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入学

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 翌日、4月1日。この日は、青海学園大学の入学式であり、編入生も一緒に式に参列する。

 美姫はベージュのツイードに黒のバイカラーが入ったアンサンブルスーツに身を包み、真珠のネックレスをつけ、緊張で顔を強張らせていた。

 今日から、青学で新たな大学生活がスタートするんだ......

「そろそろ行くか」

 チャコールグレーのスーツに身を包んだ大和に後ろから声を掛けられ、美姫が振り返った。大和は、美姫の保護者として入学式に出席する。

 昨日の発表会での無理がたたり、誠一郎は医者から外出禁止を言い渡された。凛子だけでも式に出席するつもりでいたが、新ロゴ発表後の反響が予想よりも大きく、その対応のため、出席は断念せざるをえなくなった。

「そうだね、行こっか」
 
 青海学園は幼稚舎から高等部までは同じ、もしくは近くに校舎があるが、大学は離れたところにあるため、美姫は行ったことはなかった。

 秀一が大学生の時に音楽会やイベントに顔を出すことはあったが、彼の通っていた青海学園音楽大学は他の学部とは違い、東京郊外に独立した校舎をもっている。因みに、高等部の音楽学科の校舎もそこになる。

 入学式も卒業式も単独で行われるため、同じ系列であるものの別の学校といった感じだった。

 美姫と大和の通う国際政治経済学部の他には、薫子と陽子がとっている文学部、教育人間科学部、経済学部、法学部、経営学部、総合文化政策学部、理工学部、社会情報学部、地球社会共生学部があり、午前と午後で学部を分けて入学式が行われる。国際政治経済学部の入学式は午後で、2時半開始となっていた。

 入学式の会場となる大学の記念講堂までの入学生や編入生が通る道沿いには、既にサークルや愛好会、ゼミなどの勧誘がひしめき合い、混沌とした状態だった。

「わ、すげぇなぁ。そういや、入学式ってこんなんだったな......懐かしい」

 大和は驚きと共に興奮したように呟いた。

 この中を歩いて行くことになるんだ......

 昨日来栖財閥の新ロゴ発表会で、そのことがTVや新聞で大きく取り上げられていた。今日、ここに美姫が姿を現せば、注目されるに違いない。美姫の心の中に不安と恐怖が広がり、思わず大和の裾を掴んだ。

「じゃ、行くか」

 そう言って大和が歩き出したのは、皆が歩いているのとは別の方向だった。

「大和、どこに行くの?」
「あ? 正門以外にも入れるところはあるからさ。わざわざ人混みの中、歩きたくねぇだろ?」

 そっか、あそこを通らなくていいんだ。よかった......

 美姫は肩を撫で下ろした。

 一番人通りが少ないと思われる門から入り、講堂へと向かう。ここが一番講堂から離れている為、かなり歩かなくてはならない。

 道沿いには桜が植えてあり、ちょうど満開の時期を迎えていた。

「綺麗......」

 満開の桜を眺めているだけで気持ちが高揚し、幸せな気持ちが自然と溢れ出す。

 そういえば、薫子が悠と初めて出会ったのは桜の時期って言ってたっけ。すごくロマンチックな出逢いで、素敵だなって思ったの覚えてる。
 散ってしまっても、また次の年には必ず咲く桜のように、あのふたりの心も再び通じ合うようになるといいな......

 そう願った後、先日の悠の母親との会話を思い出し、美姫の心がチクっと痛んだ。そっと睫毛を伏せて祈るようにした後、桜の樹を切なく見上げた。

 人が集まっている場所に近づくにつれ、周囲からの視線が自分たちに集まっていることを感じる。遠巻きに見つめながらも、視線を外そうともしない。チラチラとこちらを見つめながら、噂話をする者たち。中には大胆にも正面からスマホで写真を撮って、すぐにツイッターやインスタグラムに載せている者までいた。

「はぁ......やっぱ、大変そうだな」

 大和が溜息と共に呟いた。

 美姫は胸を張り、彼に笑顔を見せた。

「大丈夫。こうなることは、覚悟してたから」

 受付は無事に済ませたものの、大和はまだ不安を覗かせていた。

「じゃあ俺、1階の後ろの方にいるから......何かあれば、声掛けてくれ」
「ありがとう」

 美姫は笑顔で手を振り、大和を見送った。

 だが、1人になった途端、美姫は急に不安に襲われた。

 今日は入学式だから同じ学年の子達はいないし、編入生は他から来てる人たちだから、ここには知り合いはいないんだ......

 特に青海学園は幼稚舎や小等部、または中等部からエスカレーター式で大学へと進む学生が多い為、グループで固まっており、1人でポツンと立っているような学生はあまりいなかった。
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