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豹変
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大和はお腹が空いたから何か買って来ると言い、美姫はひとり先に部屋に戻ることにした。
スイートルームは、ウィーンに滞在していた時のホテルと少し内装が似ていた。リビングルームの先は天井から床までの大きな窓ガラスとなっており、そこからフランクフルトの街並みが一望できる。
美姫は、吸い寄せられるように窓へと歩いて行った。鍵を下ろしてバルコニーへ出ると、風がサッと美姫の髪を撫でた。
真夏なのに、日本のようなうだる暑さは全くなく、涼しかった。影に入っていると、寒く感じるほどだ。
狭い地域に高層ビルが林立し、歴史的な建物があちこちに散在している。その向こうにはフランクフルトの名称となっているマイン川が流れ、観光船が渡るのが見えた。
ウィーンの街並みとは、やっぱり違う......
美姫は、川の向こうを見つめた。
国境を越えれば、オーストリア。
秀一さんのいる、国。
美姫の胸がギュッと絞られる。
けれど......
物理的に距離が近づいたところで、もう秀一さんとの心の距離が近づくことは、二度と、ないんだ---
美姫が小さく息を吐き、睫毛を伏せると、カードキーの電子音が聞こえた。
バルコニーから部屋へと戻ると、機嫌のいい大和の視線とぶつかる。
「すげぇ旨そうなパン売ってたから、買ってきた」
茶色の紙袋に詰まったパンを見て、美姫から笑みが溢れる。
「7時から会食なのに、そんなに買い込んだの?」
「それまでもたねぇだろ。それに、美姫も食うかなって思って」
美姫は中身が気になり、袋を覗き込んだ。ソーセージ入りのパンや、バターを塗ったパンにネギを挟んだプレッツェル、分厚いミートローフを挟んだパン、ナッツたっぷりのシナモンロール、揚げパンのようなものもあった。
「ちょっと、このプレッツェル気になるかも......」
「おぅ、食べろ食べろ」
「えっ......全部は食べられないから、一口でいいよ!」
大和は袋からプレッツェルを取り出し、美姫の口元に持って行った。美姫は口を開け、小さくそれを齧った。
「うん......プレッツェルの塩気とネギが凄く合ってて、さっぱりしてて美味しい」
「じゃ、全部やるよ」
「いや、全部は無理!!」
そんなやり取りが自然に出来ていることに、美姫は内心喜びを感じていた。
よかった......いつも通りになってる。
大和は美姫の残したプレッツェルを食べた後、ソーセージを挟んであるパンを袋から出した。大きな白パンの中にはハーブの効いたソーセージが3本も入っており、それだけでお腹いっぱいになりそうだった。
ほんと大和、よく食べるな......
感心しながら美姫が見つめていると、それを食べたいのだと勘違いした大和が「食うか?」と聞いてきた。
「私は、もう大丈夫だから」
笑いながら言った美姫に、大和が声を掛けた。
「じゃ、少しでも休んどけよ。風呂でも入れば、リラックスできるんじゃねぇか?」
「うん、そうだね。入ってくる」
シャワーを浴びて部屋に戻ると、大和はまだパンを食べているところだった。今は、揚げパンに手を付けている。
「時間言ったら起こしてやるから、寝てていいぞ。村田さんが6時半に迎えに来るって言ってたから、6時に起こすか?」
「30分じゃ、準備出来ないよ」
「ま、少しでも横になってた方がいいんじゃね? そしたら、楽になるだろうし」
美姫は、せっかく二人きりになったというのに、甘いムードの欠片すらない大和にがっかりした。シャワーを浴びたのも、何かあるかもしれないから......という期待も少しあった。
大和が腰かけているソファに並んで座ると、頭を大和の膝の上に乗せた。
「じゃ、ここで寝てもいい? 大和の傍に......いたいから」
「あ、あぁ......パン屑、降ってくるかもしんねぇけど」
「クスッ.....じゃ、入らないように目、閉じとく」
美姫は悪戯っぽく笑った後、顔を横に向け、瞳を伏せた。
大和は黙って美姫の美しい横顔を見つめた。
こんな風に美姫から甘えてくるなんて、今までなかったよな。
俺たちの距離は縮まってる。
そう思って、いいんだよな?
