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脱却
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そんな美姫に掛けられたのは、予想外の言葉だった。
「思い出したくないですよね。怖い、ですよね......
忘れたい、なかったことにしたい、そう思ってしまうのは当然だと思います。誰でも、辛かったことと向き合いたくないですよね」
優子にそう言われた途端、美姫の瞳の奥が熱く潤み、涙がポロポロと溢れてきた。
秀一も、大和も......トラウマを乗り越えさせるために、過去と向き合うことを望んでいた。
凛子や、薫子は......ただただ美姫の状況を嘆き、悲しみにくれた。
美姫は、今初めて気がついた。
私は、同調して欲しかったんだ。この苦しい気持ちを受け止めて、肯定して欲しかったんだ......
その後も優子は、美姫から礼音に襲われた時のことや、その後の美姫の感情や男性恐怖症の時の様子を聞くことはしなかった。
1時間が経ち、優子が口を開いた。
「では、今日のカウンセリングはこれで終わりにしましょうか」
優子の言葉に、美姫は呆気にとられた。
「え、でも私......」
肝心なことを、何も話してない。
優子は穏やかに微笑んだ。
「美姫さんが話したいと思ったことを、聞かせてもらえればいいですから。心に準備ができて、いつか自分から話したいと思えるようになった時に、聞かせてくださいね」
「はい」
美姫は、スッと心が軽くなった気がした。
「今日は初めての顔合わせですので、お金は頂きません。
もしこれからもカウンセリングを希望するのであれば、面接の頻度を決めてもらえますか。毎週、隔週、毎月、または随時といつでも大丈夫ですが、できれば同じ曜日、同じ時間で決めていただいた方がいいですね。そうすると、自然とカウンセリングの日が近づくにつれ、心の準備が出来るようになりますから」
美姫は、大和の顔を窺いながら優子に答えた。
「出来れば、週に1度カウンセリングを受けさせてもらいたいんですけど......」
大和が美姫の隣で頷いた。
「あぁ、その方が俺もいいと思う。曜日と時間を指定してくれれば、スケジュールを空けておくから」
毎週大和に送り迎えをしてもらわなければいけなくなるのを申し訳なく思っていると、優子が口を挟んだ。
「今日はこちらに来て頂いたけれど、自宅の方がリラックスできるなら訪問カウンセリングも受け付けていますので」
「え、そうなんですか?」
ここは落ち着くけれど、大和に毎回送ってもらうのは悪いし、自宅に来てもらった方が助かるな。
「じゃあ、来週からは自宅に来てもらっても大丈夫ですか。お手数をお掛けして申し訳ありません」
「ふふっ、気にしないで下さい」
優子は住所を確認するため、カウンセリングの前に書いてもらったシートを手に取ると、「あらっ?」と小さく呟いた。
「ここ、大地さんが住んでらしたマンションですよね。愛好会のメンバーでよく集まっていたので、覚えてました。大学に近いし、彼の家は大勢集まっても余裕なぐらい広かったから、ミーティングしたり、飲み会したりしてたんですよね。ふふっ、懐かしい......」
大和が答える。
「そうだったんですか。俺たちも青学生なんで、大学から近いし、兄がちょうど引っ越しを考えてたこともあって、譲り受けたんです」
「まぁ、そう。弟の大和さんも......じゃあ、兄弟3人揃って青学生なのね」
大和が目を丸くした。
「え、ひろ兄のことも知ってるんですか?」
「大樹さんは私たちが大学4年次の時に入学されたから。愛好会には入っていなかったけど、時々活動のお手伝いもしてくれていたの」
なんだよ、俺だけかよ、愛好会のこと知らなかったのは......
少し不満そうな顔をした大和に、美姫と優子は微笑んだ。
帰り際、美姫は優子に頭を下げた。
「今日はありがとうございました。少しお話させてもらっただけなのに、心が軽くなった気がします」
「そう言ってもらえると、とても嬉しいわ」
ふたりの会話を聞き、大和も嬉しそうな表情を浮かべた。
美姫は、それを隣に感じながら伏し目がちにし、大和から躰を少し逸らすようにして優子に向き直った。
「あ、あの......次回からは白川先生と二人でカウンセリングを受けたいんですが」
「え、大丈夫なのか、美姫?」
大和が心配そうに美姫を見つめる。
美姫はゴクリと喉を鳴らし、ゆっくり彼に振り返り、頷いた。
「うん......白川先生になら、安心して話ができそうだから」
「思い出したくないですよね。怖い、ですよね......
