592 / 1,014
新旧対決
2
しおりを挟む
自動改札の横に立つ警備員に軽く挨拶し、エレベーターに乗り込む。美姫とふたりになった途端、大和からは盛大な溜息が漏れた。
「ぜってぇ俺、なめられてるよな......そりゃそうだよな。いきなり俺が来栖財閥の後継者だからって言われて、こんな若造にプロジェクトの指揮とかされるなんて、いい気しないに決まってるよな」
落ち込む大和に、美姫は声を掛けた。
「まぁ、今までの広告代理店で特に問題ないと社員さんたちが思ってる中で新ロゴプロジェクト立ち上げて、従来の仕事と掛け持ちさせてるんだから、文句を言いたくなるのも仕方ないよ。たぶん鮫島さんは、大和に対して強気に出られない下の人たちのことも考慮して意見したんだと思うし。
でも、今日のプレゼンが上手くいけば、きっと社員さん達にもこのプロジェクトの意義を理解してもらえると思うから、がんばろ」
美姫の励ましに大和は顔を上げた。
「そう、だな。ここまで来たんだ。やるしかないよな」
社長室のある最上階で降りる。ここに来るのは、美姫にとっても数える程しかなかった。
扉を叩くと、中から村田が出てきた。年は誠一郎よりもかなり上で、嘉一が存命の頃から財閥に勤めている。おでこから頭頂部まで禿げ上がり、垂れ目の目尻に刻まれた深い皺が優しい印象を与えていた。
村田は誠一郎のもうひとりの秘書であるが、普段は凛子の補佐として働いている。誠一郎が不在の今、凛子が社長代理となった為、村田は彼女の秘書を務めていた。
「美姫お嬢様、おはようございます」
村田は美姫を見て目を細め、微笑んだ。美姫が幼い頃から誠一郎の秘書を務めている村田にとって、美姫は未だ可愛い社長の娘のままなのだ。
「村田さん、もうお嬢様はやめて下さいって言ってるじゃないですか」
美姫はそう口では窘めながらも、笑みを浮かべた。彼女にとっても、幼い頃から付き合いのある村田は何を考えているか分からない親族よりも、本当の親戚のように感じていた。
凛子は副社長である来栖八郎と向かい合って座り、何か話し込んでいた。八郎は嘉一の姉の息子、つまり誠一郎と秀一にとって、いとこに当たる。
「失礼します」
そう声を掛けた大和に気付いた凛子は笑顔を向けたが、八郎は苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべた。表立って口にはしないものの、大和と美姫の結婚をよく思っていない人間のひとりが八郎であることは、凛子も美姫も分かっていた。そして、副社長である八郎ではなく、社長秘書である凛子が社長代理を務めていることに不満を抱いていることも。
以前から八郎の派閥が来栖財閥内にあったものの、それは財閥がダメージを受けて以来、どんどん大きくなっていた。彼が虎視眈々と次期社長の座を狙っているのは、明らかだった。
「大和くん、美姫。今日私も会議に参加はしますが、どちらの広告代理店を選ぶかの判断はあなた方に任せますから。しっかり動向を見守らせてもらいますね」
凛子の言葉に大和は身が引き締まる思いだった。
「はい、よろしくお願いします」
八郎は、バーコード頭を撫で付けた後、ねっとりとした目つきで大和に目線を送った。
「しかし、広告代理店同士のコンペチションなど......必要ないと思いますがね。電報堂といえば、国内1位の広告代理店ですぞ。吉岡メヂアエージェンシーなど、聞いたこともありませんし。まったく、突拍子もない思いつきで働かされる社員の身にもなって欲しいもんですなぁ」
凛子の顔色を窺いながらも、大和への厭味が籠っていた。
凛子はそんな八郎の様子など気にも留めず、さっと立ち上がった。
「副社長、わざわざ出向いて下さりありがとうございました。ではまた、コンペティションの会議でお会いしましょう。私はこれから二人と話し合いがありますので」
八郎はまだ言いたいことがありそうな顔をしていたものの、凛子の態度に逆らうことは出来ず、すごすごと社長室を後にした。
八郎が出て行った後、美姫はボソッと呟いた。
「私、あの人苦手......」
凛子がフッと笑みを浮かべる。
「苦手な人間とも上手くやっていけるようになることが、これから大切になるわ。ビジネスを進めていくうえでは、本音と建前が必要になることを大和くんもあなたも勉強していかなければね」
長年来栖財閥の社長秘書として多くの人間と関わってきた凛子の現実を突きつける言葉を聞き、美姫は深く頷いた。
「ぜってぇ俺、なめられてるよな......そりゃそうだよな。いきなり俺が来栖財閥の後継者だからって言われて、こんな若造にプロジェクトの指揮とかされるなんて、いい気しないに決まってるよな」