スイートルームは、ウィーンに滞在していた時のホテルと少し内装が似ていた。リビングルームの先は天井から床までの大きな窓ガラスとなっており、そこからフランクフルトの街並みが一望できる。
美姫は、吸い寄せられるように窓へと歩いて行った。鍵を下ろしてバルコニーへ出ると、風がサッと美姫の髪を撫でた。
真夏なのに、日本のようなうだる暑さは全くなく、涼しかった。影に入っていると、寒く感じるほどだ。
狭い地域に高層ビルが林立し、歴史的な建物があちこちに散在している。その向こうにはフランクフルトの名称となっているマイン川が流れ、観光船が渡るのが見えた。
ウィーンの街並みとは、やっぱり違う......
美姫は、川の向こうを見つめた。
国境を越えれば、オーストリア。
秀一さんのいる、国。
美姫の胸がギュッと絞られる。
けれど......
物理的に距離が近づいたところで、もう秀一さんとの心の距離が近づくことは、二度と、ないんだ---
美姫が小さく息を吐き、睫毛を伏せると、カードキーの電子音が聞こえた。
バルコニーから部屋へと戻ると、機嫌のいい大和の視線とぶつかる。
「すげぇ旨そうなパン売ってたから、買ってきた」
茶色の紙袋に詰まったパンを見て、美姫から笑みが溢れる。
「7時から会食なのに、そんなに買い込んだの?」
「それまでもたねぇだろ。それに、美姫も食うかなって思って」
美姫は中身が気になり、袋を覗き込んだ。ソーセージ入りのパンや、バターを塗ったパンにネギを挟んだプレッツェル、分厚いミートローフを挟んだパン、ナッツたっぷりのシナモンロール、揚げパンのようなものもあった。
「ちょっと、このプレッツェル気になるかも......」
「おぅ、食べろ食べろ」
「えっ......全部は食べられないから、一口でいいよ!」
大和は袋からプレッツェルを取り出し、美姫の口元に持って行った。美姫は口を開け、小さくそれを齧った。
「うん......プレッツェルの塩気とネギが凄く合ってて、さっぱりしてて美味しい」
「じゃ、全部やるよ」
「いや、全部は無理!!」
そんなやり取りが自然に出来ていることに、美姫は内心喜びを感じていた。
よかった......いつも通りになってる。
大和は美姫の残したプレッツェルを食べた後、ソーセージを挟んであるパンを袋から出した。大きな白パンの中にはハーブの効いたソーセージが3本も入っており、それだけでお腹いっぱいになりそうだった。
ほんと大和、よく食べるな......
感心しながら美姫が見つめていると、それを食べたいのだと勘違いした大和が「食うか?」と聞いてきた。
「私は、もう大丈夫だから」
笑いながら言った美姫に、大和が声を掛けた。
「じゃ、少しでも休んどけよ。風呂でも入れば、リラックスできるんじゃねぇか?」
「うん、そうだね。入ってくる」
シャワーを浴びて部屋に戻ると、大和はまだパンを食べているところだった。今は、揚げパンに手を付けている。
「時間言ったら起こしてやるから、寝てていいぞ。村田さんが6時半に迎えに来るって言ってたから、6時に起こすか?」
「30分じゃ、準備出来ないよ」
「ま、少しでも横になってた方がいいんじゃね? そしたら、楽になるだろうし」
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「じゃ、ここで寝てもいい? 大和の傍に......いたいから」
「あ、あぁ......パン屑、降ってくるかもしんねぇけど」
「クスッ.....じゃ、入らないように目、閉じとく」
美姫は悪戯っぽく笑った後、顔を横に向け、瞳を伏せた。
大和は黙って美姫の美しい横顔を見つめた。
こんな風に美姫から甘えてくるなんて、今までなかったよな。
俺たちの距離は縮まってる。
そう思って、いいんだよな?
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