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断ち切る鎖
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苦しかったラフマニノフの過去を振り返るような、第1楽章。
秀一が独奏するピアノがホールに響き渡る。静かに遠くから聞こえてだんだんと近づいてくる和音の鐘の響きが、次第に強さを増していく。背筋を伸ばし、長く美しい指が優美にピアノの鍵盤を流れているかのような演奏スタイルだった秀一が背筋を深く折り曲げ、曲に同調するように躰全体で旋律を刻んでいる。
暗黒の恐怖がひたひたと迫り来るかのような恐怖を感じて、美姫は鳥肌がたった。
やがて強く大きく響く鐘の音が最高潮に達し、ピアノは華麗なアルペジオへと変わる。それと同時に弦楽合奏で力強いハ短調の第一主題が演奏され、2つの音が揺らぐようなメロディで曲が大きく盛り上がっていく。
ヴィアオラに導かれたピアノは、第1主題とは対照的な甘くセンチメンタルな第2主題へ入る。聴いていると、こちらまで憂いに沈んで溜息をつきたくなる。
ラフマニノフの人生と秀一の人生。
そして---ラフマニノフの調べと彼の感情が同化していくかのように。
それは溶け合い、絡み合い、複雑な旋律と共に迸っていく。
彼らの孤独が。焦燥が。挫折感が。悔しさが。
指先からだけではなく、秀一の躰全体からオーラのように発されていた。
まさに、魂の籠もった演奏そのものだった。
この曲はピアノの演奏至難なパッセージの多くが、音楽的・情緒的な必要性から使われており、しかも伴奏として表立って目立たないこともあり、聴き手にピアノの超絶技巧の存在を感付かせない。
でも、秀一さんは......違う。
明らかに殆どの観客たちは、秀一の情感的な演奏と華麗なテクニックに釘付けになっていた。
躰を使って感情的に演奏しているものの、あくまで指先の位置は正確で、ミスタッチすることなく音を刻んでいる。淀みなく流れるような指先の動き、そして彼の切なく苦しげでいて妖艶な表情から目を逸らすことなど、到底不可能だ。
オーケストラと一体になって激情的なダイナミズムを作りながらも、まるで秀一にスポットライトが当たっているかのようにその存在を強く放っていた。
第一楽章が終わり、この協奏曲の白眉ともいえる第2楽章へと移る。ここは、ラフマニノフの真骨頂ともいえる抒情的な楽章となっている。
弱音器を付けた弦楽器とピアノ、木管楽器が美しく絡みながら進んでいく。ピアノの伴奏の上にフルートとクラリネットが哀愁に溢れたメロディを歌うと、ラフマニノフ一流のリリシズム(叙情性)が最高に発揮され、夢見るようなロマンティシズムに溢れた調べが会場を満たす。
美しく哀愁漂うその旋律に、胸がきつく絞られる。
ファゴットの高音とピアノが美しく絡み合うと、次第にピアノは雄弁になり、華やかさを増していく。それまでの哀愁が消え、秀一の指先が力強く高らかに旋律を奏でる。彼の額から汗が迸り、キラキラと煌めいた。
止めどなく溢れる涙を拭いながら、美姫は秀一の雄姿を一瞬でも見逃すまいと画面に釘付けになっていた。
続いて、精神が開放された歓びを謳い上げる第3楽章。
歯切れの良いシンバルの音が鳴り響き、行進曲のような曲風。そこから、秀一の華麗なピアノのリズムが派手に動き回る。鍵盤から音符が弾けてきそうな軽快な指先から溢れる旋律に、また観客の視線が集中する。
一息入れたあとオーボエとヴィオラがユニゾンで甘い第2主題を呈示し、落ち着いた雰囲気を醸し出す。これを秀一のピアノが引き継いでいく。
その後、激しい部分と甘い主題とが交替しながら自由に進んで行く。全エネルギーを投入するかのように、緊迫感を増していく秀一の演奏。
息をするのも忘れるほどに、引き寄せられる。
弦楽器のカンタービレで、このメロディがさらに甘くたっぷりと歌われる。シンバルの弱音を含むひっそりとした部分の後,曲は最後の盛り上がりに入っていく。
ピアノの華麗なパッセージの後、一瞬休符が入る。その直後,全エネルギーを開放するかのように第2主題が全オーケストラでスケール感たっぷりに歌われる。
秀一は華麗なオブリガートをつけ、壮大なオーケストラの演奏と共に強く眩い輝きを放っていた。美姫は嗚咽を抑えられず、しゃくり上げながら秀一を見つめていた。
シンバルの音を含む「三三七拍子」のような弾むような音が響く。秀一の指先だけでなく、躰全体も激しく揺れながら、魂を燃え尽きさせるかのように楽曲を刻む。
