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豹変
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青海学園大学編入の際に、凛子がつけてきた条件。それは、ドイツ語を専攻することだった。
フランクフルトだけでなく、ベルリンやミュンヘンにも支社をもつ来栖財閥の社長秘書にとって、ドイツ語取得は必須だからだ。
美姫は大学の講義だけでなく、自宅でも勉強したり、時には凛子にも教えてもらい、少しずつドイツ語を習得していた。
ふたりは笑顔で握手を交わした。美姫はまだハグは恐怖を感じるものの、握手程度の接触なら出来るまでになっていた。
『初めまして、副支社長のクンツェルドルフです。
あなたがクルス社長夫妻の娘さんですね。ようやくお会いできて嬉しいです』
礼儀正しい言い回しや、名前ではなく苗字を名乗るところが日本のビジネスと似ていると感じた。
クンツェルドルフは美姫の隣に立つ大和とも、固い握手を交わした。
『クンツェンドルフさん、初めまして。来栖大和と申します』
『どうも。来栖財閥の次期社長だと、リンコから窺っています。
あなたたちがドイツ語を話せると知って驚きました。さすが、リンコの教育ですね。これなら、会議もスムーズにいくことでしょう』
だが大和も美姫もまだドイツ語のヒアリングには慣れておらず、全てを聞き取る事は出来なかった。
『あ、俺たち......まだ、それほどドイツ語が話せるわけではなくて......』
そこへ、スーツケースをホテルへ送る村田の手続きを手伝っていた横山が戻ってきた。
「Adam!」
横山がクンツェルドルフに嬉しそうに手を振りながら、歩み寄る。
「Yu-ma!!!」
先ほどまでの礼儀正しさは消え、クンツェツドルフは柔らかい表情になり、横山と固いハグを交わした。それは、ビジネスのものとは違う温かいものを感じさせた。
後から来た村田が、美姫と大和に説明する。
「横山さんはご両親の仕事の関係で昔フランクフルトに住んでいたことがあり、クンツェルドルフさんは横山さんのお父様のご友人なんですよ。それで、横山さんがドイツ出張される際にはいつも彼の家に泊めてもらっているのだそうです」
今回はロングフライトでの疲れを考慮し、空港からホテルに直行する。
車内では、横山のおかげですっかり和気藹々としたムードになっていた。クンツェルドルフとの共通の趣味がサッカー観戦であるらしく、地元のサッカーチームであるアイントラハト・フランクフルトについて、白熱したトークを展開していた。
『今年のSGE(アイントラハト・フランクフルトの愛称)は、ほんっと調子よくないですよね』
『あぁ、地元でもブンデスリーガ1部から降格するんじゃないかって、不安の声も上がってるよ』
『もっとハセガワにも活躍して欲しいんですけどね、同じ日本人として』
大和は会話の全容は分からなかったものの、知っている日本人サッカー選手の名前に反応した。
「ハセガワ!? 長谷川って、長谷川誠治だよな? そっか、ドイツ行ったって聞いてたけど、フランクフルトのチームにいたんだな」
前のめりになりながら興奮し、横山たちの話に加わる。年の差など感じさせることなくサッカーの話に熱中する3人を、美姫は少しの疎外感と羨ましさを感じながら、微笑ましく見つめた。
空港から30分程して宿泊先の櫻井ロイヤルホテルに着いた。世界の豪華ホテルが加入するLHW(ザ・リーディング・オブ・ホテル・オブ・ザ・ワールド)の一員にもなっている櫻井ロイヤルホテルは、フランクフルトにもホテルを構えていた。
『ではまた、後ほどお会いましょう。それまでは、ゆっくり躰を休めてください』
クンツェルドルフは再び車に乗り込み、会社へ戻った。午後7時からは、フランクフルト支社の重役達と挨拶を兼ねて会食を予定している。
村田がチェックインの手続きをしている間、横山はスマホをずっと弄っていた。
「じゃあ僕は、これから友達と会ってきますので、現地で合流しますね」
横山は鍵を受け取った途端、フライトの疲れなど見せず、意気揚々とホテルを出て行った。
「横山さん、若いな......」
呟く大和に、美姫がプッと吹き出す。
「大和、発言がおじさんだよ。私たちの方が若いのに。
でも確かに横山さんって、エネルギーに溢れてるよね」
村田は疲れたので部屋で休むといい、美姫もまだ完全に体調が復帰したわけではないので、会食までの間ゆっくり過ごす事にした。
「大和は、どうする?」
美姫は、少し緊張しながら聞いた。本当は一緒にいて欲しいけれど、せっかく海外に来て貴重な自由時間なのだから、街歩きしたいかもしれないと思うと、口に出せなかった。