落ち込む大和に、美姫は声を掛けた。
「まぁ、今までの広告代理店で特に問題ないと社員さんたちが思ってる中で新ロゴプロジェクト立ち上げて、従来の仕事と掛け持ちさせてるんだから、文句を言いたくなるのも仕方ないよ。たぶん鮫島さんは、大和に対して強気に出られない下の人たちのことも考慮して意見したんだと思うし。
でも、今日のプレゼンが上手くいけば、きっと社員さん達にもこのプロジェクトの意義を理解してもらえると思うから、がんばろ」
美姫の励ましに大和は顔を上げた。
「そう、だな。ここまで来たんだ。やるしかないよな」
社長室のある最上階で降りる。ここに来るのは、美姫にとっても数える程しかなかった。
扉を叩くと、中から村田が出てきた。年は誠一郎よりもかなり上で、嘉一が存命の頃から財閥に勤めている。おでこから頭頂部まで禿げ上がり、垂れ目の目尻に刻まれた深い皺が優しい印象を与えていた。
村田は誠一郎のもうひとりの秘書であるが、普段は凛子の補佐として働いている。誠一郎が不在の今、凛子が社長代理となった為、村田は彼女の秘書を務めていた。
「美姫お嬢様、おはようございます」
村田は美姫を見て目を細め、微笑んだ。美姫が幼い頃から誠一郎の秘書を務めている村田にとって、美姫は未だ可愛い社長の娘のままなのだ。
「村田さん、もうお嬢様はやめて下さいって言ってるじゃないですか」
美姫はそう口では窘めながらも、笑みを浮かべた。彼女にとっても、幼い頃から付き合いのある村田は何を考えているか分からない親族よりも、本当の親戚のように感じていた。
凛子は副社長である来栖八郎と向かい合って座り、何か話し込んでいた。八郎は嘉一の姉の息子、つまり誠一郎と秀一にとって、いとこに当たる。
「失礼します」
そう声を掛けた大和に気付いた凛子は笑顔を向けたが、八郎は苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべた。表立って口にはしないものの、大和と美姫の結婚をよく思っていない人間のひとりが八郎であることは、凛子も美姫も分かっていた。そして、副社長である八郎ではなく、社長秘書である凛子が社長代理を務めていることに不満を抱いていることも。
以前から八郎の派閥が来栖財閥内にあったものの、それは財閥がダメージを受けて以来、どんどん大きくなっていた。彼が虎視眈々と次期社長の座を狙っているのは、明らかだった。
「大和くん、美姫。今日私も会議に参加はしますが、どちらの広告代理店を選ぶかの判断はあなた方に任せますから。しっかり動向を見守らせてもらいますね」
凛子の言葉に大和は身が引き締まる思いだった。
「はい、よろしくお願いします」
八郎は、バーコード頭を撫で付けた後、ねっとりとした目つきで大和に目線を送った。
「しかし、広告代理店同士のコンペチションなど......必要ないと思いますがね。電報堂といえば、国内1位の広告代理店ですぞ。吉岡メヂアエージェンシーなど、聞いたこともありませんし。まったく、突拍子もない思いつきで働かされる社員の身にもなって欲しいもんですなぁ」
凛子の顔色を窺いながらも、大和への厭味が籠っていた。
凛子はそんな八郎の様子など気にも留めず、さっと立ち上がった。
「副社長、わざわざ出向いて下さりありがとうございました。ではまた、コンペティションの会議でお会いしましょう。私はこれから二人と話し合いがありますので」
八郎はまだ言いたいことがありそうな顔をしていたものの、凛子の態度に逆らうことは出来ず、すごすごと社長室を後にした。
八郎が出て行った後、美姫はボソッと呟いた。
「私、あの人苦手......」
凛子がフッと笑みを浮かべる。
「苦手な人間とも上手くやっていけるようになることが、これから大切になるわ。ビジネスを進めていくうえでは、本音と建前が必要になることを大和くんもあなたも勉強していかなければね」
長年来栖財閥の社長秘書として多くの人間と関わってきた凛子の現実を突きつける言葉を聞き、美姫は深く頷いた。
0
お気に入りに追加
345
あなたにおすすめの小説

義妹のミルク
笹椰かな
恋愛
※男性向けの内容です。女性が読むと不快になる可能性がありますのでご注意ください。
母乳フェチの男が義妹のミルクを飲むだけの話。
普段から母乳が出て、さらには性的に興奮すると母乳を噴き出す女の子がヒロインです。
本番はありません。両片想い設定です。



甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる