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祈り

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 街にはクリスマスのイルミネーションが煌めき、恋人たちが腕を組んで歩く姿が多く見られる賑やかな通りを会議室の窓から眺め、美姫は小さく息を吐いた。

 クリスマスイブということでスタッフにはいつもより早く帰らせ、美姫はひとり残っていた。大和は今頃、取引先との商談を兼ねた接待をしているはずだ。

 きっと今夜も、遅くなるんだろうな......

 来栖財閥の立ち上げるファッションブランドを紹介するプレゼンテーションの日程が来年春に決まり、チーフである美姫はそれに向けて今まで以上に多忙となっていた。デスクの上にはたくさんのデザイン画や水彩色鉛筆、カラーチャートや生地見本が散乱し、その横には縫製仕様書や指示書、ファッション誌等が山積みになっている。その下に置かれたゴミ箱からは、くしゃくしゃに丸められたデザイン画が飛び出しそうなほど溢れていた。

 クリスマス、か......

 クリスマスのことを考える時、どうしても去年秀一と過ごしたクリスマスの思い出が蘇ってしまう。

 幸せ、だった......

 愛する人が、自分の為だけに弾いてくれた『ホワイトクリスマス』。
 傾けたシャンパングラス。

 空からは粉雪が舞い、暖かい部屋のカウチで寄り添ってブランケットに包まった。愛する人の穏やかな寝顔を見て、涙が零れそうになるほどの幸せを噛み締め、彼への愛おしさで胸が苦しくなった。

 あの時、確かに世界はふたりだけのためにあった。

 美姫は睫毛を揺らし、街の灯りに背を向けた。

 ウィーンでは、苦しいことも辛いこともあったはずなのに、それらは浄化されて美しい思い出だけが美姫の心に煌めきとなって残っていた。

 夢のような、世界だった。

 まるで中世にいるような美しいウィーンの街並み。
 一流のコンサート、オペラの鑑賞。
 幼い頃からの憧れだった舞踏会。
 新年と共に打ち上がる花火と湧き上がる歓声。

 どの場面にも、秀一が傍にいた。

 ---愛し、愛される悦びを全て教えてくれた人。

 秀一の世界ツアーが発表されてから2ヶ月が経とうとしているが、未だ詳細は発表されない。日本からわざわざ取材が訪れても関係者からの返答は、『準備中だからコンサートの内容については教えられないし、来栖秀一にも会わせることは出来ない』、の一点張りだった。

 秀一は公演準備の為という名目で、ずっと公の場に顔を見せていない。

 もしかして、秀一さんに何かあったんじゃ......

 そんな不安が美姫の心に影を落とし、日が経つにつれて濃く大きくなっていた。

 美姫は、どうか秀一が幸せな聖夜を過ごしているよう祈りを捧げた。
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