「俺も部屋行くわ。やっぱフライト長いと、いくら座席がフラットになってても疲れるな」
「そうだね」
美姫は笑顔で答えた。
フランクフルトだけでなく、ベルリンやミュンヘンにも支社をもつ来栖財閥の社長秘書にとって、ドイツ語取得は必須だからだ。
美姫は大学の講義だけでなく、自宅でも勉強したり、時には凛子にも教えてもらい、少しずつドイツ語を習得していた。
ふたりは笑顔で握手を交わした。美姫はまだハグは恐怖を感じるものの、握手程度の接触なら出来るまでになっていた。
『初めまして、副支社長のクンツェルドルフです。
あなたがクルス社長夫妻の娘さんですね。ようやくお会いできて嬉しいです』
礼儀正しい言い回しや、名前ではなく苗字を名乗るところが日本のビジネスと似ていると感じた。
クンツェルドルフは美姫の隣に立つ大和とも、固い握手を交わした。
『クンツェンドルフさん、初めまして。来栖大和と申します』
『どうも。来栖財閥の次期社長だと、リンコから窺っています。
あなたたちがドイツ語を話せると知って驚きました。さすが、リンコの教育ですね。これなら、会議もスムーズにいくことでしょう』
だが大和も美姫もまだドイツ語のヒアリングには慣れておらず、全てを聞き取る事は出来なかった。
『あ、俺たち......まだ、それほどドイツ語が話せるわけではなくて......』
そこへ、スーツケースをホテルへ送る村田の手続きを手伝っていた横山が戻ってきた。
「Adam!」
横山がクンツェルドルフに嬉しそうに手を振りながら、歩み寄る。
「Yu-ma!!!」
先ほどまでの礼儀正しさは消え、クンツェツドルフは柔らかい表情になり、横山と固いハグを交わした。それは、ビジネスのものとは違う温かいものを感じさせた。
後から来た村田が、美姫と大和に説明する。
「横山さんはご両親の仕事の関係で昔フランクフルトに住んでいたことがあり、クンツェルドルフさんは横山さんのお父様のご友人なんですよ。それで、横山さんがドイツ出張される際にはいつも彼の家に泊めてもらっているのだそうです」
今回はロングフライトでの疲れを考慮し、空港からホテルに直行する。
車内では、横山のおかげですっかり和気藹々としたムードになっていた。クンツェルドルフとの共通の趣味がサッカー観戦であるらしく、地元のサッカーチームであるアイントラハト・フランクフルトについて、白熱したトークを展開していた。
『今年のSGE(アイントラハト・フランクフルトの愛称)は、ほんっと調子よくないですよね』
『あぁ、地元でもブンデスリーガ1部から降格するんじゃないかって、不安の声も上がってるよ』
『もっとハセガワにも活躍して欲しいんですけどね、同じ日本人として』
大和は会話の全容は分からなかったものの、知っている日本人サッカー選手の名前に反応した。
「ハセガワ!? 長谷川って、長谷川誠治だよな? そっか、ドイツ行ったって聞いてたけど、フランクフルトのチームにいたんだな」
前のめりになりながら興奮し、横山たちの話に加わる。年の差など感じさせることなくサッカーの話に熱中する3人を、美姫は少しの疎外感と羨ましさを感じながら、微笑ましく見つめた。
空港から30分程して宿泊先の櫻井ロイヤルホテルに着いた。世界の豪華ホテルが加入するLHW(ザ・リーディング・オブ・ホテル・オブ・ザ・ワールド)の一員にもなっている櫻井ロイヤルホテルは、フランクフルトにもホテルを構えていた。
『ではまた、後ほどお会いましょう。それまでは、ゆっくり躰を休めてください』
クンツェルドルフは再び車に乗り込み、会社へ戻った。午後7時からは、フランクフルト支社の重役達と挨拶を兼ねて会食を予定している。
村田がチェックインの手続きをしている間、横山はスマホをずっと弄っていた。
「じゃあ僕は、これから友達と会ってきますので、現地で合流しますね」
横山は鍵を受け取った途端、フライトの疲れなど見せず、意気揚々とホテルを出て行った。
「横山さん、若いな......」
呟く大和に、美姫がプッと吹き出す。
「大和、発言がおじさんだよ。私たちの方が若いのに。
でも確かに横山さんって、エネルギーに溢れてるよね」
村田は疲れたので部屋で休むといい、美姫もまだ完全に体調が復帰したわけではないので、会食までの間ゆっくり過ごす事にした。
「大和は、どうする?」
美姫は、少し緊張しながら聞いた。本当は一緒にいて欲しいけれど、せっかく海外に来て貴重な自由時間なのだから、街歩きしたいかもしれないと思うと、口に出せなかった。
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