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晴れやかな空

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 奉賽殿へと向かう行列の中、美姫は微かに久美の声が聞こえた気がして、大勢の人が集っているロープの先にチラッと視線を向けた。

 だが、久美の姿を認めることは出来なかった。

 私が久美のことを気にしていたから、空耳が聞こえたのかもしれない......

 美姫は再び正面を見つめ、目の前に迫る奉賽殿へと足を踏み入れた。

 神様に挙式の始まりを知らせる太鼓が鳴らされる。大和と美姫はしずしずと前に進み、神座を正面にして立った。その後ろには媒酌人として元内閣総理大臣であり現参議院議員である大瀧永十郎夫妻が立っていた。

 現在、挙式や披露宴で仲人や媒酌人を立てる夫婦は僅か1%程度だ。大和も美姫も媒酌人を立てることは考えていなかったのだが、格式ある結婚式に媒酌人は絶対に必要だという羽鳥家側の主張により、大瀧永十郎に依頼することになったのだった。

 斎主が神前に進み、大麻おおぬさを振って参列者や祭場を清らかにする。斎主に合わせて神前に向かって全員が起立し、拝礼を行う。

 斎主が祝詞を読み上げ、神前にてふたりの結婚を奉告する。祝詞奏上では、神々が新郎新婦をあらゆる災厄から守り、末長い幸せを祈願する内容の祝詞が読み上げられる。 

 厳粛な雰囲気の中、独特のリズムの祝詞を聞きながら、神聖な気持ちになった。

 神前に供えてある御神酒を巫女が下げ、一般に三三九度と呼ばれる「誓盃の儀」になる。

 盃は、小盃・中盃・大盃がある。小盃は夫婦の成長を見守り、二人を出会わせてくれた先祖への感謝の気持ちを表し、中盃は、夫婦がこれから協力して生きて行くことへの誓いを意味し、大盃は、一家の安泰と子孫繁栄の願いがこめられている。

 まずは小盃に大和が、次に同じ盃で美姫がつけ、中盃は美姫が、次に同じ盃で大和が、最後に大盃で大和が、次に同じ盃で美姫が御神酒を頂く。

 盃は必ずしも飲みほさないといけないというものではない為、この後披露宴を控えているふたりは口を添えるだけにした。

 それまでは撮影禁止だった為、ここで待っていたかのように一斉にカメラが向けられ、シャッター音が鳴り響く。

 盃に口を添える美姫の手元の所作は美しく、思わずその場にいる者たちから溜息が漏れた。

 続いて「指輪の交換」。いきなり和式から洋式に変換したようでおかしい気もするが、時代の流れとともに結婚指環が浸透し、多くの新郎新婦が指輪交換を希望するようになり、挙式に組み込まれることになったのだった。

 美姫の結婚指輪は記者会見の直前に大和から贈られた婚約指輪とセットリングになっており、大和のはそれの男性向けデザインとなっていた。

 まずは美姫が指輪を手に取り、大和の指に嵌める。続いて大和の番となったのだが、緊張で汗ばむ手から指輪が落ちてしまった。

「いけねっ」

 大和の呟きが漏れ、会場に一瞬小さな笑い声が起こる。指輪を拾い上げた大和は、なんとか無事に美姫に指輪を嵌めることが出来た。 

 続いて大和と美姫が神前に進み出て、先ほど練習した誓詞奏上を読み上げる。ここでは大和はつっかえることなく堂々とした様子で読み上げ、美姫も緊張しながらも「妻 来栖美姫」と神聖な気持ちと共に述べた。

「玉串拝礼」では巫女から玉串を受け取り、一拝して玉串案に供え、そのあとに二拝二拍手一拝をして席に戻る。神社によっては、媒妁人夫妻、両家の代表も同様に玉串拝礼を行うのだが、ここ明治神宮では行わない。

 無事に誓詞奏上を済ませ、安堵したところで新郎新婦の新しい門出を祝い、巫女が神楽の演奏に合わせて神前舞台で舞う。この「寿の舞」は明治神宮オリジナルの神楽で、明治天皇の皇后であられた昭憲皇太后が「鏡」と言うお題でお詠みになられた御歌
『朝ごとにむかふ鏡のくもりなくあらまほしきは心なりけり(毎朝私たちが向かう鏡が綺麗であること、まことに気持ちがよいように、人の心もいろいろものを映す鏡でありますから、常に清く澄み明らめておきたいものです)』に作曲・振付したものを歌・和琴、神楽笛で伴奏し、巫女が舞う。

 寿の舞のあと、神前舞台から降りてきた巫女が新郎新婦、ご参列の皆様に向かって鈴を振り、清らかな音に託して神の恵みを授ける。

 続いては、新郎新婦の両家が親族となる儀式となる「親族盃の儀」。別名、「固めの盃」とも言われる。参列者全員の前に盃が置かれ、巫女が御神酒をついで行く。

 美姫はそれを見つめながら、どうか両家に諍いなく、穏やかな親族関係を結べるよう心密かに祈った。

 斎主の発声で、参列者全員が御神酒を頂いた。

 斎主が新郎新婦と親族に祝辞を述べ、斎主に合わせて全員起立し、拝礼すれば太鼓が打たれ、式の結びとなる。

 終始緊張の連続だったものの全て滞りなく儀式が終了し、ようやく大和と美姫は笑顔を交わした。
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