最後は「ラフマニノフ終止」と呼ばれる、ラフマニノフの曲の終わりの常套句である「ジャンジャカジャン」という力強い音で終わった。
秀一が独奏するピアノがホールに響き渡る。静かに遠くから聞こえてだんだんと近づいてくる和音の鐘の響きが、次第に強さを増していく。背筋を伸ばし、長く美しい指が優美にピアノの鍵盤を流れているかのような演奏スタイルだった秀一が背筋を深く折り曲げ、曲に同調するように躰全体で旋律を刻んでいる。
暗黒の恐怖がひたひたと迫り来るかのような恐怖を感じて、美姫は鳥肌がたった。
やがて強く大きく響く鐘の音が最高潮に達し、ピアノは華麗なアルペジオへと変わる。それと同時に弦楽合奏で力強いハ短調の第一主題が演奏され、2つの音が揺らぐようなメロディで曲が大きく盛り上がっていく。
ヴィアオラに導かれたピアノは、第1主題とは対照的な甘くセンチメンタルな第2主題へ入る。聴いていると、こちらまで憂いに沈んで溜息をつきたくなる。
ラフマニノフの人生と秀一の人生。
そして---ラフマニノフの調べと彼の感情が同化していくかのように。
それは溶け合い、絡み合い、複雑な旋律と共に迸っていく。
彼らの孤独が。焦燥が。挫折感が。悔しさが。
指先からだけではなく、秀一の躰全体からオーラのように発されていた。
まさに、魂の籠もった演奏そのものだった。
この曲はピアノの演奏至難なパッセージの多くが、音楽的・情緒的な必要性から使われており、しかも伴奏として表立って目立たないこともあり、聴き手にピアノの超絶技巧の存在を感付かせない。
でも、秀一さんは......違う。
明らかに殆どの観客たちは、秀一の情感的な演奏と華麗なテクニックに釘付けになっていた。
躰を使って感情的に演奏しているものの、あくまで指先の位置は正確で、ミスタッチすることなく音を刻んでいる。淀みなく流れるような指先の動き、そして彼の切なく苦しげでいて妖艶な表情から目を逸らすことなど、到底不可能だ。
オーケストラと一体になって激情的なダイナミズムを作りながらも、まるで秀一にスポットライトが当たっているかのようにその存在を強く放っていた。
第一楽章が終わり、この協奏曲の白眉ともいえる第2楽章へと移る。ここは、ラフマニノフの真骨頂ともいえる抒情的な楽章となっている。
弱音器を付けた弦楽器とピアノ、木管楽器が美しく絡みながら進んでいく。ピアノの伴奏の上にフルートとクラリネットが哀愁に溢れたメロディを歌うと、ラフマニノフ一流のリリシズム(叙情性)が最高に発揮され、夢見るようなロマンティシズムに溢れた調べが会場を満たす。
美しく哀愁漂うその旋律に、胸がきつく絞られる。
ファゴットの高音とピアノが美しく絡み合うと、次第にピアノは雄弁になり、華やかさを増していく。それまでの哀愁が消え、秀一の指先が力強く高らかに旋律を奏でる。彼の額から汗が迸り、キラキラと煌めいた。
止めどなく溢れる涙を拭いながら、美姫は秀一の雄姿を一瞬でも見逃すまいと画面に釘付けになっていた。
続いて、精神が開放された歓びを謳い上げる第3楽章。
歯切れの良いシンバルの音が鳴り響き、行進曲のような曲風。そこから、秀一の華麗なピアノのリズムが派手に動き回る。鍵盤から音符が弾けてきそうな軽快な指先から溢れる旋律に、また観客の視線が集中する。
一息入れたあとオーボエとヴィオラがユニゾンで甘い第2主題を呈示し、落ち着いた雰囲気を醸し出す。これを秀一のピアノが引き継いでいく。
その後、激しい部分と甘い主題とが交替しながら自由に進んで行く。全エネルギーを投入するかのように、緊迫感を増していく秀一の演奏。
息をするのも忘れるほどに、引き寄せられる。
弦楽器のカンタービレで、このメロディがさらに甘くたっぷりと歌われる。シンバルの弱音を含むひっそりとした部分の後,曲は最後の盛り上がりに入っていく。
ピアノの華麗なパッセージの後、一瞬休符が入る。その直後,全エネルギーを開放するかのように第2主題が全オーケストラでスケール感たっぷりに歌われる。
秀一は華麗なオブリガートをつけ、壮大なオーケストラの演奏と共に強く眩い輝きを放っていた。美姫は嗚咽を抑えられず、しゃくり上げながら秀一を見つめていた。
シンバルの音を含む「三三七拍子」のような弾むような音が響く。秀一の指先だけでなく、躰全体も激しく揺れながら、魂を燃え尽きさせるかのように楽曲を刻む。
最後は「ラフマニノフ終止」と呼ばれる、ラフマニノフの曲の終わりの常套句である「ジャンジャカジャン」という力強い音で終わった。
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