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忘れえぬ快楽の蜜
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美姫はこの日、21歳の誕生日を迎えた。
秀一とのデートに胸を弾ませながらも彼への恋心に終止符を打つと決めていた1年前。
秀一から告白され、美姫は天にも昇る思いだった。彼を愛し、愛される悦びを全身で感じていた。
だが秀一と恋人だった期間は、僅か3ヶ月だった。後にも先にも、あれほど濃密な3ヶ月は二度とないだろう。
本当に......いろんなことがあったな。
美姫の中でさまざまな思い出が蘇り、色々な感情が絡まり合いながら渦を巻き、胸が締め付けられるように苦しくなる。
1週間前、秀一の世界ツアーが発表された。関係者の話では、今はまだ予定を立てている段階なので詳細については後日改めて伝えるとのことだった。
秀一のザルツブルク音楽祭での演奏は、厳しいと評判の批評家達をも唸らせ、高い評価を得た。音楽祭が8月末に終了してから、秀一はピアノリサイタルやオケとの共演、雑誌のインタビューなどを精力的にこなし、それは日本でも取り上げられ、話題となっていた。
日本のファン達はそんな秀一の活躍に湧きながら、いつ彼が日本で公演を行うのだろうと心待ちにしていたので、ようやく秀一の演奏を日本でも聴けるかもしれないと大いに盛り上がった。
美姫は秀一の活躍を喜びながらも、もし日本にツアーに来ることになれば、自分は平静でいられるのだろうか......と、不安な心持ちだった。
ラインのお知らせ音が鳴り、美姫はスマホを手に取った。
『駐車場で待ってる』
大和からのメッセージを読み、美姫は立ち上がった。
もうそろそろ大和が来るだろうと思い、机の上は綺麗に片付けられていた。あとは広げていたファッション雑誌を棚に戻し、空になったコーヒーの紙コップを捨てるだけだ。掛けてあったコートを羽織ると、誰もいなくなった会議室の電気を消し、カードキーで施錠する。
廊下は、節電のため薄暗くなっていた。早足でエレベーターホールに向かい、ボタンを押すとすぐに扉が開いた。
エレベーターに乗り込んだ美姫は、大きく息を吐き出した。
もう秀一さんとのことは、終わったんだ。たとえ秀一さんが日本に来ることになろうとも、私たちの関係が変わることはない。
地下1階に着き、扉が開くと、一気に冷風が入り込んできた。美姫は体温を奪われ、思わずコートの襟を固く合わせた。
ヒールの音を響かせながら地下駐車場を歩いていると、1台の車が近づいてくる。フロントガラス越しに、大和が手を振っているのが見えた。
私には大和がいる。彼との関係を、大切にしなきゃいけないんだから。
大和に笑顔で手を振り返し、美姫は助手席に乗り込んだ。
美姫の希望で、誕生日はレストランではなく自宅でふたりきりでお祝いすることにした。
「ほんとは夕飯作るつもりだったんだけど、急な仕事が入っちまって出来なかった。外でテイクアウトしてきた食事になるけど、いいか? なんなら、これからレストランに行ってもいいけど」
大和が申し訳なさそうに眉を下げる。
美姫は、にっこりと笑みを浮かべた。
「ううん、家の方がくつろげるからいい。ただ、大和と一緒に過ごせるだけでいいの」
「そっか」
大和が安心したように微笑み、一路自宅へと車を走らせた。
秀一とのデートに胸を弾ませながらも彼への恋心に終止符を打つと決めていた1年前。
秀一から告白され、美姫は天にも昇る思いだった。彼を愛し、愛される悦びを全身で感じていた。
だが秀一と恋人だった期間は、僅か3ヶ月だった。後にも先にも、あれほど濃密な3ヶ月は二度とないだろう。
本当に......いろんなことがあったな。
美姫の中でさまざまな思い出が蘇り、色々な感情が絡まり合いながら渦を巻き、胸が締め付けられるように苦しくなる。
1週間前、秀一の世界ツアーが発表された。関係者の話では、今はまだ予定を立てている段階なので詳細については後日改めて伝えるとのことだった。
秀一のザルツブルク音楽祭での演奏は、厳しいと評判の批評家達をも唸らせ、高い評価を得た。音楽祭が8月末に終了してから、秀一はピアノリサイタルやオケとの共演、雑誌のインタビューなどを精力的にこなし、それは日本でも取り上げられ、話題となっていた。
日本のファン達はそんな秀一の活躍に湧きながら、いつ彼が日本で公演を行うのだろうと心待ちにしていたので、ようやく秀一の演奏を日本でも聴けるかもしれないと大いに盛り上がった。
美姫は秀一の活躍を喜びながらも、もし日本にツアーに来ることになれば、自分は平静でいられるのだろうか......と、不安な心持ちだった。
ラインのお知らせ音が鳴り、美姫はスマホを手に取った。
『駐車場で待ってる』
大和からのメッセージを読み、美姫は立ち上がった。
もうそろそろ大和が来るだろうと思い、机の上は綺麗に片付けられていた。あとは広げていたファッション雑誌を棚に戻し、空になったコーヒーの紙コップを捨てるだけだ。掛けてあったコートを羽織ると、誰もいなくなった会議室の電気を消し、カードキーで施錠する。
廊下は、節電のため薄暗くなっていた。早足でエレベーターホールに向かい、ボタンを押すとすぐに扉が開いた。
エレベーターに乗り込んだ美姫は、大きく息を吐き出した。
もう秀一さんとのことは、終わったんだ。たとえ秀一さんが日本に来ることになろうとも、私たちの関係が変わることはない。
地下1階に着き、扉が開くと、一気に冷風が入り込んできた。美姫は体温を奪われ、思わずコートの襟を固く合わせた。
ヒールの音を響かせながら地下駐車場を歩いていると、1台の車が近づいてくる。フロントガラス越しに、大和が手を振っているのが見えた。
私には大和がいる。彼との関係を、大切にしなきゃいけないんだから。
大和に笑顔で手を振り返し、美姫は助手席に乗り込んだ。
美姫の希望で、誕生日はレストランではなく自宅でふたりきりでお祝いすることにした。
「ほんとは夕飯作るつもりだったんだけど、急な仕事が入っちまって出来なかった。外でテイクアウトしてきた食事になるけど、いいか? なんなら、これからレストランに行ってもいいけど」
大和が申し訳なさそうに眉を下げる。
美姫は、にっこりと笑みを浮かべた。
「ううん、家の方がくつろげるからいい。ただ、大和と一緒に過ごせるだけでいいの」
「そっか」
大和が安心したように微笑み、一路自宅へと車を走らせた。
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