても、1時間は掛かる。
『今からパスポートを取りに行ってくるから、レナードはここで待ってて。
すぐに戻るから!』
スマホを手にした美姫は、スクリーンに映るLINEアプリを目にし、一瞬動きを止めた。そこには、新着のお知らせはなかった。
アプリを開くことなくタクシーの手配をすると、美姫は早足で扉を出て行った。
レナードは祈りながらその後ろ姿を見送った。
ミキ、早く帰ってこい.....
ひとりになったレナードはDesire Islandで会った時の秀一を思い出し、再び胸が張り裂けそうになった。肘をテーブルにつき、俯いた顔を手で支えて肩を震わせた。
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