忘れたい、なかったことにしたい、そう思ってしまうのは当然だと思います。誰でも、辛かったことと向き合いたくないですよね」
優子にそう言われた途端、美姫の瞳の奥が熱く潤み、涙がポロポロと溢れてきた。
秀一も、大和も......トラウマを乗り越えさせるために、過去と向き合うことを望んでいた。
凛子や、薫子は......ただただ美姫の状況を嘆き、悲しみにくれた。
美姫は、今初めて気がついた。
私は、同調して欲しかったんだ。この苦しい気持ちを受け止めて、肯定して欲しかったんだ......
その後も優子は、美姫から礼音に襲われた時のことや、その後の美姫の感情や男性恐怖症の時の様子を聞くことはしなかった。
1時間が経ち、優子が口を開いた。
「では、今日のカウンセリングはこれで終わりにしましょうか」
優子の言葉に、美姫は呆気にとられた。
「え、でも私......」
肝心なことを、何も話してない。
優子は穏やかに微笑んだ。
「美姫さんが話したいと思ったことを、聞かせてもらえればいいですから。心に準備ができて、いつか自分から話したいと思えるようになった時に、聞かせてくださいね」
「はい」
美姫は、スッと心が軽くなった気がした。
「今日は初めての顔合わせですので、お金は頂きません。
もしこれからもカウンセリングを希望するのであれば、面接の頻度を決めてもらえますか。毎週、隔週、毎月、または随時といつでも大丈夫ですが、できれば同じ曜日、同じ時間で決めていただいた方がいいですね。そうすると、自然とカウンセリングの日が近づくにつれ、心の準備が出来るようになりますから」
美姫は、大和の顔を窺いながら優子に答えた。
「出来れば、週に1度カウンセリングを受けさせてもらいたいんですけど......」
大和が美姫の隣で頷いた。
「あぁ、その方が俺もいいと思う。曜日と時間を指定してくれれば、スケジュールを空けておくから」
毎週大和に送り迎えをしてもらわなければいけなくなるのを申し訳なく思っていると、優子が口を挟んだ。
「今日はこちらに来て頂いたけれど、自宅の方がリラックスできるなら訪問カウンセリングも受け付けていますので」
「え、そうなんですか?」
ここは落ち着くけれど、大和に毎回送ってもらうのは悪いし、自宅に来てもらった方が助かるな。
「じゃあ、来週からは自宅に来てもらっても大丈夫ですか。お手数をお掛けして申し訳ありません」
「ふふっ、気にしないで下さい」
優子は住所を確認するため、カウンセリングの前に書いてもらったシートを手に取ると、「あらっ?」と小さく呟いた。
「ここ、大地さんが住んでらしたマンションですよね。愛好会のメンバーでよく集まっていたので、覚えてました。大学に近いし、彼の家は大勢集まっても余裕なぐらい広かったから、ミーティングしたり、飲み会したりしてたんですよね。ふふっ、懐かしい......」
大和が答える。
「そうだったんですか。俺たちも青学生なんで、大学から近いし、兄がちょうど引っ越しを考えてたこともあって、譲り受けたんです」
「まぁ、そう。弟の大和さんも......じゃあ、兄弟3人揃って青学生なのね」
大和が目を丸くした。
「え、ひろ兄のことも知ってるんですか?」
「大樹さんは私たちが大学4年次の時に入学されたから。愛好会には入っていなかったけど、時々活動のお手伝いもしてくれていたの」
なんだよ、俺だけかよ、愛好会のこと知らなかったのは......
少し不満そうな顔をした大和に、美姫と優子は微笑んだ。
帰り際、美姫は優子に頭を下げた。
「今日はありがとうございました。少しお話させてもらっただけなのに、心が軽くなった気がします」
「そう言ってもらえると、とても嬉しいわ」
ふたりの会話を聞き、大和も嬉しそうな表情を浮かべた。
美姫は、それを隣に感じながら伏し目がちにし、大和から躰を少し逸らすようにして優子に向き直った。
「あ、あの......次回からは白川先生と二人でカウンセリングを受けたいんですが」
「え、大丈夫なのか、美姫?」
大和が心配そうに美姫を見つめる。
美姫はゴクリと喉を鳴らし、ゆっくり彼に振り返り、頷いた。
「うん......白川先生になら、安心して話ができそうだから」
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