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奪われた幸せ ー久美sideー

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 長い沈黙の後、お父さんが重い口を開いた。

「いしれんこっをしっくれてっ(余計なことしやがって)!!」

 ぇ......

 驚いてお父さんを見ると、目を尖らせて私を睨みつけていた。

「おまいがこげんこつせんければ、うぜけん(世間)な礼音こっを知らんで済んだんやっどっ! おまいが来栖秀一に復讐なんどしたで、おいどん(俺たち)なひで目にあったんやっでな!
 もう礼音にはかかいよわんな(関わるな)! こん、やっびょうがん(疫病神)が!!」

 早口で一気に捲し立てられ、意味は分からないものの相当怒っていることは分かった。

「ま、待って下さい。私の話を聞いてください...」

 言い終わらないうちに、お父さんはマイクロSDカードを手に取り、憎々しげに睨みつけた。

「こげなもん!」

 パキッと音がして、お父さんの手の中でそれは半分に割られた。

 大切な、証拠が......

 一気に目の前が真っ暗になる。

 礼音のお母さんが口を開いた。

「私は、あなたに対して今、恨みの気持ちがふつふつと湧いています」

 どう、して......

 わけがわからないという顔をした私に、お母さんがグッとハンカチを握り締め、目尻を上げた。

「あの記者会見が行われ、それから暫くしてから、私たちの家に嫌がらせの電話がかかってくるようになりました。きっと、あの事件の犯人が礼音だと気付いた人が、身元を調べたのでしょう。
 最初は、なんのことか分かりませんでした。タチの悪い悪戯電話だろうと思っていたんです。

 けれど、その電話は日毎に多くなり、ひとりだけでなく複数からかかっているようでした。そして、礼音が来栖財閥のお嬢さんを襲ったと一様に言っているのを聞き、これはただの悪戯電話ではないかもしれないと思い始めました」

 お母さんは気持ちを落ち着かせるため、いったん深呼吸した。
 
「礼音に電話しても連絡がつかず、手紙を送っても返事が来ません。直接会いに行きたくても、仕事が忙しくて滅多に休むことは出来ませんでした。

 そんなある日、お得意の酒屋さんから取引をやめたいと連絡がありました。『犯罪者の息子がいるようなところから、焼酎を買いたくない』、と。こんな田舎です。礼音が来栖財閥令嬢である美姫さんを襲ったという噂はあっという間に広まりました。
 今はなんとか醸造を続けていますが、この先お得意さんがどんどん離れていけば、ここを運営していくのは難しくなります。大切にしてきた先祖代々の蔵元を、失うかもしれないのです。

 これから先、私たちは......犯罪を犯した息子のいる蔵元として、肩身の狭い思いをしていかなければなりません。もちろん、それは息子の自業自得であり、責められるのは仕方ないことだと思っています。そして、彼の親である私たちにも責任があると。その覚悟をしたからこそ、礼音をここに呼び戻しました」

 それから、お母さんが私を睨みつけた。

「礼音がここに戻ってきた時、なんらかの強い精神的ショックを受けたことをすぐに感じました。そして今こうして写真を見せられ、どうして礼音があんな状態になったのかようやく分かりました。母親なら誰だって自分の息子のあんな写真を見せられたら、胸が張り裂けるように苦しいし、ショックを受けます。犯人を......恨み、憎しみ、傷つけたいと思います。
 けれど、被害にあった女性たちのことを思うと、礼音に報復した犯人だけを責めることは......出来ません。

 婚約会見の際、来栖美姫さんは襲われた時のことを思いだし、突然気分が悪くなり、震えていました。彼女は、相当の心の傷を負ったに違いありません。

 どうして、復讐なんかしたんですか。あなたが何もしなければ......世間に、礼音のことを知られずに済んだのに。私たちは、礼音が皆に愛され、幸せに生きていると信じていられたのに......ウッ」

 どう、して……!?

「わた、しは! 私は、礼音さんのためにっ!!」

 お母さんが、憎しみを込めた瞳で見つめ返した。

「礼音が、望んだのですか? 『来栖秀一に復讐してくれ』と、そう頼んだのですか?」
「それ、は......」

 熱い塊が喉に詰まって、言葉が出てこない。

 お母さんは睫毛を伏せ、震える声で告げた。

「お引き取り、下さい」
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