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入籍

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 病院の駐車場に着いたのは10時5分前だった。車を降りると、大和が美姫に声を掛けた。

「美姫、急げ!」
「ちょっ、待って!」

 大和の革靴と違って、美姫はヒールを履いているので駆け出すわけにはいかない。

「そっか、ごめん」

 大和が立ち止まり、手を差し出した。

「別に、急がなくていいから」
「え、でも......」
「派手に転んで怪我でもしたら、大変だろ」

 その言い方に、自分が派手に転ぶ姿を想像してしまい、思わず美姫は笑った。

「しないよ」
「いや、美姫ならありえる」
「ないって」

 そうは言ったものの、大和から差し出された手を取って歩き出した。

 病室の扉をノックすると、凛子がにこやかに迎え入れてくれた。大蔵と京香は来ておらず、代わりに大地が忙しい仕事の合間を縫って来てくれていた。

 美姫と大和は晴れて入籍し、同時に大和は婿養子として来栖家に迎え入れられることとなる。

 養子縁組届を記入しながら、ふと大和が呟いた。

「これって、俺と美姫が兄妹になるってことなんだよな。なんか変な気分だな」

 そっか。私たち、血の繋がらない兄妹の関係になるんだ。
 それで結婚って......不思議な気分。

 そう考えてから、暗い気持ちになった。

 秀一さんと私は叔父と姪で3親等ともっと遠い関係でありながらも、結婚は出来ない。血の繋がりが、あるから......

「そう、だね」
 
 美姫は、ぎこちなく微笑んだ。

 養親は誠一郎となるため、誠一郎も署名に記入する。

 この頃ではすっかり体調もよくなり、病院内を散歩できるまでに回復していた。だが、まだ手術に向けて検査を繰り返さなくてはならないので、退院までには時間がかかる。

 凛子と大地が証人となり、それぞれ記入していく。大地が記入するのを横目で見つめながら、大和は複雑な思いに駆られた。

 羽鳥という家にそこまで強い思い入れがあったわけではないし、法的に来栖家の人間になっても羽鳥家の一員であることは変わらないと思いつつも、なんとなく寂しい気持ちもあった。

 そんな大和の気持ちを察してか、凛子が声を掛ける。

「大和くん、来栖家の養子に入ることを決断してくれてありがとう。これからは私たちを、本当の親として頼って下さいね」

 誠一郎も凛子に同意するように頷いた。

「大和くんが美姫と結婚し、財閥まで受け継いでくれるなんて、今でも信じられないよ。本当に、感謝している......
 美姫を、どうかよろしく頼む」
「は、はい! こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

 大和はピンと背筋を伸ばし、頭を下げた。その背後で、大地と美姫が小さく笑うのが聞こえた。

 大和は照れたように苦笑いを浮かべながらも、幸せを感じていた。

 そうか、家族をなくすわけじゃない。俺には新たに、家族が増えるんだ。
 美姫と、誠一郎おじさんと、凛子おばさんと......家族に、なるんだ。

 続いて、婚姻届に記入した大和から美姫はそれを受け取った。

「ありがとう」

「妻になる人」の文字を目にし、美姫に気恥ずかしい思いが沸き起こる。

 ---私、これから大和の妻になるんだ。

 美姫は、隣に立つ大和をそっと見上げた。

『なぁ、おれ、やまとってゆーんだ。ともだちになろうぜ』

 幼稚舎の時に初めて声を掛けられた時から、大和の真っ直ぐな瞳の輝きは少しも失われていない。
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